2101年6月11日午後14時12分 "時任杏泉" -004-

「さて…」


野営テントに残ったのは、僕と夏蓮2人だけ。

彼女はテーブルに広げた書類をケースに仕舞いこむと、黒いそれを閉じて、パチン!とロックを掛けた。


「さっき、手続きは終わらせてあるの。少しの間"委員会"に復帰するって」

「はぁ?」

「御免なさいね。でも、仕方がない。手を打って終わりにしないと城壁が次に進めないの」


彼女はそう言いながら、近場にあったラックから一丁の拳銃を取り出して僕に寄越す。


「"委員会"の技術部門が作った9mm口径のオートマチック」


彼女に言われるがまま、僕は手にしていた散弾銃と、宏成に借りた拳銃をテーブルに置いて、彼女から拳銃を受け取る。

グリップの前方に箱型弾倉が入る古めかしい見た目をした拳銃だった。


「オートマは嫌いだ」

「そう言わないで。それに使ってる弾薬は新開発の"対イレギュラー用"9mm弾。性能は折り紙付きなんだから」


彼女はそう言うと、手にしていたゴツイ50口径のオートマチックをテーブルに置き、僕が持つ者と同じ拳銃をラックから取り出して上着の内側に仕舞いこんだ。


「なんでさっきは使わなかったんだ?」

「間に合わなかったの。まだ試作段階だから」

「…それで、僕に一体何をしろって言うんだ?」


野営テントから出て、通りを歩き出した彼女の横に付いた僕は、そう言って尋ねる。

彼女は暫くの間無言になったが、やがて目の前に見えてきたモノレールの駅を指さしてこちらに顔を向けた。


「貴方をこちらに取り込むために、"イレギュラー"騒ぎに火を付ける」

「……何を言ってる?」

「ニュースでやってないけれど、"イレギュラー"達による暴徒化の被害は甚大なの。最近では国が"イレギュラー"達を雇って組織化された歩兵部隊を揃えようだなんて動きもある」


彼女が公然と言ってのけた言葉を聞いた僕は、ゾッとして思わず彼女から目を背けた。


「冗談だろ?」

「私が冗談を言うと思う?ニュースじゃ人間が順調に絶滅に向かっていることを伝えてきても"イレギュラー"の数なんて伝えてない。城壁じゃ既に"イレギュラー"だなんて過去の生物だけれど、人間からリインカーネーションに変わる過程で必ず例外が出てくる。人ならざる能力を持った人型の怪物。多少意識が薄れているとはいえ、簡単な指示系統はこなせる彼らを放っておくとお思いで?」


彼女はそう言いながら、僕をモノレールの駅まで連れてきた。

城中行きのプラットホームに上がってくると、僕達は次のモノレールの時間を確認して、ベンチに腰かける。


「……なら集められた"イレギュラー"は処理されずに集められて、こういう風に使われていると?」

「ええ。まだ表立っては使われていないけれど…それらしき痕跡は掴んでる。それがこの島にも来ただけの話」

「……そういうことか、島外の連中はリインカーネーションになってもまだその程度ってわけだ」

「ええ。人口の減った地域では国ごとの合併も進んでる。世界は再構成されるでしょうけれど、やることといえばつまらない"競争"ね。既にアメリカやヨーロッパ各国は残っていた前時代の品々を復刻させて、進化させる動きを見せてる。今度ばかりは資源確保のために中東で争う必要も無いのだから、先に技術と物を揃えたところが頭に立つのでしょうね」


彼女は他人事のようにそう言うと、無表情だった口元を、ほんの少しだけ歪ませた。


「それが、リインカーネーションにとって無意味だとも知らずに」

「…ああ。普通に考えれば分かることだけれど、相手にしなかったらワンサイドゲームの始まりか」

「そう言うこと。捨て駒にしては随分と強力だと思わない?」

「強すぎて、敵味方構わずって感じ」


僕はそう言って、溜息を一つ。

プラットホームから見えた空は、そろそろ青色からオレンジ色に変わろうとしていた。


「このままこの島が、他の国のゴタゴタに巻き込まれている時間は無いから、今回はちょっと短絡的な結末を用意してるの」


彼女は僕の方をじっと見つめながら、淡々と口を開いた。

その直後に、モノレールがやってくる旨の放送が流れて来て、一旦会話は途絶えることになる。


やってきたモノレールに乗り込み、誰もいない最後尾の車両のシートに腰かける。

普段は乗ることのない城中行きのモノレール。

城中は今でも各国の大使館が連なる地区で、城北や城南のような雰囲気を持っていなかった。

モノレールに乗る前に彼女が言った"短絡的な結末"のことも相まって、僕は得体のしれない不安と共に彼女の横顔に目を向ける。


「短絡的な結末って?」


口火を切ったのは僕だった。

短くそう告げると、彼女はゆっくりと顔をこちらに向けて、ほんの少しだけ首を傾げて見せる。


「その結末を伝える前に、貴方が辞めてから1月で起きた事をかいつまんで説明する必要があるの」


彼女はそう言うと、僕の方に顔を向けたまま、無機質な表情のままで続けた。


「ここ最近、辛木さんのような"イレギュラー"の要素を持つリインカーネーションを創り出す研究が進んでいてね。驚くべきことに、もうその技術は確立されつつある」

「え?」

「辛木さんのようになるか…死んでいった名もない彼らのような歪な生物を産み出す力を得るか…今まで処分した"イレギュラー"の死骸や辛木さんのデータから、ワクチン一つで"イレギュラー"化出来るようになった」

