実際に演じる時用の1ページにまとめたやつ。

姫さまと料理人内エピソード「おはぎ」


ジャンル:時代劇(戦国時代)

所要時間:30分前後



登場人物

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アサクラ(男)

小田家家臣団の一人にして、熟練の侍。

第一幕では少年、第二幕以降は青年のイメージで演じてくださいませ。


亜矢あや姫(女)

アサクラが仕える小田家の姫。アサクラとは幼馴染。

第一幕では少女、第二幕以降は20歳前後のイメージで演じてくださいませ。


今河正澄いまがわまさずみ(男)

小田家家臣団の一人。アサクラの親友。


ナレーション/小姓(男女どちらでも可)

小姓と書いてますが、役名は気にしなくて結構です。



役表(コピペ用)

--------------ー


姫さまと料理人内エピソード「おはぎ」

作:おかぴ

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893979420

2:1:1(30分)

アサクラ♂

亜矢姫♀

今河正澄♂

ナレ/小姓 不問

(敬称略)


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以下本文




第一幕


ナレ「朝倉には、『亜矢』という名前の幼馴染の女性がいた。歳は朝倉よりひとつ年下。意思の強そうな相手をキッと刺す眼差しが印象的な、つやつやと美しい黒髪の女性だ。頭領である小田信義おだのぶよしの娘であった亜矢は、幼少の頃より朝倉とともに徳山景能とくやまかげよしから武芸を習い、幼少の頃から朝倉と共に兄妹のように育てられた」


亜矢「のうあさくら?」


アサクラ「なんだ」


亜矢「お主、思いを寄せるおなごはおるのか?」


アサクラ「おらんな」


亜矢「ではお主に言い寄ってくるおなごなぞは?」


アサクラ「それもおらん」


亜矢「武芸一辺倒で汗臭いお主なぞ、もらってくれるおなごはおらんだろうなぁああ!! ザマミロあさくらぁぁぁああ!!!」


アサクラ「お前だって私と同じだろうが! 汗臭いおなごなぞ、貰い手がおらぬぞ!!」


亜矢「私は小田家の跡取りぞ? お主が心配せずとも、ちゃんと将来は良き夫と夫婦になるわ!」


ナレ「稽古のあとのそんな軽口からの口喧嘩が、まだ幼かった二人の、毎日の日課だった」


ナレ「そうして時は過ぎていき、二人は成長していった。だがそれでも、二人の関係は変わることがなかった」


ナレ「そんな、ある日のことだった。朝倉はその日も稽古に励んでいた。普段なら共に稽古をしている亜矢が、その日に限って稽古に顔を出さなかったことに、不思議な違和感を感じていたのだが……」


亜矢「あさくら、あさくらっ」


アサクラ「ん? 亜矢か。今日は稽古に出てなかったではないか。どうした?」


ナレ「これから自身の屋敷に戻ろうとしていた朝倉を、そんな亜矢が呼び止めた。台所から朝倉をちょいちょいと呼び止める亜矢は、たすきがけをしていて、額にはうっすら汗をかいている」


亜矢「ちょっとこっちくるのじゃ。あさくらっ」


アサクラ「おわっ!? なにをするッ!? 私を引きずるなーッ!!!」


亜矢「いいからっ!」


ナレ「そんな亜矢に突然に手を引っ張られ、朝倉は小田家の屋敷の台所に引きずり込まれた。台所には湯気が立ち込めていて、つい今しがたまで、誰かが調理をしていた様が見て取れた」


