第3話「希望の戦士!その名はホープナイト」

 ‪気まずい雰囲気だ。ひよこはまずそう思いオムライスを一口頬張る。卵のとろけるような食感が口の中に伝わり、同じように頬が溶けてしまいそうだ。‬

 ‪だが、それは今の状況では味わいたくなかった。今、喫茶店ミロでは、重苦しい空気が広がっている。

 みよねの前に座っているこなたは不機嫌そうな顔で目の前を睨み付ける。みよねもまた‬あまりいい顔はしていない。‬

 こなたの横で‪くすくすと笑うユウナはこの状況を楽しんでるようだ。だが、やがてコホンと空咳をこぼし、わざとらしく重々しい口調で口を開ける。‬


 ‪「で、こなた。なんで君達はそこまで仲が悪いんだい?友好的に接しろと頼んだはずだけど」‬

 ‪「……お言葉ですがユウノ様。私は言いつけ通りに対応しました。‬ ‪ですが……赤崎みよねは非協力的で、全く仲良くしてくれなくて……」‬

 ‪「よくいうね……あんな口聞かれたら、誰だって仲良くなりたいなんて思わないよ」‬

 ‪「……一応聞くけどどんな会話があったんだい?ええと。ひよこくん。だっけ……教えてくれないか?」‬

 ‪「あ、ふぁい!」‬


 ‪ごくん。と口に含んでいたオムライスを飲み込み、ひよこは口を開ける。贔屓目に見てもみよね側に肩入れしているが、それは仕方ないことだ。とにかくひよこは会話の内容等を説明する。‬

 ‪するとどうだろう。ユウノの顔はだんだんと緩やかになっていき、最後のひよこの言葉を聞いた時は口を押さえて震えていた。‬

 ‪そして震えながらこなたの肩に手を置き、口を開ける。‬


 ‪「こ、こなたププッ……そ、そりゃキミはふふふ……き、嫌われるよ……」‬

 ‪「な、なぜです!?私はきちんと警告をしました!それに赤崎みよねと黄川ひよこの二人には飼い主と犬のような心配関係があります!間違いがどこにございましょうか!!」

 ‪「うん。キミは一度コミュニティ能力を身につけた方が‬いいね!じゃないとこの先この世界じゃやってけない!とりあえずほら。みよねくんたちに謝りなさい」‬


 ‪ユウノがそういうと、こなたは露骨に嫌な顔をした。だが、ユウノがもう一度謝りなさいと言った時、こなたは渋々と言った感じに頭を下げた。‬


 ‪「ごめんなさい赤崎みよね。どうやら私はあなたを傷つけて‬しまったみたい……それに黄川ひよこも……」

 ‪「……まぁ、謝るならいいよ。ね、ピヨ」‬

 ‪「姐さんがそういうならウチは問題ないです!」‬

 ‪「ははは!いい子達だ。こなたも2人に感謝するんだよ?」‬


 ‪ユウノにそう言われた時、なんで私が。とこなたがつぶやき、ギロリとこちらを睨んだような気がしたが、深く気にしない事に‬する。‬


 ‪「……そういえば2人に聞きたいことが……」‬


 ‪とみよねが口を開けた時甘い匂いが喫茶店の中に広がってきた。その匂いの元が2人の前に運ばれてきた。‬

 ‪それを運んできた人物の顔はとても整っており、そして男性ながら珍しいくらい髪が長い。それをポニーテールにしてまとめている。‪その男性は2人の前にパンケーキとハニートーストをことりと置いた。‬


 ‪「はーい。パンケーキとハニートーストでよかったわよね。美味しく食べてね♡」‬

 ‪「えっ……!?」‬


 ‪その男性はそう言った後ウインクをして厨房に帰っていく。‬混乱するひよこ達を見ながらユウナはくすくすと笑い、こう伝えた。‬


 ‪「彼は小原ほろろって言うんだ。この店のウエイターだよ」‬

 ‪「……えっと、あの喋り方……」‬

 ‪「うん。そうだね。まぁこの世界だとおかまとでも言うのかな?私たちの世界ではよくわからないが……あぁ、そうだ。‪あと二人、厨房の方にいるんだ……おーい!二人とも一回来てくれないかー?」‬


