語られる 炭焼長者の事件

桐生文香

むかしむかし 1

むかしむかし、山奥の集落に三人の炭焼きが住んでおった。一人は小太郎と言って正直で真面目な若者。もう一人は吾平という四十近くの大男でいつも威張っていた。残る一人は弥次郎といって年は小太郎と同じくらいで大人しい性格の若者だった。集落は昔は四十人くらいはいたが、皆亡くなるか離れるかでいなくなってしまった。今は寂しく三人きりだが小太郎は生まれ育った場所を愛していた。そして三人の住む山を流れる川には姫様が住んでいるという言い伝えがあったとか。

 

 川の水面が星のようにきらきらとして見えた。小太郎は見とれてしまった。

 「ふうっ」

 小太郎は一息つこうと川辺に腰を下ろした。炭にするための木材の採集に体が疲弊してしまった。ゆっくりと川の流れを見つめる。川辺には花が咲き春ののどかさが感じられた。

 「そういや…ばあちゃんが生きてた頃、川のお姫様の話してたな…」

 小太郎がまだ幼い頃、彼の祖母は昔話をしてくれた。その中に川の下には姫が住んでいて姫は花が好きだというのがあった。

 体をほぐそうと伸びをすると側にすみれが咲いてるのが目についた。

 「まさかな…」

 昔話を本気で信じているという訳ではないが、試しにという気持ちはあった。花を丁寧に手折ると川に流した。花は水面に揺られ流されていく。

 「姫様。花を献上します。どうかお受け取りください。」

 冗談まじりの言葉を川に投げかけた。我ながら子どもみたいな好奇心を持ったものだと呆れてしまった。

 そろそろ行こうかと立ち上がった時、水がバシャっと弾けるような音がした。

 驚いて顔を上げる。見たこともない豪華な着物を着た女が川の上に一人立っていた。

 「えっ?」

 小太郎は驚き固まった。女は気にせずにっこりと話しかけた。

 「花をありがとうございます。人から花を貰うのは久しい事であったか。」

 「……」

 「用事が無ければ、こちらへどうぞ。川の屋敷へ案内します。是非ともお礼をさせてくださいな。」

 「いや…でも…」

  小太郎は言葉を詰まらせた。

 「何か用事でも…それは失礼しました。」

  女は丁寧に頭を下げた。

  いきなり昔話のような出来事が起こり状況が飲み込めなかった。女は明らかに人ではない。川の屋敷というのも得体が知れない。しかし、非日常な世界も見てみたいという思いもあった。この機会を逃すと二度はないかもしれない。川の屋敷もそうひどい所とは限らない。

 「いいえ。今暇をしていた所です。川の屋敷というのを是非見せてください。」

 「ええ。」

 女はにっこりと微笑んだ。小太郎は好奇心に負けてしまった。

 女は小太太郎の元へ手を差し出した。小太郎は何故だが自然とその手を握ってしまった。その途端、二人は川の中に沈んだ。

 小太郎は思わず目を閉じた。

 

「開けていいですよ。着きました。」

 女の声に小太郎は恐る恐る目を開けた。

「ここが…」

 あらゆる草木の花が一堂に咲き誇っていた。近くには大きな屋根の御殿が建っている。女は御殿の中へ小太郎を案内する。長い廊下に磨かれた床、鮮やかな絵が描かれた襖と屏風。炭焼きの小太郎が一生目にすることはないであろう物が並んでいる。小太郎は右に左と顔を向けるのに忙しかった。

 文机にいくつか箱が置かれている。どれも桜に梅、松、牡丹、藤、菊、紅葉と優美な細工が施されていた。女は松の模様の箱を開けた。中から五枚の紙人形を取り出すと息を吹きかけた。すると紙人形が人の姿に変わった。

 「こいつらは…」

 小太郎は一歩後ずさりした。女はくすくすと笑う。

目の前には年若い女が二人、髭を生やした男が二人、あどけない顔をした召使風の童が一人正座をして控えていた。

 「私が屋敷で使っている者たちです。さあ、お客様が来ましたよ。」

 「はい、早瀬姫はせひめ様。」

 女二人は扇を片手に舞い、男二人は笛を吹いた。童はどこかに駆け出して行った。童の行き先に興味はあったが、小太郎はまず目の前の優雅な舞に見惚れてしまい、すっかり忘れてしまった。

 小太郎は早瀬姫と呼ばれた女に尋ねた。

 「川の中では、このような暮らしをいつもされてるのですか?」

 「まさか。特別な日だけですよ。今日みたいに客人が来られたりとか。あなたは山にお住まいですか?」

 「ええ、生まれも育ちもこの山です。」

 「まだ、この山に住む人がおったとは…。村の人たちは山に良い木が少なくなったと新しい木を求めていずこの山へと去ってしまったと思っていました。」

 「まあ多くの者はそうです。でも、まだ三人は残っています。」

 「三人だけ?あなたは他の者について行こうとはされなかったのですか?」

 姫は不思議そうに尋ねた。

 「ええ。というのも、その時まだ小さな子供で村の考えはよう分かっていませんでした。ただ祖母が村に残ることを決めたので、私も残ったみたいなものです。まあ大きくなってからも山住まいを続けてることを考えると、あの時それなりの年頃だったとしても山暮らしを続けたでしょうね。」

 「そうですか。」

 二人は舞を見物しながら会話を弾ませた。

 そこへ童が小箱を大事そうに抱えて戻ってきた。丁寧に箱を床に置かれる。これには竹の模様があった。童は姫の手前で蓋を開けた。中には難解な文字が書かれたお札がぎっしりと入っていた。姫は数枚のお札を小太郎に渡した。

 「この札を家に帰ったら火にくべて焼いてみてくださいな。面白いことが起こりますよ。」

 姫はにっこりと微笑んだ。

 

 

 


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