アサクラ「どこかと思えば台所ではないかッ! ここに私を連れてきて一体何するつもりだッ!?」


亜矢「のうあさくら? お前は、いつも稽古をがんばっておるのう?」


アサクラ「あんッ!? ……あ、ああ。将来は信義様にお仕えせねばならんし、なにより、朝倉家を再興せねばならんしな」


亜矢「立派な心がけじゃ。この私、小田信義の娘である亜矢が、直々に褒めてつかわす」


アサクラ「お、おう……」


亜矢「ほれほうびじゃ! よう味わって食え!!」


アサクラ「ん、なんだこれは……?」


亜矢「おはぎじゃ!」


アサクラ「これ、亜矢が作ったのか?」


亜矢「そうじゃ! 日頃がんばっておるあさくらをねぎらうためにな!」


アサクラ「……」


亜矢「がんばる家臣にはほうびを取らす……これも主君の務めよ! 遠慮はいらぬぞあさくらよ。よう味わって食え!! ほれ今すぐ食わぬか!!」


アサクラ「お、おう……では……はぐっ」


亜矢「どうじゃあさくらっ? どうじゃどうじゃ?」


アサクラ「もっきゅもっきゅ……んー……」


亜矢「ほれほれうまかろ? 遠慮なく私をほめてよいのだぞ?」


アサクラ「んー……」


亜矢「んー?」


アサクラ「……ぶっさいくなおはぎだ」


亜矢「なんじゃと!?」


アサクラ「ぶっさいくだと言った」


亜矢「せっかく……私が作ったおはぎなのに……ッ!!!」


アサクラ「だがうまかった」


亜矢「へ……?」


アサクラ「こんなうまいおはぎを食ったのは初めてだ。大きくて食いごたえもある。また食いたいな」


亜矢「そっか」


アサクラ「また作ってくれないか? この、ぶっさいくだが旨くて亜矢らしい、とてもうまいおはぎ」


亜矢「……」


アサクラ「なぁ亜矢よ」


亜矢「!? な、なんじゃ!?」


アサクラ「顔真っ赤だぞ」


亜矢「う、うるさいたわけめっ!!」


アサクラ「?」


亜矢「し、しかし……しかたないのう……そんなにうまいと申すのなら、また作ってやるわい!!」

アサクラ「ホントか! ありがとう!!」

 

亜矢「し、しかしあさくらよ! 一つだけ約束じゃ!!」


アサクラ「ほ?」


亜矢「もし、私のおはぎを食べたいのなら、ずっと私のそばにおれ! 私の父に仕え、常に私をとなりで支えよ!!」


アサクラ「……まぁ、かまわんが」


亜矢「ほ、ホントか……?」


アサクラ「どちらにせよ今も似たようなものだし、多分ずっとこうだ。だから、たとえお前が嫌だと言っても、私はお前のそばにずっといることになると思うぞ」


亜矢「そっか……そっか……!! では、またお前におはぎを作ってやらねばな!!」


アサクラ「ああ。うまいおはぎを頼む」


亜矢「ふふ……そっかぁ〜……あさくらは、私の隣にいてくれるか……」


アサクラ「亜矢?」


亜矢「ニシシ……」


アサクラ「?? ???」



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第二幕


ナレ「そうして数年後。精悍な青年に成長した朝倉は、その献身的な忠義を頭領の小田信義おだのぶよしに認められ、親友の今河正澄いまがわまさずみとともに家臣団の一員となった。一方の亜矢も、この頃になると凛とした佇まいが美しい一国の姫君へと成長していた。だが二人の関係はその間も、変わることなく、ずっと続いていた」


ナレ「それは、ある日の長い軍議が終わった後のことだった。頭領の小田信義の粋な計らいで、その日、小田家の屋敷にて、家臣団全員に最高級の落雁らくがんが2つ振る舞われた。だが、朝倉に振る舞われたものだけは、皆と違っていた」