 ‪ユウノがそう声を出すと厨房の方から二人の男性がこちらに歩いてくる。一人は筋肉質で無骨そうな男性。もう一人は髪を短く伸ばし、どこか子供らしい顔立ちをした少年だった。‬


 ‪「二人とも、自己紹介してくれないかな?」‬


 ‪ユウノの声に反応してか、少年がコホンと咳払いをして口を開けた。‬


 ‪「オレは金原みのる。で、こっちのでかいのが大御坂けんだ」‬

 ‪「…………」‬

 ‪「まぁ、こいつは無口だ。けど料理の腕前は一流だぜ?だから嫌いになんなよ?」‬

 ‪「…………」‬

 ‪「えっと……よろしく?」‬

 ‪「おう。よろしく。ほろろは挨拶‬しなくていいのかー?」‬

 ‪「いいわよー!私は皿洗いとかしとくからー!」‬

 ‪「……てな訳で。戻っていいッスか?ユウノ様」‬

 ‪「うん。ありがとう……もう大丈夫だ」‬

 ‪「うっす。じゃ、戻るぜ、けん」‬

 ‪「…………」‬


 ‪そう言って二人は帰っていく。ひよこはしばらくその後ろ姿を見ていたが、‬ ‪すぐに運ばれてきたハニートーストの方に視線を向けた。‬

 ‪甘すぎるくらいの蜂蜜の匂いが鼻の中を通っていく。それが染み付いた大きいトーストからは温かい湯気が出ていて、添えられているバニラアイスがゆっくり溶けて白い川を作り出している。‬

 ‪待ちきれないと言う感じにひよこは一口頬張る。‬ ‪暖かいトースト。それと冷たいバニラアイス。二つが見事に口の中で合わさり、そして消えていく。この消えていく瞬間をまた味わいたくて、ひよこは流れるように二口目に手を伸ばしていた。‬


 ‪「ふふ。気に入ってくれたみたいだ。食べ終わってからでいいから、少し話したいことがあるんだ。まぁ今は食事を‬楽しんでくれたま——」‬

 ‪「あーーー!?赤崎みよね!!!何をやっている?!」‬


 ‪突如こなたは叫び、みよねに摑みかかる。突然のことであり、ユウノは驚いたようにこなたの方を向いていた。

 そのとき、ひよこは思い出した。みよねにはある趣向があることを。‬

 ‪そして、当のみよねは目をパチクリさせながら困惑してるようだ。そんなことは御構い無しに、こなたはパンケーキを指差し‬ガタガタ震える。‬


 ‪「えっと……」‬

 ‪(あ……忘れてた……)‬

 ‪「これはけん様たちが作ったパンケーキ……それを……それを……赤崎みよねぇぇ……!!」‬

 ‪「あ……食べる?」‬

 ‪「いるか!!そんなものを!」‬


 ‪そう言ってこなたが指差すパンケーキには白いものがかかっていた。だがそれは‬ ‪バニラアイスではない。甘い匂いはそこから無く、どことなく脂ぎった匂いがあった。‬

 ‪そしてその白いものを指ですくい、こなたはみよねの前に突きつけ、口を荒げる。‬


 ‪「なんでマヨネーズをかけた!答えろ赤崎みよね!!」‬


 ‪……そう。みよねは重度のマヨラー。かけれるものにはなんでも彼女は‬ ‪マヨネーズを使う。お好み焼きやら白米。しまいにはこのパンケーキまでにも。‬

 ‪だが彼女は美味しいと思いマヨネーズを使い、実際に食べて美味しいと感じている。それはひよこにはわかる。みよねは決して食べ物を粗末にするためにマヨネーズを使ったわけではない。‬100点の料理を200点にするためだけに、それを使う。


