むかしむかし 3

 「信じられるか。そんな話。」

 吾平は馬鹿にし笑い出した。

 太い腕を組み岩のような体を丸太にどっかりと腰を下ろしている。吾平は岩のような体で小太郎と弥次郎より一回りでかい男だった。弥次郎は窯の様子を見ながら半信半疑で黙って聞いていた。久しぶりに村にやって来た権助は面白そうに聞いている。

 彼らの側で炭焼き窯が炎を上げている。

 山奥の炭焼きの村は三軒の家しかない。その三軒に小太郎、吾平、弥次郎がそれぞれ一人で住んでいた。その三軒から広場を挟んだ隣に炭焼き窯がある。広場と炭焼き窯は三人が共有して使っていた。今三人がいるのが炭焼き窯の前である。

 「信じられないけど本当だ。」

 小太郎は三人にお札を見せた。

 「川の中にお姫様…人の姿になる紙人形ねえ…。そんなに本当だって言うなら、そいつを燃やしたら何が起こるっていうんだ。」

 「それは、まだ分からん。」

 「それ見ろ。」

 吾平は元から大きい口をさらに大きくして笑い声を上げた。

 「じゃあ今から試してみるさ。」

 吾平の得意そうな顔にむっとして、小太郎も声を張り上げた。

 吾平と仲が悪いのは昔からだが、今はそれまでの経緯が積み重なって爆発しそうになった。

 「そうしろ。何か良い物出てきたら、独り占めしてもいいぞ。出てきたらの話だけどな。全くお前の婆が変な事言ったりするから、お前頭おかしくなっちまったんじゃねえのか。」


 小太郎は弥次郎の後ろからお札を一枚投げ入れた。お札は瞬く間に黒くなり炎に消えていった。

 「燃えただけじゃないか。」

 吾平が笑い始めた時、小太郎がはっと何かに気づいた。

 「炎の影に何か見えないか。」

 赤く揺らめく炎の中、小さく丸いものがゴロゴロしているように見えた。こんな物は先程までは無かったはずだ。小太郎は弥次郎から窯の中を探るための棒を借りると窯の中を引っ掻き回した。中から銭がごろごろと取り出された。

 「これって銭じゃないのか!」

 小太郎が興奮して叫ぶと吾平は丸太から飛び出すように立ち上がった。

 「おい、見せろ。」

 吾平は無理やり小太郎と弥次郎の間に割り込むと目を見開いて銭を眺めた。

 「間違いねえ。銭じゃねえか。」

 吾平は目をぎらぎらさせた。吾平が銭に手を伸ばそうとした時。小太郎が制した。

 「残念だったな。お前言ったじゃないか『独り占めしてもいい』って。」

 「今はそれ無かったことでいいだろ。」

 「いいや。約束は守ってくれ。」

 そう言うと小太郎は銭はかき集めた。

 「あっ。弥次郎と権助さんはそんな事言わなかったな。弥次郎と権助さんで山分けだ。」

 弥次郎はまだ窯の中を見ていた。そっけなく返事が返ってきた。

 「いいさ。そのお札は小太郎が手に入れた物だし。小太郎の物だ。」

 「いいのか?」

 「いいさ。」

 権助も同じように言った。

 「俺もいいさ。そのお姫様はお前さんにやったんだろ。だったらお前さんが使えばいい。ただ、その銭で何か買っておくれ。」

 権助は荷をほどくと椀物や酒を見せ始めた。

 「権助さん。あんたちゃっかりしてんな…」

 小太郎が半分呆れていると吾平が真っ赤になって怒鳴りだした。

 「ちょっと待て。俺はだめなのか。」

 「お前は何かと俺や婆さんの事、とやかく言うから駄目だ。いきなり都合の良い事言うんじゃねえよ。」

 吾平は唇を噛みしめ唸った犬のような顔をした。

 「ああ。そう言うならお前からは貰わねえよ。俺もその姫さんとやらの所に行ってくる。」




 「それで吾平も、お札を燃やして銭を手に入れたのですか?」

 藤吉が尋ねる。主人はいいやと首を横に振った。

 「吾平はお札を手に入れたことは手に入れたんだが。村に帰ってきた吾平の口ぶりからすると姫様に偉そうな言い方をしたんだろうな。吾平は同じくお札を炭焼き窯で焼こうとした。でも出てきたのは銭ではなかった。」

 主人は話を一回区切る。

 「ゴミだよ。腐った野菜の皮やら魚の骨だ。つまらん物ばかり出てきた。」

 「ゴミですか。吾平の性分を考えると、その後で川の姫様に文句でも言いに行こうとしたのではないのでしょうか?」

 「もちろん。だが、吾平が川に行っても姫様は出てこなかった。」

 老人は空を見上げた。

 「そして懲りずに小太郎に…つまり儂に銭を寄こせと迫ったのだ。もちろん断ったさ。あいつときたら何かと怒鳴り散らすし、上から物を言うで皆の嫌われ者だったからの。」

 思い出すだけでも嫌な相手だったのか主人の細い腕が振るえ出した。

 「それでも…まさか吾平が人殺しを企てようとするとは…」

 「人殺し?」

 藤吉はきょとんとした。

 「小太郎…儂だけが姫様から褒美をもらうのが許せないと儂を殺そうとしたのだ。最初に殺されそうになったのは夏頃だった。」

 

 

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