拙者売ります(その2)
「おい、こっちだ」
蔵の前で、岡埜同心が手招きしていた。
開け放たれた扉の間から射しこむ朝の光が、土間のどす黒い血溜まりをくっきりと浮かび上がらせていた。
「蔵を開けさせ、質草をごっそり持ち出してから、後家をぶすりと刺した」
蔵の奥の暗闇から、黒門町の甚吉親分のあばた面が、ぬっと現れた。
いつものように、あらぬ方を向いて浮多郎をまともに見ようとはしない。
「でも、おかしいですね・・・」
岡埜が、『言ってみろ』と目で合図した。
「宣徳の火鉢、金箔の小箱、鼈甲の櫛とか・・・金目のものはほとんど残っています。向かって左手の上段の棚一列の質草だけを持っていったようです。・・・待ってください。質草に貼った付箋を見ると、主はかなり几帳面で、日付の遅いのから順に並べています。たぶん、持っていったのは、この月末に質流れになる左手の上段にあった質草だけではないですか」
浮多郎の口説を聞く、甚吉親分の口惜しそうな顔といったら・・・。
質屋の帳場では、やはり殺された丁稚の小僧の乾いた血が、板の間にこびりついていた。
「大きさと形のちがう草履の血のあとが、少なくとも四つや五つはあります」
しゃがみ込んで、板の間の血痕を指差して言う浮多郎に、岡埜はうなずいた。
錠前が外された銭箱の中は空っぽだ。・・・大金が奪われたのは、まちがいない。
帳場の横の葛籠を開けようとしたが、鍵がかかっていて開かない。
がたがた音をたてたので、
「何をさがしておる?」
と、岡埜が尖った目で浮多郎を見た。
「おそらく質草の手控え帖があるはずです。それを見れば、あの棚にあった質草を質入れした人名と日付が分かるはずです」
岡埜は、
「そんな無駄なことを・・・」
と鼻先で笑った。
お追従のせせら笑いを浮かべた甚吉親分は、
「今どきの若え目明しは、やたら事件を難しい方へ持っていきやがるぜ」
と吐き捨てるように言った。
「お前が見たとかいう『拙者売ります』の牢人が、押し込み強盗を手引きしたにちがいねえ。後家も、夜伽の慰み者にと買ったのだろうが、とんだ藪蛇だった。そいつが強盗の手先だったとはな」
そうだろうか?
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