 ‪「……おいしいから、かな」‬


 ‪必然的にみよねはそう答える。悪意なんてない。純粋な気持ち。だが、そんなことこなたにはわからない。‬


 ‪「はぁ!?合うわけないでしょ馬鹿じゃないの!?味覚死んでるんじゃないの?」‬

 ‪「ムッ……そう言われる筋合いはないんだけど。私はこれがおいしいと思ってるんだし、そもそも食べずに否定しないで‬ ‪くれない?」‬


 ヤバイ。止めないと。そう思うが、二人の剣幕は凄まじいことになっていた。


 ‪「見ただけでわかるわよ!ただの家畜以下の餌じゃない!いや、こんなのネズミにあげても食べないわよ!」‬

 ‪「……マヨネーズは美味しいんだ。だからなににかけてもおいしいんだよ。そんなこともわからないなんて……お子様だね」

「はぁ?お子様!?料理人に対する敬意が何もないアンタの方がガキよ!」

「人の食べ方に口を出す方が子供じゃないのかなぁ?」

 ‪「なによ……やる気!?」‬

 ‪「そっちがその気なら……!」‬

 ‪「はいはーい!ストップストップ!」‬


 ‪ユウノが声を出して二人の間に右手を入れた。それによってか、こなたとみよねは渋々口を閉じる。‬


 ‪「人の食べ方を否定はしないけど……まぁ、今回はとりあえずそれを食べて帰ってくれないかい?」‬

 ‪「……はい」‬

 ‪「もう二度と来るんじゃないわよ!」‬

 ‪「まぁこなたのことは気にしないで。喫茶店ミロはいつもあなたたちのことを見守っているよ」‬


 ‪その後、みよねはパンケーキを食べ終えひよことともに喫茶店から出た。みよねはブツブツと口からこなたに対する文句を言いながら歩く。‬

 ‪そんなみよねをひよこは追いかける。何度かチラチラと後ろを振り向くと、その度に扉からほろろがこちらに向かって手を振るのが見えたのだった。‬


 ◇◇◇◇◇


 ‪カチッカチッ……‬

 ‪懐中時計の音が闇に響く。その音を出してる元にいる一人の青年は、時計を握る。それでも時計の音はそこから漏れ始める。‬


 ‪「……時計の音。というものは心地がいいものです。一定の間隔の音に、人は安心を覚えるのだろうでしょうかね?まぁ、かくいう私もこの音というものは、なかなか好きでしてね」‬


