おわり
そんな感じで、それまで知らなかったことをたくさん経験していく俺。
初めての男女交際は、楽しいことばかりだった。
しかし。
恋人として付き合っていく中で、俺は八坂さんに甘え過ぎていたらしい。いつしか彼女への思いやりが欠けたり、元々は彼女の内面に惚れていたはずなのに、肉欲に溺れる傾向が強くなったり……。
そうした問題点は、俺が自覚するより先に、女性である八坂さんの方がハッキリと感じ取っていたのだろう。
だから。
「ねえ、よっくん。もう私たち、別れましょう」
と、彼女は言い出したのだった。
「このままだと私、よっくんのこと、嫌いになりそうだから。今ならまだ、別れても友達でいられると思うから」
そう言われても、素直に受け入れられる俺ではなかった。というより、そこで「わかった」と言えない俺だからこそ、「別れよう」と言われてしまうのだ。
結局、それから一ヶ月くらい、幸せとは程遠い状態のまま付き合い続けた後で。
ようやく、俺も別れを認める形になった。
だが、それでも、まだ。
未練がましく、最後に一晩、最後の一回を頼み込んでしまう。
優しい八坂さんは「本当に、これが最後なら」と受け入れてくれて……。
事が終わった後。
いや、男性の肉体の衝動としては終わった後でありながら、行為全体としては終わっていない。つまり、まだ体と体の一部は繋がったまま、というタイミングで。
「これで、もう『よっくん』ではなくなるのね……」
俺の体の下で、しみじみと八坂さんが呟く。見上げる彼女の目には涙が浮かんでおり、小さな水溜りのようだった。
それほど様々な想いが込められた、一言だったのだろう。
だが事実としては一つ。恋人から友達に戻る、ただそれだけだ。
今さらながらに、俺はハッとする。
これが、正式な決別の時。失恋の瞬間なのだ、と。
もう、事後の余韻に浸ることも許されない。急いで俺は、繋がっていた部分を引き抜き、彼女の体から離れる。
最後に目にした彼女の裸体は、まるで黒い長髪に包まれるようで、神々しいまでに美しかった。
――――――――――――
失恋したら髪を切る、という言葉があるが。
長髪の男子がバッサリと切ったら、女子以上に変化が目立つような気がする。ならば今、俺が髪を切ると、いかにも当て付けのように思われないだろうか……。
そんなことをチラッとでも考えてしまうと、簡単には床屋へ行けなくなってしまった。だから仕方なく、俺は無駄に、髪を伸ばし続けている。
もう前髪も後ろに回して、まとめて縛れるくらいになってきた。髪留めは当然、あの黒いゴムだ。
二度と俺の部屋には来ない彼女が、唯一残していった黒いゴム。いつかは俺も髪を切り、この髪留めも不要となるはずだが……。
それでも八坂さんには返せずに、手元に残すことになるのだと思う。
(「彼女が残した黒いゴム」完)
彼女が残した黒いゴム 烏川 ハル @haru_karasugawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
カクヨムを使い始めて思うこと ――六年目の手習い――/烏川 ハル
★212 エッセイ・ノンフィクション 連載中 300話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます