ネコのミーコと『ぼく』の話

遥飛蓮助

ネコのミーコと『ぼく』の話

 今日は、ぼくの友達をしょうかいします。メスのネコで、名前はミーコと言います。

 ミーコは頭がいいので、人間の言葉を使って話します。でも、パパやママには、ミーコの言葉は、ネコの鳴き声にしか聞こえません。友達のコウタくんにも、マリちゃんにも、ネコの鳴き声にしか聞こえないそうです。

 ぼくはミーコに聞きました。

「どうしてぼくにだけ、ミーコの言葉が分かるの?」

 ミーコは、大きなあくびをして言いました。

「さあね。坊やにだけアタシの言葉が通じんなら、それでいいじゃないか」

 ミーコは、ぼくのことを名前でよびません。最初はぼくを『アンタ』とよんでいましたが、今は『坊や』とよびます。

 初めてミーコに会ったのは、音楽のテストで歌う『カエルのうた』を、通学路のとちゅうにある公園で練習していたときでした。

「カ・エ・ル・の・う・た・が、き・こ・え・て・く・る・よ」の後に、「カ・エ・ル・の・う・た・が、き・こ・え・て・く・る・よ」と、ぼくの後に続けて歌う声が聞こえました。とても楽しそうな声でしたが、周りを見ても、ぼく以外にだれもいませんでした。

 次の日も公園で練習をしていると、また、ぼくの後に続けて歌う声が聞こえました。

 今度は周りを見るだけじゃなく、遊具やしげみの中もさがしました。でも 、ぼく以外にだれもいませんでした。

 ようかいがぼくにイタズラをしているんじゃないかと思ったとき、また「カ・エ・ル・の・う・た・が、き・こ・え・て・く・る・よ」を歌う声が聞こえました。前の日に聞いた声と同じで、とても楽しそうでした。

 声のする方へ行くと、へいの上で目をつぶって、気持ちよさそうにねそべっているねこがいました。それがミーコでした。

 ぼくは、ミーコが「ゲロゲロゲロゲロ、くわっくわっくわっ」まで歌い終わり、起き上がったときによび止めました。

「ネコさん待って!」

 ぼくに気づいたミーコは、目を細くして、ぼくの顔を見下ろしていました。そのときのミーコはノラネコだったので、ぼくからすぐにげられるように、体を低くしていました。

「あの、えっと、さっき『カエルのうた』を歌っていたのって、本当にネコさんなの?」

 ぼくがあわてて聞くと、ミーコは二回まばたきをしました。

「……アンタ、アタシの言葉が分かるのかい?」

「うん。それに、歌も聞こえた。ぼくより上手くて、びっくりしちゃった」

 ミーコは首をふって、またねそべりました。

「呆れた……アンタさ、歌の得手不得手より、もっと吃驚することがあるんじゃないのかい?」

 ぼくは、ミーコを見上げて考えました。ミーコの見た目は、ふつうのネコと変わりませんでした。ノラネコだったので、体が少しよごれていましたが、ミーコの目は、ほうせきのようにキラキラとかがやいていました。

「ミーコの目がキレイってこと?」

 ぼくが答えると、ミーコは「ふふっ」と言って、人間みたいに笑いそうな顔をしました。

「アタシを口説くにゃ百年早いよ。アタシはね、まず先に『猫が人間の言葉を話していること』に吃驚するんじゃないのかいって聞いてんのさ」

 ミーコは、ぼくに分かりやすいように言い直してくれました。ぼくも、もう一度考えました。でも、ミーコの歌が上手かったことしか出てきませんでした。

「ごめんね。やっぱり歌のことしか出てこないや」

「そうかい。なら、これ以上言っても無駄ってことだぁな」

 考えたことをそのまま言うと、ミーコはぼくの目の前におりてきました。

「で? この『歌の上手い猫』に何を頼もうってんだい」

 ミーコは、前足の上にしっぽの先を乗せて、すわりました。

「いっしょに歌の練習をしてほしいの」

「歌って、さっきのカエルのことかい?」

「うん。今度、音楽のテストで、『カエルのうた』を歌うことになってるんだけど、どうしても後から歌う人につられちゃって、上手く歌えないんだ」

「ならアタシじゃなくて、他の奴と練習すればいいんじゃないのかい?」

「ぼくとペアになった子はカゼを引いて休んでるし、パパもママも、今月は仕事がいそがしいって言ってたし……」

 だから公園で一人で練習していることを言うと、ミーコは「ああ」と言って、なっとくしてくれました。

「アンタの後に続けて、同じ歌詞を歌えばいいんだね?」

「うん。よろしくお願いします!」

 ぼくが頭を下げると、ミーコも「こちらこそ」と言いました。

 その日から、ぼくはミーコといっしょに、『カエルのうた』の練習を始めました。

 ミーコから、『後から歌う人につられてしまうのは、自分の声が小さくて、自分の耳に届いていないからじゃないか』と言われたので、おなかから声を出すように歌いました。すると、自分の声が前より聞こえるようになって、ミーコにつられて歌うことがなくなりました。

 ぼくはミーコにお礼を言うと、ミーコは、「礼は本番が終わってからにしな。それまで気を抜くんじゃないよ」と言いました。

 ミーコは、学校の先生のようなきびしい言い方をしますが、歌の練習中は、とても楽しそうに歌っていて、いっしょに練習してほしいとお願いしてよかったなと思いました。

 テストの前日は、練習中に雨がふってきました。

 まだ弱い雨だったので、ぼくは走って家に帰ろうと思いました。ミーコに言うと、「明日はテストだからねぇ。風邪引かないように、気をつけて帰んなよ」と言って、ミーコもどこかへ行こうとしました。

「ねぇ。ネコさんはどこで雨宿りするの?」

「これから探しに行くのさ」

「これからさがしてたら、ネコさんがカゼ引いちゃうよ。ウチに来ない?」

 パパとママから、今日は帰りがおそくなると聞いていたぼくは、ミーコを家にさそいました。でも、ミーコは落ち着かない様子で、周りをうろうろ歩いていました。

「どうしたの? 先に行って待ってるからね」

 ぼくはミーコに声をかけてから、家に向かって走りました。後ろを見ると、ぼくを追いかけて走るミーコがいました。

 家に着くと、ぼくは服のポケットから家のカギを出しました。すると、げんかんが開いて、ママが出てきました。

「おかえりなさい」

「ママ! 今日は帰りがおそくなるんじゃなかったの?」

「思ったより早く終わったのよ。本降りになってきたけど、濡れなかった?」

「うん。今日はね、友達も連れてきたんだ。雨宿りさせてあげたくて」

 ミーコの方を見ると、ザーザーという強い雨の中で、ズブぬれになってすわっていました。前足をそろえて、その上に自分のしっぽを乗せていました。

 ミーコを見たママの顔が、くもり空のように暗くなりました。

「やだ、野良猫じゃない。もしかして家に入れるつもりだったの?」

「うん。だって外にいたら、雨宿りにならないもん」

「何考えてるのよ! いい? 野良猫や野良犬にはバイ菌がたくさん付いているの。万が一、変な病気に罹ったらどうするのよ!」

 そのときのぼくは、どうしてママがそんなにおこるのか分かりませんでした。ぼくはママに、ミーコと歌の練習をしたことを話しましたが、聞いてくれませんでした。

「猫はね、言葉も話さないし。歌なんてもってのほかよ?」

「そんなことないよ!」

 ぼくはミーコに、「そんなことないよね?」と聞きました。ミーコは小さい声で、「そうさねぇ……」と言いました。雨にぬれて、いつもよりミーコが小さく見えました。

「ね。ちゃんと言葉を話したよ。ママだって聞こえたでしょ?」

 ママを見ると、びっくりした顔で固まっていました。

「え? ママには、『ニャー』っていう鳴き声しか聞こえなかったけど?」

 ママが言った後、ぼくの後ろで、バシャンという、水のはねる音がしました。見ると、ズブぬれのミーコがたおれていました。

 ぼくはミーコにかけよりました。ミーコは目をとじていて、いつもより体が早く上下していました。見るからに弱っていました。

「ネコさん! ネコさん!」

「――やっぱり、だろ?」

 ぼくは、ズブぬれになりながら、ミーコの小さい声を必死で聞きました。

「やっぱり、言葉を話す猫なんて、それだけで、びっくりするもんだろ? しかも、人間には鳴き声にしか聞こえない、ってぇのに……」

「うん! ぼくもさっきびっくりした!」

「遅いんだよ、阿呆が……」

 ミーコの声を聞いていると、げんかんで、ママが病院に電話をしている声が聞こえました。

「嗚呼――なんで、アンタみたいな馬鹿に、アタシの言葉が、分かるんだろうねぇ? 分からないまま、『猫』でいられたら、どんなによかったことか……」

「ネコさんしっかりして! ママが病院に電話したから!」

 ぼくの家ではペットを買ったことがありません。どうすればいいのか、ママの電話は続いていました。

 ミーコは、ぼくに右の前足をのばしました。ぼくも、右の前足をにぎりました。

「その、『ネコさん』って呼び方、やめてくれないかい?」

「じゃあ、なんてよべばいい?」

「……お前さんが考えてくれよ」

 ボクは、ズブぬれの頭で考えました。『犬がポチならネコはタマ』と命名することを知っていましたが、ミーコには合わないと思いました。

「えっと、『ミーコ』は?」

 おそるおそる聞くと、ミーコは、とじていた目を小さく開けて、「『タマ』よりは、マシだぁな」と、人間みたいに笑いそうな顔をしました。

 

