第二章 屋根の上から 1
季節は移り変わり秋となった。
山を降りた先でもうすぐ市が開かれる。毎度周囲の村々から収穫物の売買に賑わいをなした。炭焼きの村も炭を売りに山を降りて売りに行くことになっていった。吾平は小太郎の自分に対する警戒心が薄まった時を狙ったが、肝心の小太郎はそのような素振りは見せなかった。
「だから今度の市へは俺と弥次郎で行く。」
小太郎の声が広場に響いた。
三人は広場に集まっていた。小太郎は吾平と距離を置きながら言い争い、弥次郎は二人の間で事の成り行きを見守っていた。
「いいのか。炭は結構な量だぞ。」
「大丈夫だ。二人もいるんだから。」
小太郎は強めに言い返すと話は無駄だとばかりに立ち去って行った。その姿を見て吾平は舌打ちをした。
「くそっ」
小太郎が自身の家の中に入って行く。
吾平は小太郎の家を睨みつけた。
あれからというもの小太郎は家に入れば戸につっかえ棒をして外部からの侵入を許さず。地面に太い枝が落ちているのを見つければ武器にするためか拾い家に持ち帰っていた。
その時、彼の家の屋根に目が留まった。
板で作られた屋根には屋根が風で飛ばされないための石が置かれている。そして屋根の一部分が穴が開いたように欠けているのが見えた。
吾平の口がにやりと開いた。
「吾平はな…。屋根の壊れた部分から石を落とそうと考えたんだ。」
主人が静かに口を開く。
「寝ている小太郎…儂の頭に石が当たれば命はないからのう。」
「おまけに『これは事故だ』と言い張ることができますからね。」
藤吉が一つ付け加えた。主人はその姿を見て微笑む。
「そうじゃ。そして吾平がまた恐ろしい企てをしている中、儂らは市へ炭を売りに行った。」
市が開かれる日。
商品を持った人々が一堂に集まった。行商の売り声、客の値切る声があちこちで響く。小太郎と弥次郎はその中を進んでいった。
「全くすごい人だな。」
小太郎は人だかりを見回した。
「いつもの事だけどな。それよりお前は炭焼きを続けるのか。あの銭もまだ使ってないみたいだし。姫様がいるっていう川にも何度も出入りしているんだろ。もう長者様になれるだろ。」
弥次郎は半分からかいで笑った。
「よせ。俺はそんな大層な人になれる器じゃねえさ。結局元の炭焼きの暮らしが懐かしくなっちまうのが落ちだ。」
「もったいないこと考えるな。相変わらず山が好きだなお前。」
弥次郎はあきれるようにして言った。
「そういうお前は山に住み続けるのか?吾平にいびられっぱなしじゃないか。あいつ俺の家じろじろ見て気味が悪い。お前も戸締り気をつけろよ。」
「親父の代から吾平に従いっぱなしだよ。何か言い返すのは怖いし…」
弥次郎はそう言うと、うなだれた。
「山を降りようにも行くあてなんて…」
「確かにな…。皆、山を出てどこかに行っちまったしな。残ったのは俺の家族とお前の家族、それに吾平だけだからな。」
小太郎は同意を示した。
三世帯のみが山に残った。小太郎一家、弥次郎一家は彼らを残して土に還っていった。二人に残されたのは横柄な隣人だけだった。外部との繋がりは権助ぐらい。
小太郎ははっとした。
「あっ。権助さんに頼めばどこか紹介してもらえるんじゃないのか?あの人たくさんの村や町回っているみたいだし。」
けれども弥次郎は浮かない顔をする。
「けどさ…会ったこともない人達だぞ…。山暮らしの俺を受け入れてくれるかどうか…」
どうやら弥次郎が山から出ない理由は知らない人と仲良くできるかの不安にあるらしい。
「お前も相変わらずだな。それより俺はあっちで売ってくる。」
小太郎は前方の人だかりの所を指さした。芸人の唄う囃子が聞こえてくる。
「じゃあ俺はぶらぶら歩きながら売ってくる。」
二人はそれぞれ別に分かれていった。
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