拙者売ります(その6)
後家と丁稚のふたりが殺された上野山下の質屋で待っていると、閉ざされた雨戸の木戸口から、半次郎が顔を覗かせた。
帳場に座る浮多郎に会釈した半次郎だが、奥座敷の敷居に立つ鉄砲髷に黒羽織着流しの同心を見て、ぎょっとした。
「鍵はどこで?」
浮多郎がたずねると、半次郎は黙って銭函の底の二重蓋を開けた。
次に、取り出した鍵で、帳場横の葛籠の錠前を開けた。
二十枚以上の小判と二朱銀が敷き詰められた上に、数冊の大福帳と手控え帖がきちんと置いてあった。
「犯人は、銭函の銭は持ち去ったが、後家にもっと金を出せとは要求しなかったようですね」
浮多郎がたずねると、
「質屋には現金があると分かっているので、押し込み強盗に狙われやすいのです。それで、ある程度の現金を銭函に残しておいて、すぐ強盗に渡して退散させるのです。これはどこの質屋でもやっていることです」
半次郎はよどみなく答えた。
「蔵の鍵は?」
「それは、主人の居室の手文庫です。おそらく、強盗は主人を脅して蔵を開けさせたのでしょう。でも、・・・蔵の鍵など、さほど大事ではありません。中の質草は二束三文のガラクタばかりですから」
半次郎は、薄ら笑いを浮かべた。
蔵を開けるとすぐ、三和土の血溜まりの跡が目に入った。
半次郎はすくみあがったが、すぐに気を取り直して左手の棚の前列の質草を見た。
「たぶん、あっしが辞めた時と同じままの質草です。・・・あ、いや、順番が変わっているような気がします」
渡された手控え帖と、棚の質草をひとつひとつ照合していた半次郎が、
「ああ、ひとつ抜けてますね」
と声を挙げた。
「何が抜けてます?」
「壺です。ただの変哲ない素焼きの・・・」
「質入れしたのは?」
「ここに千代田の家成、とあります」
手控え帖に目を落とした半次郎が答えた。
「そいつは公方様じゃねえか」
岡埜が、乾いた声で笑った。
「貸したのは三百文です」
岡埜に目を向けず、半次郎は手控え帖を読み上げた。
「どんなやつでした?」
「何せ二か月前なので、はっきりとは。・・・たしか、若い遊び人だったような。『床の間に大事に置いてある家宝なのに、三百文はないだろう』と、がっかりした様子だったように憶えています。でも、三百文は受け取って帰りました」
「馴染みの客ではなかった?」
「はい、初めての客だったと思います」
ここで、岡埜が割って入った。
「手前が辞めたあとすぐ、『泥棒が入った』と後家が二度も番屋に訴え出ている。蔵の中に、お宝でも隠してあるんじゃねえのか」
「・・・いえ、まるで見当もつきません」
半次郎は首をすくめた。
―半次郎を帰したあと、岡埜と浮多郎は蔵の中の質草の山を掻き分けて確かめた。
たしかに文字通りのガラクタの山で、たいして金目のものはなかった。
「さて、『千代田の家成』だ」
「これは、偽名ということで」
「当りめえよ。偽名を書くとき、意外とじぶんの本名に近い名前にするものだ。覚えておけ、新米目明し」
「へい」
「これだと、千代吉か成太郎かのどっちかだろう。そいつが質草の壺を取りもどしに来た。捜し出せ!」
岡埜はそう命じると、表通りに出て辺りを見回し、肩で風を切って上野広小路の方へ歩み去った。
『なら、そいつが三百文を払って、壺を請け出せば済む話でしょうよ』
浮多郎は、その背に向かって叫ぼうとしたが、声にはならない。
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