第四章 本当の炭焼長者の話 1
「儂が弥次郎だって…何を言うんだ。儂は小太郎。炭焼き長者の小太郎だ。」
老主人は強く言うが藤吉は聞き入れる様子は無かった。
「それでは姫様の名は?」
「名だと?そんなの知らん‼」
老主人は声を荒げる。
藤吉は睨みつけるように言った。彼も声を荒げさせた。
「いいや姫様は小太郎様に名乗られた。早瀬姫と。小太郎様は何度も姫様の元へ足を運んだんだ。それなのに姫様の名を答えられないなんておかしな話だ。」
主人は度肝を抜かれた。今まで控えめに丁寧な子どもの姿はどこにも無かった。
「姫様の住む屋敷を立派としか言えないだって。単に行ったことが無いだけじゃないか。本物の小太郎様は具体的に屋敷の中に何があったかまでは話してなかったようだな。」
「…………」
しばらく主人は声を出せなかった。それでも声を絞り出し反論を試みた。
「待て。儂は炭焼き長者の昔の話をすることが出来たぞ。儂がどう殺されそうになり、それをどう乗り切ったのかを…」
「村の仲間の身にで起こった事だ。弥次郎が知っていておかしくないだろう。」
藤吉はピシャリと言う。
「二番目の石を落とされた事と最後の付け火においては村の中で起こったことだ。あんたのする話は小太郎様の過去と言いつつ、小太郎様がその場にいない時に起こった吾平の悪巧みの話が多い。小太郎様が中心に出てくる話は市場に炭を売りに行った時だけじゃないか。どちらも弥次郎、あんたが側にいた時に起こった話だろう。」
老人の顔には焦りが浮かぶ。
「しかしな…川で突き落とされそうになった話は…弥次郎は側にはいなかった。」
老人は川での話を持ち出した。口ぶりに狼狽えが見える。
「最初の川で突き落とされそうになった事に関しては吾平の後をこっそり付いてきて見ていたんだろう。」
「……」
「小太郎様と吾平が村を出ていき、あんたが一人で薪割りをすることになった。二人が帰ると薪割りは進んでいなかった。一人だけだから進まなかったんじゃない。薪割りせず吾平を追いかけていたから出来ていなかっただけだ。」
「…何のために吾平を追いかける必要があったのだ…」
老人から段々と力が抜けていく。
「吾平のただならぬ様子にあんたは不安を感じたんだろう。何をしでかすつもりなのかとね。不安になったあんたは吾平を追いかけた。最初は吾平を止める気は少しはあったんだろう。」
「……」
「そして追いかける途中、あんたの妻となる娘と出会った。でも急いでいたから名乗らずに去ってしまった。おかしかったんだよ。小太郎様はその日は魚を釣りに行くだけなのに慌てて立ち去る必要があったのかってね。でも、あんたは吾平を追いかけなければと急ぐ必要があった。」
老人は何も答えない。ただ石のようにじっと固まることしか出来なかった。
「次に市で娘と再会した時、小太郎と名乗ってしまった。ちょっとした見栄のつもりだったんだろう。小太郎様はたくさんの銭を手に入れたからな。おまけに長者の娘ときたからにはただの炭焼きでは釣り合わない。」
藤吉は老人を見た。ゆっくりと話しかける。
「そして小太郎様に成り済ますために小太郎様を殺すことにした。あんたと小太郎を知る吾平と権助もね。元々、外の世界と繋がりが薄く村人が三人しかいない所だ。口封じをする人間が少なくてやりやすかっただろう。」
「……」
「小太郎様はあんたを信じていたというのにな。銭と宝の隠し場所。土に埋めたわけでも、竈の中に隠したわけでもない。弥次郎、あんたの家の中に隠したんだ。吾平は小太郎様とその家ばっかり気にしていたからな。だから『戸締りに気をつけろ』と小太郎様は市の帰りにあんたにそう言ったんだ。」
藤吉の口調がさらに強くなった。
「大体、小太郎様が助かった方法。全て姫様の入れ知恵だったんだ。小太郎様は川での吾平の様子を見て身の危険を感じた。そして姫様に相談したんだ。それで身代わりのための案山子を作ったり、抜け穴を掘ったりしたんだ。それなのにあんたの話ではそれが無かった。」
「……」
「姫様から頂いた箱の中身答えられなかっただろ。あれには紙人形が入っていたんだ。小太郎様はそれに息を吹きかけて紙人形に抜け穴を掘るのを手伝わせたんだ。一人で抜け穴を掘るなんて大変だと思わなかったのか?あれは宝の入った箱じゃなくて俺が入っていたんだ。」
「俺が入っていた…」
老人は呟いた。
その時、弥次郎は思い出した。小太郎が紙人形が人に変わったという話をしていたのを。
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