Chap.4-4

 レインボーカラーのビーチパラソルを目印に戻ってくると、なぜかリリコさんとDSバーのマスターおケイさんがにらみ合っていた。二人の間でタカさんが、何とか取り繕おうとしている。

「ちょっとアンタそれどういう意味よ?」

「なんのことかわかりません」

「とぼけてもムダよ、ちゃんと聞こえたんだから。わたしのこと品がないとかなんとか」

 今にも飛びかかりそうなおケイさんをリリコさんが視線だけで威嚇している。僕の荷物を挟んで、二人の間に見えない火花が散っていた。アレじゃ……タオルを取りに近寄れもしない。

「どうしたんですか」

 タカさんに、そっと話しかける。

「俺もよく事情がわからないんだ……たぶんリリコが暴言吐いたんだろうけど」

「暴言を吐いたのは、あっちよ」

 リリコさんがタカさんにまでつっかかる。

「タカがいない間に、また来ちゃったから親切に相手をしてあげたのに。オイルまみれの身体であっちこっち寝そべるわ、タカちゃんいないならここにいてもしょうがないわね、とか」

 リリコさんは呼吸を一旦鎮めようと息をついた。

「挙げ句の果てに、あたしもあのマンション住みたいって言い出したから、定員いっぱいですってこれでも丁寧にお断りしたの。そしたら、じゃあ誰か出ていけばいいんだわ、なんて言ったのよ、このオカマ!」

「なによ、アンタたちみんなタカちゃんにたかってる寄生虫のクセに!」

 ユウキが露骨に顔をしかめた。

 このままでは、この場で『リリコVSおケイ』の泥レスリングがはじまりかねない。

「おいおい、おケイちゃん、リリコも。なにやってんだい?」

 あちゃ……と手のひらで目を覆った。麦わら帽子の寺井さんだった。ひょこひょこやって来て、場に不釣合いな呑気な声を上げた。網に入ったでかいスイカをぶら下げている。よりにもよってこのタイミングでまたややこしい人が……と思った。

 が、リリコさんもおケイさんも急に縮こまって萎縮をした。

「どうしたの? ケンカはよくないでしょ。あんたらのせいで、みんな気分悪い思いしてるじゃない。そんなんじゃあ、タカちゃんに嫌われちゃうよ?」

「ハイ。スミマセン」

 おケイさんは胸の前で両手もじもじさせて、寺井さんに上目づかいでペコペコと謝った。

「寺井さんって、いったい何者なんですか?」

 タカさんにまた耳打ちする。

「あれ、一平、寺井さんを知っていたっけ?」

「さっきユウキに紹介してもらったんです。でも、ただの床屋さんには思えないんですけど」

 あの強引でふてぶてしいと会ったばかりの僕ですらわかるおケイさんを一瞬で制してしまうなんて。

「ちょっとだけ面倒見がよくて、みんなあの人の世話になっている。俺も含めて頭が上がらない者が多いのさ」

 タカさんが僕の耳元で囁いた。


 寺井さんの長いお説教がようやく終わり、おケイさんがおずおずと「タカちゃん、またねえ」と小さく手を振って退散すると、誰からともなくフウと安堵の息が漏れた。

「寺井さん、ありがとうございます」

 タカさんが頭を下げる。

「べつにタカちゃんが謝ることじゃないでしょ? しかしモテる男は辛いねえ」

 寺井さんがニヤニヤとした。

「あんまりタカが調子にのること言わないでください」

 リリコさんが険しい顔つきをする。

「おー、こわ! タカちゃんには、強い姉さん女房がいたんだった」

「え? 二人ってそんな関係なの? いつのまに?」

 ユウキがびっくりした声を上げる。僕も目が丸くなってしまう。

「ちがいます!」

 リリコさんが即否定をした。タカさんは身体を硬直させて、リリコさんと寺井さんの間でぎこちなく明後日の方向に目を向けていた。

「あれ、そうなの? もう付き合っちゃえばいいのに」

「付き合いません」

 リリコさんが声を大にする。

「ふむ。タカちゃんが新しい恋をするのは、まだまだ先なのかねえ」

 寺井さんの探るような目つきに、僕とユウキは顔を見合わせて「なんだろね?」と首を傾けた。タカさんは「勘弁してくださいよ」と手を頭の後ろに回す。

「さて、じゃあコイツでスイカ割りでもしますか」

 この話はオシマイと、寺井さんが網に入った西瓜を掲げた。

「わ~夏っぽい、ビーチっぽい! さっき言ってたイイモノってこれ?」

 はしゃぐユウキに寺井さんが白い歯を見せる。

「来てすぐに岩場の流れの速いところに沈めておいたから、よ~く冷えてるよ。皮の表面についた海水の塩分が、甘みを引き立てるって寸法だ」

 パチパチパチと誰からともなく拍手が上がる。準備のいい寺井さんは、懐から目隠し用の手ぬぐいをサッと取り出した。西瓜を叩くための棒はタカさんが近くで流木を見つけて来てくれた。

「チャレンジャーは、一平くんでいいかな?」

 オー! とみんなが拳を突き上げた。僕もつられて手を上げてしまってから、

「え、なんで僕なんですか?」

 と引っ込めた。てっきりユウキあたりがやるものだと思っていた。

「なんでって……カワイイからじゃダメかい?」

 寺井さんが拗ねたように言う。

「気に入られたみたいだね」

 タカさんが笑う。カーッとまた顔が熱くなってしまう。硬直している隙に、手ぬぐいで目を覆われていた。「え、え」と戸惑いの声を上げている間に後ろでぎゅっと結ばれてしまった。

「あら、一平、目隠しが似合うわねえ」

 リリコさんの声がする。寺井さんの顔が耳元に近づく気配がした。

「こうやって目隠しをされると変な気分になってこないかい?」

「なりません! 」

 実はちょっとだけドキドキしたけど。

 肩を誰かに掴まれて(たぶんユウキ)、グルグルと回転。

 いっかい、にかい、さんかーい、とカウントが聞こえてくる。

 真っ黒な視界の中、

「あ~れ~」

 とリリコさんが悪代官に帯を解かれている町娘の悲鳴を添える。あっというまに十回もグルグルと回されて、身体も頭も大混乱だ。

 もう、ここまで来たらヤルしかない。

 覚悟を決めて、僕は流木を竹刀のようにして握り締めた。

「やん、そこじゃない……もうちょっと右の方」

 ユウキが面白がって野次を上げる。

「そこそこ、いっちゃって、そこにぶちまけちゃってえ!」

 そのうち僕ら以外のギャラリーも増えたようで、歓声が盛大になった。

 つい調子に乗ってしまい、

「行くぞ~、オラァァァ!」

 と雰囲気を出した掛け声とともに、手にした流木を勢い良く振り下ろした。

 ガツン! と手元に衝撃が走る。

「キャー! 野郎っぽい!」

 ギャラリーの歓声。流木を通して伝わった確かな感触に、目隠しを外した。

 台知久海岸、日本屈指のゲイビーチに、僕は初めて来た。確かに他のビーチとは少し様子が違うけれど、そこにある夏の景色はどこにだってあるものだった。僕はゲイビーチに来たかったのではなく、夏の景色に憧れていたのだ。こんな夏の中にみんなで来たかったのだ。

 手ぬぐいをずらした僕の目に、まぶしい夏の太陽とみんなの笑顔が飛び込んできた。


第4話完

第5話へ続く

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虹を見にいこう 第4話『真夏の太陽と海とアイスキャンディ』 なか @nakaba995

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