正澄「……朝倉よ」


アサクラ「なんだ」


正澄「なぜ、お主の菓子は落雁らくがんではないのだ」


アサクラ「……このぶっさいくなおはぎが、私への褒美のようだ」


正澄「ほう……。……? ……朝倉」


アサクラ「ん?」


正澄「顔をあげよ。障子のところだ」


アサクラ「障子? 誰かいるのか?」


正澄「ああ」


亜矢「じー……」


アサクラ「な……亜矢……」


亜矢「じー……」


正澄「なぁ朝倉」


アサクラ「なんだ正澄」


正澄「そのおはぎ、亜矢姫が作ったものであろう?」


アサクラ「ああ。おそらくは」


正澄「はよう食うてやれ。姫のあの様子、見ておれん……」


アサクラ「では……はぐっ」


亜矢「ふぁ……」


アサクラ「もっきゅもっきゅ……うまい」


正澄「満足げだなぁ朝倉よ」


アサクラ「実際にうまいからな。この通り、見てくれはぶっさいくだが」


正澄「羨ましい限りだ」


アサクラ「正澄も一つ、食うてみるか?」


正澄「いらん。俺が食っては、姫に申し訳が立たんでな」


アサクラ「遠慮せず食えばいいだろう。あいつに義理立てしてもどうにもならんぞ」


正澄「お前はそう言うがなぁ……姫を見てみろ朝倉」


アサクラ「ん?」


亜矢「むふー(ドヤ顔)」


アサクラ「……」


正澄「……」


亜矢「あさくらっ。今日も私のおはぎを食って、笑うてくれたっ。むふー(ドヤ顔)」


アサクラ「間抜け面だなぁ……」


正澄「姫があのような顔をしている以上、そのおはぎは朝倉が全部食うべきだ」


アサクラ「気にせんでもいいだろうに……」


正澄「時に朝倉。お主と姫は、幼馴染と聞くが」


アサクラ「腐れ縁でな。あの頃から私にはよくおはぎを作ってくれる」


正澄「喜べ朝倉」


アサクラ「何をだ」


正澄「小田はもちろん、朝倉も安泰だ。朝倉家の再興が悲願であるお主には、朗報であろう」


アサクラ「言ってる意味がさっぱりわからん……」


正澄「だとしたらお前は、朴念仁ぼくねんじんというやつだな」


アサクラ「うーん……」


小姓「姫! 小袖でそのように小走りされるとは、はしたないですぞっ!!」


亜矢「んふふ~ あさくらがっ! 今日も笑顔でうまいと言うてくれたのじゃ~」


アサクラ「あのアホ……ん?」


正澄「ニヤニヤ」


アサクラ「なんだ正澄……」


正澄「いや、姫お手製のおはぎは、さぞうまかろうと思ってな。ニヤニヤ」


アサクラ「……」



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第三幕


ナレ「朝倉が大陸に渡る前日の大戦おおいくさのその時、朝倉は自陣にいた」


ナレ「目の前には、朝倉と同じく小田おだ家家臣団の一人にして友である男、今河正澄いまがわまさずみが立っている。その手に持っているのは血まみれの太刀。そして着込む鎧とその顔には、返り血がべっとりとついていた」


ナレ「そして今河正澄の足元には、小田信義おだのぶよしの死体が転がっている。この戦の総大将にしてこの領土の君主、そして朝倉と正澄の主である。背中から一太刀で斬られており、本人は何もわからないまま絶命したのであろう。ただ、表情だけは「なぜ?」と問うていた」


