#019 監獄の鷹と鳩 Dilemma
8月15日 17:00 私立霜綾学園 美術室――
『馬鹿かアンタはっ! どう考えても罠だっ!』
「あら? 心配してくださるの? 嬉しいですわ」
『そんなことは微塵も思ってない。手間を増やすなというだけだ』
「つれないですわね」
美術室に向かう途中、インカムの向こうから聞こえる暁の声は不安に満ちていた。
不謹慎には思いつつも、セオリーには悪い気がしなかった。
(これでは馬鹿だと言われても無理ありませんわね)
「大丈夫ですわよ。レーツェルが監視カメラを掌握していますし、何かあればみんな駆け付けて下さるのでしょう?」
『それはそうだが……』
「それに暁もご存じの通り、
暁の心配をよそにセオリーは美術室の戸に手を掛けた。
戸を惹くや否や柔らかい赤みを帯びた日差しが飛び込んでくる。そして油絵具や石膏の染みついた美術室特有の匂いがセオリーの鼻を付いてくる。
「お待たせいたしましたわ」
「本日はご足労頂きありがとうございます」
室内へと足を踏み入れると既に二人、
「貴女は
「ええ、マクダウェル博士。本日の講義、大変勉強になりました」
陽葵から『
(この子、ちっとも僭越と思っていないですわね。昔から『男同士は本来、互いに無関心なもの、しかし女は生まれつき敵同士である』とはよく言ったものですわ)
脳裏で溜息を付きながら、セオリーは陽葵の向かいの席に腰を下ろした。
「それでどんなゲームを致しますの?」
「ええ、こちらになります」
そういって妖しく微笑む
「CCCのゲーム内にある無間牢獄というミニゲームをなります」
「無間牢獄?」
「心配はありません。マクダウェル博士も知っている単純な無期限繰返しの囚人のジレンマです。CCCのプレイヤーであればだれでも参加できますのでご安心下さい」
確かにそれならセオリーも知っていた。要はタカハトゲームだった。
1.本来ならお前たちは懲役5年だが、もし2人とも黙秘したら、証拠不十分として2人とも懲役2年だ。(この手は俗に「協力」という手である)
2.もし片方だけが自白すれば、そいつはその場で釈放してやる。この場合黙秘していた方は懲役10年だ。(この手を俗に「裏切り」という手である)
3.ただし、二人とも自白したら、判決通り二人とも懲役5年だ。
互いに黙秘し協調した場合は各プレイヤーに3点。どちらかが裏切って自白した場合には、自白したプレイヤーに5点。囚人が双方自白した場合は1点、プレイヤーに入ることになる。
「そしてこのゲームの最大の要素があります。それは囚人に対してプレイヤーが噂を流すことによって、ある程度の囚人の行動を操作することが出来ます」
「それアクセルロッドの競技大会ではありませんか?」
実際にゲーム理論の大会で、世界中のプログラマーが戦略を出し合い競い合わせている。
「その通りです。流石は進化学者ですね」
「当然ですわ。進化学の重要な概念の一つである
裏を返せば、個体にとって最善の戦略は、個体群の大部分が行っていることによって決まるということをいう。
「とりあえず分かりましたわ。早速始めましょう」
「そうしましたら、マクダウェル博士がアバターを作成している間に、私が先行して最初の町に
「分かりましたわ」
セオリーは頷いて机の上に置かれたVRフルフェイスヘルメットを手に取る。
VRフルフェイスヘルメットは情報屋の柏木の処にもあった脳波を拾って、アバターを操作する最新式のデバイスのようだ。
「マクダウェル博士。潜る前に一つよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「彼……名前は確か、神藤暁。彼は来ておりますか?」
「ええ、うちの
「そうですか。それは嬉しい限りです」
と言っている割に
(この男、まさか暁と同じ……ではありませんわね。この男は反社会性パーソナリティ障害かもしれませんわ)
暁をサイコパスと断定しようとした思考を振り払う。だが、同じタイプの人間には違いなく、故に惹かれ合ってしまう。
(暁とこの男を引き合わせてはいけませんわ。そしたらきっと彼は戻ってこられなくなる)
そう思うとこの退屈そうなゲームにもやる意味が出てきた。自分の研究に没頭してきた今更、他人の為に動くことになり、セオリーは内心滑稽に思えてならなかった。
「さてと、それじゃあ、始めましょうか」
セオリーはVRフルフェイスヘルメットを装着してCCCへとログインを開始した。
セオリーは赤いローブを纏う魔女風の自分そっくりなアバターを作成すると、用意された
そこは露天鉱床、もしくはダンテの神曲に登場する地獄の濠を思わせる永遠と続く
転移先は無間牢獄の真上、端から突き出た一本の断崖。
下を覗くと鉄格子の奥から囚人たちの叫び声は、まるでその
叫び声が上昇気流の如く拭き上がる中、セオリーは向かい合ったもう一本の断崖に一人の女剣士がいることに気付く。
適度に前髪が揃えられ、まるで人本人形のような容姿は
「お待たせいたしましたわ」
「いいえ、大丈夫です。そうしましたら早速始めましょうか」
タカハトゲームの純粋な知能合戦は、セオリーのオントロジーエコノミクスを警戒した
良い手だと内心セオリーは感心している。
(恐らくもなにも十中八九、純粋な知能合戦にはならないでしょうけど……)
現状、セオリーの方が明らかに不利だとことに気付いていた。そもそも純粋に勝負する気など毛頭ない、目的は
(さて、あの男はこんな幼気な女の子に一体何を吹き込んだのか)
「――と言いたいところですが、博士、私と一つ賭けをしませんか?」
「よろしいですわよ」
「悩まないのですね」
「
非常に好都合な提案にセオリーは躊躇わず即答する。そもそも自分から言い出すつもりだった。
「私が勝ったら、
そうでなければ困る。そのつもりで嗅ぎまわっていたのだから、セオリーが女子生徒からの聞き込みを多くしていたのは、噂を広めて現状を作り出すことにあった。
「それで? 貴女が勝った場合は、
「ええ、それは当然、手を引いてください」
予想通りだった。この回答からもこの
それはセオリー達が一体何者で何をしているのか
もちろんセオリーに決定権がある訳ではないので約束できないが、勝てば問題ない。
「よろしいですわ。それで行きましょう」
「それではそろそろ始めましょうか?」
「ええ、そうですわね。お手柔らかにお願いしますわ」
「こちらこそよろしくお願いいたしますわ」
互いに会釈をすると、ゲーム開始を知らせる大鐘の音が
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