拙者売ります(その4)
亥の刻に半鐘が鳴った。
火の手は三ノ輪の先で上がった。
火消しの一隊を追うように、浮多郎は三ノ輪の辻を駆けた。
火元は、根岸の質屋だという。
母屋が激しく燃え上がり、どうにも手の施しようがなかった。
火消しの活躍で、辛うじて近隣への類焼は免れた。
近くの天王寺に逃げていた質屋の夫婦とふたりの子供がもどってきた。
駆けつけた奉行所の役人に、
「押し込み強盗が枕元に立ち、いきなり『蔵の鍵を出せ』と匕首を突きつけて・・・」
主が、怖さに震えながら話すのを、浮多郎は傍らで聞き耳を立てた。
「手燭に灯りを点けて、蔵へ案内しました。入ってすぐにあった三味線をつかむとすぐに蔵を出て、今度は帳場で銭函を漁って銭をふところに入れ、手燭を奪って障子に火を点けました」
「犯人は幾人ほどじゃ?」
「さあ、三人、いや四人ほど・・・でしょうか」
「見知った者はいなかったか?」
「・・・さあ、みんな頬被りをしていましたので。ああ、そういえば、ひとりだけ牢人者がいました。でも、ちょっと変というか・・・」
「何が変なのじゃ?」
「その牢人者は、火の手が上がる前に、小声で『逃げろ』と追い立てるように・・・」
「ほほう、『逃げろ』とな」
役人が、妙に感心しているところへ、浮多郎が割って入った。
「どんな風体の牢人で?」
主は、ちょっと驚いて浮多郎を見たが、
「なで肩で痩せて、無精ひげで風采のあがらない・・・」
と答えた。
「その牢人だけが、頬被りをしてなかった、と?」
「へい。たしかに」
「蔵で三味線が盗まれたそうですが、ほかにもっと金目のものがあったのではないですか・・・どうして三味線なので?」
役人が、『いい加減にしろ』という顔した。
「たしかにそうですね。・・・入ってすぐ目についた三味線をとっさに取った。そんな気がします」
主がそう答えるのを聞き、浮多郎はうなずいた。
―夜が明けて、根岸一帯を手分けして聞き込みしていた千住の直蔵親分が、すぐ近くの瑞輪寺の植え込みに投げ捨てられた、当の三味線を見つけた。
「これは、煉塀の外から投げ入れられたのではないかな」
岡埜同心はそう言うと、下っ引きたちも動員して、上野から下谷一帯の寺社の煉塀の内側を調べるように命じた。
すると、夕方にはあちこちの寺や神社で見つかったガラクタが奉行所に持ち込まれた。
―それらは、上野山下の後家の質屋で盗まれた質草とすぐに知れた。
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