#003 改竄遺伝子 Security Hole
「ようやく着きましたわね……」
車を降りて早々、凝った筋肉を解そうと背伸びをするセオリーの目の前に、接客用ロボットが現れる。
「あら、可愛らしい」
丸みを帯びた可愛らしい女児のようなデザインで、かつて通信会社が開発した人型ロボットのように不気味の谷現象の谷底に落ちておらず、親しみを感じる。
『お待ちしておりました。マクダウェル様。補佐官がお待ちです。どうぞこちらへ』
接客用ロボットにスーツケースを預け、セオリーは案内されるがまま官邸へと足を踏み入れる。
さっきの自動運転車のAIとは違い、音声に女性らしい膨らみのようなものを感じたセオリーは接客用ロボットに尋ねる。
「もしかして在宅勤務されているのかしら?」
『えぇ、実は私、育休中でして、自宅から遠隔操作しているんです。申し遅れました。私は榎本と言います、よろしくお願いいたします。』
「それはおめでとうございます。エノモトさん」
『ありがとうございます。マクダウェルさんって日本語がお上手なんですね』
「褒められるようなことではないですわ。教育熱心な両親だったものですから、子供のうちに数カ国語覚えさせられただけですの」
『ご謙遜を』
他愛の無い会話をしている内に、いつの間にか執務室の前に着いていて、セオリーは中へと招き入れられた。
「やあ、セオリー。久しぶりだね。よく来てくれた」
「久しぶりですわね。ナオアキ」
扉が開かれて早々、セオリーは近寄ってきた特徴のない安っぽい美形の男、松浦修彰と握手を交わす。
セオリーは彼の事を心底嫌っているわけではないが、一見軽薄そうに見える眉目が生理的に受け付けない。
むしろセオリーの好みは修彰の後ろに控えるの
SPは二人。短髪の白髪で凛々しい髭を蓄え、見るからに厳格で堅物そうな初老の男性と、そして――
きりりとした顔立ち、鋭い眼差しと物怖じしない毅然とした態度、スーツの上からでもわかる鍛え上げられた肉体。彼を纏う雰囲気は
「立ち話もなんだ。とりあえずかけて話そう」
「そうですわね」
セオリーはエスコートされるがままソファに座る。
落ち着いた雰囲気の絨毯の上に、木製の頑丈な執務机や壁面、数人が座れる応接セットに打ち合わせテーブル。
部屋全体に充満する厳かな空気が、セオリーは自分のカジュアルすぎる格好が不釣り合いではないかと思いにさせる。
「どうかしたかい?」
「いいえ、もう少しフォーマルな格好の方が良かったかしらと思っただけですわ」
「いいや、全然構わないよ。これは非公式の場だ。それよりもその他人行儀な言葉遣いは何だい?」
セオリーが日本語を研究した結果、一番上品な言葉遣いが『お嬢様口調』であっただけの事だったが、修彰は違和感を持ったようだ。
「日本語の敬語って便利ですわよね。英語だとどうしても苦手なタイプでもフランクに話さなければいけないのですけれど、日本の敬語なら壁が作れますもの」
セオリーの言葉に修彰は唖然としていた。
専ら背後にいるSPを和ませようとした一言であったが、流石に鍛えられていることはあるようで表情一つ変えていない。
しかし、SPの様子から周囲を警戒している様な張り詰めた空気も感じない。
(あら、随分真面目ですのね……それにしても本当にSPなのかしら?)
奇妙なSPの様子を怪訝に思いつつ、セオリーは接客ロボットが運んできてくれたコーヒーにそっと口を付ける。
「冗談ですわ」
「相変わらず人が悪いなぁ~セオリーは」
「ごめんなさい。それで話と言うのは?」
「ああ、そうだね。そしたら――」
「補佐官。紹介には及びません。私の方から――」
初老の男性がセオリーの下へ近づき、セオリーも思わず彼の厳かな雰囲気に当てられ、慌てて立ち上がうとしたのだが――
「座って頂いたままで結構」
堅物に思えた男性は意外に紳士的で、動揺したセオリーを気遣う素振りを見せた。
「私は警視庁公安部外事四課、課長。
(SPかと思ったら、公安でしたのね。なるほど、彼はアカツキというのね……)
何故海外にいる自分を頼ってきたのかセオリーはずっと疑問であったが、
公安部が動いていることから、DNAに関して専門的な知識のいるテロ事件が起きたといこと、国内外の遺伝子研究者の関与も疑われるという事だった。
(しかも修彰から直接頼んできたということは政府内部でも何かしらの思惑がありということかしら……)
「まずは話を聞かせて下さるかしら?」
「事の発端は1週間前に起きたある事件になります。それは――」
穏田より語られる事件の詳細はこうだ――
一週間前、母子家庭における生活保護の支給緩和法案の閣議決定の際に、農林水産大臣である三島大臣が突如倒れた。原因は虚血性心疾患。所謂、心筋梗塞だという。
「それで、ご容体は?」
「ああ、緊急搬送され一命はとりとめたが、話はそれでは終わらないんだ」
「三島先生は日頃の不摂生がたたったと言えなくも無いですが、血液検査を実施したところ、これが妙なことが浮かび上がりまして、
「それは妙なこともあるものですわね」
生まれつき二つの遺伝情報を持つDNAキメラや体の部位ごとに異なるモザイクなら、採取の認識不足によるミスということがあり得る。
ただしその場合には
(そうなりますとデータの改竄かあるいは――)
――とセオリーは少し思案に耽っていると、
「新しく採取したDNAで秘密裏に再度
「確かにそうですわね。しかし
「察しが早くて助かります。事件発覚当時より厚労省のデータベースを確認したところ、改竄やハッキングの痕跡は確認されませんでした」
手段がどうであれ、何らかの要因で遺伝子を改変させることが出来たと考えるのは自然な発想だ。
ただセオリーは話を聴いている過程でどうしても分からないことがあった。
「それにしてもなぜ公安部の、それも外事の方が動いていらっしゃいますの?」
警視庁公安部外事課は主に国際テロを扱う課。
話を聴く限り国内に関する事情で
「ごめんなさい。勉強不足で日本のシステムをまだはっきりとは理解しておりませんが、ここで動くのは特捜部管轄ではありませんの?」
澁っていた穏田に修彰が「話してくれて構わない」と言い許可が出すと、徐に穏田の硬い口が開かれる。
「他言無用にお願いしたいのですが――」
(これは喋ったら刑務所送りの奴ですわ……)
「私どもが先月捕らえた国際的指名手配犯について、今回の事件と同一性が確認されたので、現在はその因果関係を調べているのです」
(はっきり言ってよく分かりませんわね……)
その国際的指名手配犯の名前も、どうして同一性が確認されたのかの重要な部分は伏せられてセオリーはよく分からなかった。
(安易に外部の人間に話せないのは理解できますし、仕方がないですわね)
海外のニュースを勉強がてらにセオリーはよく見る方なのだが、日本でそういった報道がされていなかったところから見て、恐らく報道規制がされているのだろうと察した。
「なるほど、理解いたしましたわ。
具体的な捜査協力の話に流れは移り、次第に日は傾いていった。
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