「それは…ワクチンを打ったらそれまで?不可逆的な能力?」

「いや。辛木さんを使って分かったのだけれど、能力は固定じゃない。解除用ワクチンも作られているから、用途に合わせて自分を変えられる」

「……へぇ…急にそんな話が出てきたとは…」


僕は唐突に出てきた話に、若干の怖さを感じながら頷いて見せる。


「そして、その事実は城壁内だけで完結している。これを知っているのは私と貴方と、辛木さん。そしてワクチンの研究員3名のみ…」

「……秘匿性の高い情報?」

「実際、秘匿情報だし。それを踏まえて…今回の襲撃事件だ。他の国はただ天然物の出来損ないを使っている」

「きっと研究価値も見出してないんじゃない?その前に処理されて焼却処分されてるとか」

「実際、そう。それで合ってる。リインカーネーションに変化を遂げた1月で、他のどこの国がこの体を有効活用できるのかと、私達は期待感を持って監視していたのだけれど…」


彼女はそう言うと、ほんの少しだけ残念そうな表情を浮かべて、首を左右に振って見せた。


「すぐに変化を求めるのは、酷かもしれないけれど…変わる素振りさえ見られないというのは…私達にとっては悲しむべき事」

「それで?ワクチンがあるのは分かったけれど、僕が城中に向かってるのと何の因果が?」「ワクチンを取りに行くのよ。そして、ついでに掃除をしに」

「掃除?」

「ええ。短絡的な結末。もう、城壁と外の世界を区切ってあげないと」


彼女はそう言い切ると、黒い笑みを顔に張り付けた。


「リインカーネーションになったのならば、最早競争など無に等しい…他国のやってる資本主義とやらは、もう時代遅れになってる。それに彼らが気づくのは何時になるか、知ったことじゃないけれど、その前に私達は今の秩序から抜け出さないと」

「冗談言わないでくれ、それは…その思考には賛成だけれども、他所がそうはさせてくれないだろ?」

「世界中の基幹産業を担えるのはココだけ…昔のように物量で押し切る事も出来ない時代よ。ココからの発信が途絶えれば、時の流れは遅くなる。その裏側で、私達は次へ行くのよ」

「……次へ?」

「そう、次へ…"委員会"はさっきの襲撃があった時点で、他国に出払ってる"人類絶滅大隊"の動きを止めて、戻ってくるように指示を出した。そうすればどうなるでしょうね?リインカーネーションが大多数を占める世界で、人間は淘汰されるかしら?それとも、家畜のような扱いを受ける?まだ、分からないけれど…」


淡々と語る彼女は、そこで一息区切ると、小さくはにかんで見せる。


「この城壁の手を借りない以上、この世界の発展は数十年単位で遅れる。それを分かったうえで、私達は城壁外の国々との交流を絶つことにした」

「……」


人間の感覚だったのならば、彼女の宣言はとんでもない事だ。

交流を絶つ…城中に行く僕達の手には武器が握られているのだから、言葉をそのまま受け取るのならば、大使館を襲撃するということ以外の何物でも無いのだから。


だが、僕はリインカーネーションだ。

もう、50年以上も、人間ではない。


「"イレギュラー"は丁度いい舞台装置になってくれる。それに乗じて…掃除をしよう。"委員会"や"選抜"からも部隊が出てる。私達はその中の1つとなって2か所を掃除する」


彼女はそう言うと、丁度モノレールの窓から見えたビルを指さした。


「ホラ、あそこ。中にいるのは推定70人」

「"核"は?」

「"核"の場所はこの1か月の間に突き止めて回収してある。"核"の情報は大っぴらに流さなくて正解だったわ。この星にいる9割のリインカーネーションの"核"は既に回収出来たのだから」

「完璧」

「結局、"白銀の粉"の精製法を発表した所で、世界は2050年までしか戻らなかった。そこから先に行けるのは、城壁に集まった私達だけ…」

「自惚れ過ぎじゃない?」

「自惚れてるも何も、貴方がそう仕向けてきたんでしょう」


彼女はそう言って僕の顔を見つめると、僕は小さく肩を竦めて見せた。


「さぁね。僕はただの一市民になれればそれでよかったから"委員会"を辞めたんじゃないか」

「数年前から、世界中のリインカーネーションをここに導いてきた人がいう言葉じゃないわね」

「……まぁね。一市民になるのも、まだ叶わぬ夢…か」


僕はそう言いながら、遠くに見えた駅を眺める。

一市民になることができた1月を思い返しながら、またその生活に戻れる日が来るまで…もう少しやらないとダメなことがあるらしい。


僕の気持ちは変わってない。

名もなき一人の市民となって暮らすこと。

大勢の裏側で奮闘するなんて、僕には似合っていないが…


「何時か言ってたじゃない。立場変われば見方も変わるって。人間から変わっただけじゃ、立場は変わらなかったようね」


彼女はそう言ってシートから立ち上がる。

僕もそれに続いた。


徐々に速度を落とすモノレールの扉の前に移動した僕達は、互いに疑似煙草を咥えて火を付けた。

たちまちにバニラの香りが車内に立ち込める。


"間も無く城中…城中…降り口は右側…2番線に到着です……"


車内放送が掛かり、更に速度が落ちていく。

僕達は顔を見合わせると、何もしないで、扉の窓の方に目を向ける。


「リインカーネーションになっても変わらない連中を定義してやらないとな…」

「さぁ…"燃料"とか、適当な呼び方で良いんじゃない?」


軽い言葉を交わした後、動きを止めたモノレールの扉が開く。

僕達は、開いた扉から足を踏み出して、プラットホームの上を歩き出した。

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