第三章 燃やされて 1
冬の寒さが身に染みる。風が吹くたびに枯れ葉が枝から引き離された。
「…ったく」
吾平の舌打ちが響いた。その音に気が付いたのか弥次郎が声を掛けた。
「お帰り。売れたか?」
「売れたぞ。叩き売ってきた。」
吾平は乱暴に答えた。どっしりと腰を下ろした。その時、小太郎の姿が見当たらないのに気付いた。
「小太郎はどうした。」
吾平は苛立つ声を発した。
今日開かれる市には吾平が一人で行ってきた。相変わらず小太郎は吾平に距離を置いたままだ。それどころか仕事を除けば家に籠ることが多くなったように感じる。
それに加えて小太郎が川の姫から贈り物をまたもらったと言う。梅が描かれた漆塗りの箱だ。その記憶が彼を荒立たせた。
「小太郎なら…」
弥次郎が怯えるように答えようとした。その途中、本人の声が聞こえた。
「俺ならここだ。」
小太郎は着物に付いた土を払いながら二人に歩み寄った。最近小太郎は手と着物を土まみれにすることが多い。吾平はそれを小太郎が山の中で穴を掘って宝を隠したからだと考えていた。
ふと吾平は小太郎の刺さるような視線に食って掛かった。
「何だその目は‼」
「なんか文句あるのか。」
小太郎は静かに言い返した。
「ったくお前はこそこそとしやがって。穴掘って宝を埋めたりしただろう。人を疑ってるのか‼」
「何のことだ。実際、最初の時に銭寄こせとか言ってきただろう。」
二人の間に睨み合が始まる。空気が張り詰める。弥次郎は挙動不審に二人の顔を交互に見つめ、あたふたした時だった。
「おおい。お前さん方。また来たぞ。」
権助が手を振りながらやって来た。弥次郎は解放された気分になった。
「何だ喧嘩か?」
三人の様子に気づいたのか権助が尋ねるが吾平と小太郎はそっぽを向いて答えなかった。
「まあ、お前さんらにはいつもの事さ。」
権助は背負ってきた荷を下ろした。そして半ばあきれながら言った。
「全く顔が真っ赤で火みたいだ。」
「火だって?」
吾平はその台詞に反応した。
権助が答える。
「ああ。お前さんら口喧嘩のしすぎで顔が炎みたいに真っ赤だよ。」
「そうなってたか。悪い。」
小太郎が気にするように謝り、それに権助は笑い返した。
「別にいいさ。」
そのやり取りを見ながら吾平は口角を吊り上げた。
「吾平は儂を家ごと焼いて殺そうとしたのだ。ちょうど冬場で火事の多い時期だったからの。家から出ないのならいっそのことと思ったのだろう。」
「それで…どうされたのですか?」
老主人の語りに藤吉は尋ねる。
強い風が吹いた。庭の草木に最後まで残った枯れ葉が虚しく飛ばされる。
夜、小太郎の家の側に吾平が忍び寄る。
壁際に身を寄せるようにして縮こまった。冷たい風が彼の頬を撫でる。右手に持つ枝切れの先は炎が赤々と揺らめいていた。たった今、彼の家の囲炉裏の火から取ってきた物だ。
「最初からこうすりゃ良かったんだ。」
今まで吾平は小太郎を殺す機会を探っていた。その度に失敗を繰り返してきた。今度こそ上手くいくはずだ。そう信じている。吾平の右手が動いた。
小太郎の家に火がくべられた。
強い風が吹いた。風の吹く先に火の粉が舞う。火は壁から屋根にまで達した。
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