アサクラ「なぜだ正澄!!! なぜ信義様を斬った!? 裏切ったのかッ!!!」


正澄「……なぁ朝倉」


アサクラ「なんだ!!」


正澄「俺とともに来ぬか」


アサクラ「……?」


正澄「お主は殺すには惜しい。お主なら、きっとお館様やかたさまのよき力となるだろう。共に泉澤いずみさわに行かぬか」


アサクラ「正澄キサマ……やはり敵方と……ッ」


正澄「この戦。もとより勝敗は決している。この弱小の小田が、今勢いに乗って諸国を統一しつつある泉澤を退けられると、お主は本気で思っていたのか」


アサクラ「それでも我らは戦わねばならん! 信義様が戦うと決めたのなら、我らはそれに従い、泉澤を退けねばならんのではないのかッ!!」


正澄「……」


アサクラ「違うか正澄! 友であるお前が、それを分からぬはずがないッ!!」


正澄「……」


アサクラ「答えろ!! お前は信義様に忠義を誓ったのではないのか!?」


正澄「忠義か……」


アサクラ「一度主に仕えれば、死を賭して主に従う……それが忠義というものではないのか!?」


正澄「ブッ……」


アサクラ「……?」


正澄「ブァハハハハハハハハハハハ!!!」


アサクラ「な、なんだ……?」


正澄「ハッハッハッ……フッフ……はぁー……笑わせてくれるなぁ朝倉よ」


アサクラ「何がだ!? 何がおかしい正澄!!」


正澄「お主のそういうところよ」


アサクラ「……?」


正澄「お主も気付いておろう。この世は乱世。強き者が上にのし上がり、立ち塞がるものは主君であれ親兄弟であれ、容赦なく斬り伏せる……それが今の世よ」


アサクラ「……ッ」


正澄「分かるか朝倉。今の世は、強くなければ生き残れぬ。強くなければ……強い者に付き従わねば、生きて行けぬのだ」


アサクラ「それは分かっている……だからこそ! 我らが主に忠義を尽すことに、意味があるのではないのかッ!!」


正澄「ふっ……フハハ……」


正澄「ハッハッ……なぁ朝倉……」


アサクラ「何だ!!」


正澄「お主は純粋すぎる……その真っ直ぐな心が、時に羨ましい」


アサクラ「……」


正澄「聞け朝倉よ。俺には、今河家を存続させるという使命があるのだ」


アサクラ「……」


正澄「幼き頃より、父上に何度も説かれた。「何としても今河家を守れ。それがお前が生まれた理由だ」とな。俺が泉澤に付いたのは家を守るためよ。父上の教えに従い、家を守るために、小田を裏切り泉澤に付いたのだ」


アサクラ「使命なら私にもある! 朝倉家を再興させるという悲願が……だが主を裏切ってまで……」


正澄「それはお主に、まだそこまでの覚悟がないということだ。違うか?」


アサクラ「違う!! ただ、己の道を踏み外してまで成就させる気にはなれんだけだ!!」


正澄「それを覚悟がないと言っているのだ!!! それを成し遂げるためならば、己の主を斬り捨て、友であるお主から「裏切り者」と蔑まれ、新しい主とその家臣から「信用が置けぬ」と捨て石のように扱われようが一向にかまわぬ……! 怨敵に尻尾を振り己が額を地にこすりつけて頭を下げ、嘲笑の的となり泥水をすすってでも成就させる……それが! 俺にとって今河の存続でありお主にとっての朝倉家の再興ではないのか!!? それこそが真の悲願というものではないのか!!」


アサクラ「何を……戯言を……!!!」


ナレ「朝倉は正澄の顔を見た。目の周囲の返り血は、いつの間にか流れていた彼の涙の跡に沿ってテラテラと輝いている。その様が、まるで正澄が血の涙を流しているように、朝倉には見えた」


ナレ「その直後、不意に巨大な爆発音が鳴り、朝倉と正澄の身体を大きく揺さぶった」


アサクラ「な……!?」


正澄「始まったか……」


アサクラ「城が砲撃されている……馬鹿な……この大戦おおいくさの最中に、城にまで攻め入る兵力があるのか……ッ」


正澄「今の泉澤の全力を持ってすれば、戦と城攻めを同時に展開することなど容易い。ましてや相手が小田なら、なおさらだ」




ナレ「その時、朝倉の頭によぎった光景があった」




亜矢『ふふ……そっかぁ〜……あさくらは、私の隣にいてくれるか……』


アサクラ「亜矢ッ!!!」


正澄「行かせんぞ朝倉」


アサクラ「退け正澄!! あの城には亜矢がいる!! 助けねばならん!!! 約束したのだッ!!!」


正澄「将来に禍根を残さず泉澤の基盤をより盤石とするため、小田の血は残らず断て……そういうご命令だ」


アサクラ「……!?」


正澄「無論、亜矢姫も殺す。今頃は城内に泉澤いずみさわ乱破衆らっぱしゅうが侵入し、亜矢姫の喉笛を搔き切らんと徘徊していることだろう」


アサクラ「正澄……ッ!!!」


正澄「姫を助けたくば、この俺を斬れ。……今ならまだ間に合うかもしれんぞ」


アサクラ「……ッ」


正澄「お主の覚悟……己の道を進み朝倉家を再興させ亜矢姫を守る……」


アサクラ「……」


正澄「その覚悟をここで見せよ。見事、俺を斬り伏せて見せよ」


アサクラ「……」


正澄「朝倉ぁぁああアアアアアッ!!!」




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第四幕


ナレ「親友の正澄を斬り捨てた後、朝倉は必死に城まで駆けた。正澄が撤退をする際に騎乗するつもりでいたと思われる早馬で駆ける。一秒でも早く城に駆けつけ、そして亜矢を助けるため……朝倉は息をするのも忘れ、ただひたすらに駆けた」