 動物病院に運ばれたミーコは、ノラネコ生活で、病気に勝つ力が低くなっていたそうです。もしあのまま雨の中にいたら、まちがいなく死んでいたと、お医者さんは言っていました。

 ミーコはしばらく入院した後、ちゃんと元気になるまで、ぼくの家にいることになりました。

 ぼくはミーコに聞きました。ミーコは、使い古しのザブトンにねそべっていました。

「ねぇミーコ。本当に『ミーコ』って名前でいいの?」

「坊やが決めた名前だからねぇ。アタシはどうこう言える立場じゃないし」

 ミーコは大きくあくびをすると、右の前足で耳の後ろをかきました。

「でもぼくは、ミーコのかいぬしじゃないし」

「おいおい、人のこと口説いておいてそれはないだろ」

「え? ぼくがミーコを『くどいた』って、どういう意味?」

 ぼくは、ミーコの言っている意味が分かりませんでした。ミーコはザブトンの上にすわり直しました。前足をそろえて、その上に自分のしっぽを乗せました。

「まったく……病み上がりのレディは精神的にぐらついてんだから、ちゃんと労らなきゃ駄目だろ」

 ミーコの言葉の意味は分かりませんでしたが、おこられたと思ったぼくは、「ごめんなさい」と言って、頭を下げました。

「まぁいいさ。で、ここからが本題なんだが」

「うん」

「坊や。アタシと坊やはどういう関係だい?」

「友達」

 ぼくがすぐ答えると、ミーコは満足げにしっぽを動かしました。

「その友達と、この家でずっと暮らせるとしたら?」

「え!」

 ぼくは、自分の口を両手でかくしました。

「それって、本当にできるの?」

「今の状況を考えたら分かるだろう? 坊やのママだって、アタシに対する罪悪感もあるだろうし。病み上がりのアタシを放り出すなんて真似はできないさ」

 ゴキゲンのミーコとはぎゃくに、ママに悪いことをしてしまった気分のぼくは、「なんかそういうの、ズルい気がする」と言いました。

「そりゃあ、人の弱みを握って気分がよくなるのは、だいたい悪い奴だからねぇ」

「ミーコって悪いやつなの?」

 ぼくが聞くと、ミーコのしっぽがダランとたれて、ザブトンの中に入ってしまいました。ミーコはぼくを見つめて、ぼくはミーコを見つめました。

「アタシだってね、まさか人とここまで関わりを持つことになるなんて思ってもみなかったんだよ。だからこそ、途中半端な関わり方はしたくない。たとえズルいやり方だとしてもね。坊やとは――そうだな、『袖振り合うも他生の縁』ってヤツか?」

 ぼくが、「ことわざ?」と聞くと、ミーコは満足げに、「そうそう」と答えました。

「服の袖が触れ合うことは単なる偶然じゃなく、深い縁があってのことで、『どんな出会いも大切にしなければならない』という教えさ」

 ぼくは、自分でズルいと感じたミーコの話を、もう一度よく考えました。もしミーコと会ったことも、ミーコが言ったことわざ通りの意味なら、ぼくは、ミーコとの出会いを大切にしたいと思いました。

「ぼくも、ミーコと、このままお別れしたくない。パパとママにお願いして、ミーコとくらせるか、聞いてみるよ」

 ぼくが言うと、ミーコはぼくのほっぺたをペロリとなめました。ぼくが、「どうしたの?」と聞くと、ミーコは、「色っぽく言うなら、『惚れた弱み』だぁな」と言いました。


 ぼくは、パパとママに、ミーコとお別れしたくない気持ちと、ミーコといっしょにくらしたい気持ちを打ち明けました。「ミーコの世話も自分でやる」と言うと、パパもママも、しぶしぶオーケーしてくれました。

 ミーコは言葉を話せるくらい頭がいいので、「余計な心配をすることもない」と言って、パパもママもすぐに分かってくれました。特にママは、ミーコが不調になると、仕事のとちゅうでも飛んで来てくれるぐらい、ミーコを大切にしています。それが、ミーコが言っていた『ママの罪悪感』かは分かりません。

 ぼくは、ママに考えすぎないでほしいと思い、「ミーコはもう気にしてないからね」と言うと、ママは笑って、「分かってるわよ。それより猫用の服って売ってないの? なかったらミーコ用に作るんだけど」と言われてしまいました。考えすぎていたのは、ぼくの方だったようです。


 これで、ぼくの友達のしょうかいを終わります。聞いてくださって、ありがとうございました。

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