第一章 夏の川にて 1
「行ったな。」
吾平は小太郎の後姿が見えなくなるのを確認した。薪割りの体勢から体を起こす。
小太郎は川へ釣りに出掛けた。
釣りをしている彼を後ろから突き落としたらひとたまりもないだろう。それに今日行く川は、あの姫の住む川とは全く別の川だ。山を降りて土手道を通った先の森にある。姫が小太郎を助けることは考えられない。
小太郎はその後も何度も川の姫の元へ足を運んでいた。本人が言うには山で起こった事を伝えるためだとか。吾平はゴミを贈りつけられてからというもの彼が川の前で怒鳴ろうと騒ごうと姫は姿を現さないというのに。
(殺れる)
吾平は確信した。
夏は燃えるような暑さだ。それ以上に彼の殺意が熱くなっていく。吾平の額を汗が垂れる。斧を握る手の握力が自然と増す。
その時、弥次郎が薪を抱えてやって来て、吾平の側に置いた。
「弥次郎。後は薪割りを頼んだ。」
吾平は持っていた斧を強引に弥次郎に押し付けた。弥次郎は顔をぎょっとさせた。
「ちょっと待ってくれ。」
「うるさい。俺は今から行くんだ。お前一人で薪割りしてろ。」
吾平は弥次郎を怒鳴りつけた。弥次郎は身を縮めた。間をおいて口を少し開け反論を試みた。
「けっけどよ…」
「いいから。薪割りしてろ。」
吾平の睨みは増していく。仕方なく弥次郎は従うことにし、斧を受け取った。
「最初からそうしてればいいんだよ。」
吾平は吐き捨てた。
吾平は弥次郎の気弱さを思うと苛立ちを感じた。その一方で都合よくも感じていた。弥次郎の父親も彼と似た性分であった。怒鳴りつける度にこちらの言うことを聞いてくれた。
対して小太郎は、何か言えば必ず言い返してくる。それが癪でたまらなかった。おまけに彼の祖母は言い伝えがどうだと意味の分からない話ばかりして記憶しかない。吾平にとって小太郎は邪魔な存在でしかなかった。
「あと、もうすぐだな。」
吾平は呟いた。
小太郎の行き先の川までもう少しだ。土手道を歩いていく。山とは違い平坦な道が続く。側に生える木が少ないため彼の姿は太陽の元に晒される。だが、人気が無い事に関しては山と変わらなかった。それが今から行う事にとって好都合であった。
段々と周りに木が増えていく。目の前の森の中に小太郎の背中が見えた。
彼の横に置かれた
(好都合だ)
吾平はゆっくりと小太郎に近づいていく。
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