アサクラ「ハッ……ハッ……クソッ……亜矢……ッ」


ナレ「朝倉の眼前に広がる小田の居城は、すでに瓦解寸前だった。度重なる砲撃によって、もはや天守閣はその体を成さないまでに崩れ落ちている。誰かが火を放ったのだろう。崩れた城のいたるところから、黒い煙が上がっている。その様は朝倉にとって、形として見える「小田おだ家の最期」そのものであった」


ナレ「城にたどり着いた朝倉は亜矢を探しながら城内をさまよい、もはや崩れ落ちそうな天守閣に足を踏み入れた。」


アサクラ「亜矢!」


亜矢「……?」


アサクラ「大事ないか亜矢!? 亜矢ッ!!?」


亜矢「……ッ!!!」


ナレ「傷だらけで両目からも血を流す亜矢の顔が、憤怒ふんぬに歪んだ」


亜矢「この、下郎がッ……まだ来るかッ!」


アサクラ「!?」


亜矢「おのれ下郎ッ!!!」


アサクラ「ま、待て!」


亜矢「黙れッ!!!」


アサクラ「私の顔を忘れたのか!!?」


亜矢「戯言を!! 私の目が見えぬのもお前たちの仕業であろうがッ!!!」


アサクラ「もしやお前……目が見えておらんのか……?」


亜矢「フーッ……フーッ……!!」


アサクラ「あ、亜矢……」


亜矢「寄るな下郎ッ!! 私は、身も心も朝倉兵庫の女じゃ!!!」


アサクラ「!?」


亜矢「故に他の者が私に触れることは絶対に許さぬ!!! 性懲りもなく再び私の体に触れでもしてみよ! この脇差わきざしで、お主の喉を掻き切ってくれる!! それとも先程のように、肉を噛み千切られたいか!!!」


アサクラ「亜矢……ッ」


亜矢「あさくらが戻るまで私は生きねばならぬ……戻ったあさくらを出迎えてやるために……下郎ごときに、汚されるわけには行かぬ……ッ!!」


アサクラ「亜矢!! 私だ!!! 朝倉だ!! 朝倉兵庫だ!!!」


亜矢「あさ……くら……?」


アサクラ「そうだ私だ! 朝倉だ! 戻ったのだ!! もう気を張らずともよいのだ亜矢!!」


ナレ「亜矢の右手から、脇差がボトリと落ちた。まるで憑き物でも落ちたかのように気が抜け、膝からぐしゃりと崩れ落ちる。朝倉はサッと亜矢のそばにかけより、倒れる亜矢の肩を抱きかかえた」


亜矢「あさくら、あさくら……」


アサクラ「亜矢……ッ」


亜矢「あさくら……ハハ……あさくらじゃ……この鼻、このほっぺ……あさくらじゃ……私の、あさくらじゃ……おかえり……私のあさくら……」


アサクラ「亜矢……左手はどうした……力が入っておらぬぞ?」


亜矢「下郎どもに斬られた……もう、脇差も持てぬ……動かせぬ……」


アサクラ「目は……?」


亜矢「潰された……お前の顔はおろか何も見えぬ……真っ赤じゃ……」


アサクラ「こんなに、なるまで……」


亜矢「ハハッ……私はあさくらの女ぞ。他の者には、絶対に許さぬ」


アサクラ「初耳だぞ。いつの間に我らは結ばれた……?」


亜矢「ずっと昔じゃ……幼少の頃、私が初めてあさくらにおはぎを作ってやったあの日……あさくらは、覚えておらぬか?」


アサクラ「覚えている。『もし、私のおはぎを食べたいのなら、ずっと私のそばにおれ』お前は、そう言ってくれた。あの日から折りに触れ、お前は私におはぎを作ってくれたな」


亜矢「あの日、私はお前のものになると決めた……お前が喜んでくれるのなら、お前の隣で、お前のために、おはぎを作り続けてやろうと思うたのじゃ」


アサクラ「……」


亜矢「でも……許しておくれあさくら……すまぬ……あさくらぁ……」


アサクラ「……なにがだ」


亜矢「この腕では……この目では……すまぬ……そなたにおはぎをつくってやることは……もう、叶わぬ……」


アサクラ「……」


亜矢「くやしいよぉ……あさくらぁ……あさくらが好きじゃと言うてくれるのに……うまいと言うてくれるのに……もう、作れぬ。作ってやれぬ。くやしいよぉ……あさくらぁ……」


アサクラ「……ッ」


亜矢「また……あさくらにうまいと言って欲しいよぉ……なぁあさくら……また、笑ってるあさくらが見たいよぉ……あさくら……あさくらぁ……!」


アサクラ「何を言うか亜矢……ッ!」


亜矢「……?」


アサクラ「お前と私の仲ではないか! 左手が無ければ、私がお前の左手になる! 私がお前の手になって、お前のおはぎを作ってやるわ!」


亜矢「……本当か? あさくらが、私の手になってくれるのか?」


アサクラ「もちろんだ……ッ!」


亜矢「でも、私の目はもう、あさくらの顔を見ることは出来ぬぞ……?」


アサクラ「目が見えぬというのなら、私がお前の目になる! お前の代わりに美しい景色を見て、それをお前に伝える!! 笑顔が見たいというなら、隣で大声で笑うてやる!!」


亜矢「そうか……ぷっ……まるで、夫婦めおとのようじゃ……」


アサクラ「今更何を言う。お前が私の女だったのなら、私はずっとお前の男だったはずだ。違うか?」


亜矢「そっか……そう言ってくれるか……お前は、ずっと私の男だったのか……」


アサクラ「我らはずっと、夫婦めおとだったのだ亜矢」


亜矢「そっか……私とあさくらは、ずっと……夫婦めおとだったのか……なら……」


ナレ「亜矢が、その潰された目を静かに、ゆっくりと開いた。少しだけ開かれた瞼のその向こう側は、血と涙で様子がわからない。ただ、朝倉の目には、亜矢の美しい茶色の瞳が、しっかりと映っていた」


亜矢「私の方から、三行半みくだりはん……じゃ」


アサクラ「亜矢……?」


亜矢「あさくらには、もう……会いとう、ないっ。離縁りえんじゃ。私に、付いて来なくて済むよう……離縁りえん、してやる。私から、出ていけ……」


アサクラ「意味が……わからんぞ……?」


亜矢「わからん……か……?」


ナレ「朝倉の目からいつの間にか流れていた涙を、亜矢の右手が優しく拭った。力のないその右手と亜矢の顔からは、普段の彼女から感じられる温かさは、もう失せている」


ナレ「亜矢は目を閉じ、そしてにっこりと微笑んだ」


亜矢「さらばじゃ朝倉兵庫。大義で、あった」


アサクラ「あ、や……?」


亜矢「次に会うとき、我らは元の主従しゅじゅうぞ。その時は、お主の自慢の妻の話を……聞かせて、おくれ……」


アサクラ「ん……っく……」


アサクラ「っく……亜矢……私はまだ、お前のおはぎに、飽きておらんぞ……」


アサクラ「なぁ……返事をしろ……腹が減った。あのおはぎを……いつものあの、ぶっさいくでうまいおはぎを、作ってくれ……亜矢……」


アサクラ「答えろォォオオオ!!! 亜矢ぁぁああああ!!!」


アサクラ「答えないかァァァアアア!!!」


(了)

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【声劇用台本】姫様と料理人内エピソード「おはぎ」 おかぴ @okapi

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