 ‪そういって彼は視線を下に落とす。そこには、一人の子供が嗚咽を漏らしながら大量の涙をこぼしていた。‬


 ‪「しかしあなたはこの音では安心できないようだ。フムム。困った。一体どうすれば……」‬

 ‪「パパァ……ママァ……」‬

 ‪「ふむ。やはり依存してるものを取り上げれば人は悲しむ……もしくは怒りだが、今回は当たりを引いたようだ」


 ‪コロン。彼の手から時計が音を立てて下に落ちる。子供はそれにすら気づかないほど泣いているのだな、青年はそんなことどうでもいいようだ。‬

 ‪光が差し込む窓の前に彼は立つ。彼は緑の髪を腰の辺りまで細く纏めていて、どこかファンタジーの吟遊詩人を思いただせる服装の上に、深い緑色のマントを羽織っていた。

 ‪だが、彼の足元にいる子供の泣き声がそんなことはないと否定している。青年はため息をつき、そしてゆっくりと箱を取り出した。‬

 ‪コトン。と置かれた箱は今度は子供の目についたのか子供は一時泣き止む。そして青年はゆっくりとその箱を開けた。‬

 ‪そこに詰め込まれていたのは‬ ‪何か肉のようなものであった。ぐちゃぐちゃと音を立てて、それが子供の目の前にポトンと落ちる。‬

 ‪「はい。君が待ち望んだものだ」‬

 ‪「……パパ……?ママ……?」‬

 ‪「うん。まぁ、君らがそう示すものならおそらくそうなのだろうね」‬

 ‪「う……」‬

 ‪「う?」‬


 ‪瞬間、その子供は堰を切ったように大きな声で泣き叫び始めた。現実の否定か。はたまた現実を受け入れているのか、そんなこと誰にもわからない。‬

 ‪だが青年はその行為を見て満足そうにニンマリと笑う。そして子供が流した涙に手を触れて、笑い始める。‬


 ‪「子供は扱いやすい……こんな偽物で騙されてくれるのだから。とにかく、これならいい闇の戦士‬が産まれるだろうな……」‬

 ‪「あ、トラトラ!ヤッホヤッホ☆」‬

 ‪突如ドアがバンと開き、ソフトクリームを二つ持ったピエロの少女が中に入ってくる。‬

 ‪そんな彼女の姿を見て、トラトラと呼ばれた青年はコホンと咳払いをして顔を向ける。‬

 ‪「何の用だクヴァル。お前はお前ですることがあるだろう」‬

 ‪「そうだっけ?まぁ、今はこのソフトクリームをトラトラと食べたいな☆」‬

 ‪「トラトラうるさい。それに俺はトラアオだ。変なふうに呼ぶんじゃない」‬

 ‪「えー☆だったらもっと強く反対してよー☆とらとらー!」‬

 ‪「っ……それは、その……」‬

 ‪「おうおう。あついですねー」


 ‬ ‪茶化すような口笛を鳴らしながらドレドーラが部屋の中に入りこむ。トラアオはムッとした顔を向けるがそんな彼の口には無理やりソフトクリームが詰め込まれた。

 ‪モゴモゴと苦しそうにするが、クヴァルはやめない。それをドレドーラが笑いながら見る。そんな穏やかな時間がしばし流れる。‬

 ‪やがて泣き続けて‬ ‪いた子供が突如両目を抑える。その子供の目からは黒い液体がドロドロと流れていき、やがてそれは一つの形となる。‬

 ‪それは、体に大きな鳥かごのようなものをつけた怪人であった。それはうめき声をあげながらちらりと倒れてある少年を見る。

 するとその怪人は手につけた鳥籠を少年に押し付けた。すると、少年の姿は消え。かわりに鳥籠の中に子供の人形が現れていた。

 その後、怪人はゆっくりと外に向かって歩き出す。

 ‬

 ‪「へぇ。なんだか面白そうなやつだな」‬

「ケホケホ……闇の皇帝の復活のための戦士だ。あまり面白そうとかで形容してほしくないんだが」

「ハッ!どうせ復活したら俺がその闇の皇帝を倒してお前らの上に立つんだ。気にするだけ無駄さ」

「気にくわないなお前は……」

「もー☆みんな仲良くしよ☆はい、ドレドレにもソフトクリーム!」

 ‪「おいおい待て待て。それはお前が食ってたやつだろ。トラアオに上げとけ」‬

 ‪「なっ!?それはどう言う意味だ!」‬

 ‪「どう言う意味ってそんままの意味だ。顔赤くなってんぜ」‬

 ‪「んんー?なんでトラトラ顔真っ赤なの?」‬

 ‪「それは、その……」‬

 ‪「ははは!いいねぇ!そういうの。嫌いじゃあないぜ……っと‬ ‪俺はあの闇の戦士様を追いかけにいきますかね」‬

 ‪「なぜだ?」‬

 ‪「はん。光の戦士がいるんだろ?まだこの目で見たことないからな……少し興味が湧いてんだ。なに、邪魔はしねぇさ。そんじゃあな」‬

 ‪「バイバーイ☆」‬


 ‪クヴァルが手を振ると、ドレドーラは前を向きながら手だけ振り返す。そして彼の姿も‬ やがて見えなくなった。

 残されたトラアオはとりあえずという形でクヴァルを押しのけて立ち上がる。そしてニコニコ笑っている彼女を見て、ため息をついた。


「……まぁ、闇の皇帝様が復活すればきっとすべてうまくいく……」

「難しい顔してるー!」

「事実難しい話だからな。クヴァルはアジトにでも帰ってくれ」

「えー!一人はやだー!トラトラと帰る!」

「はぁ……しかたないな、お前は」

「やったー☆ねね、クヴァル今度はタピオカ飲みたーい☆」

「はいはい……じゃあ帰るぞ」

「わーい☆とらとらだーい好き!」

「……そういうことは簡単にいうものじゃない」

「えへへー!」‬


 ‪そう笑うクヴァルを見てトラアオは顔を赤らめる。地面に広がっていた涙と後と、生肉の匂い。そんな異質な空気は二人にとって関係ないことだった。‬


 ◇◇◇◇◇


 ‪「はぁ……」‬


 ‪ひよこは河川敷の上でため息をこぼす。川のせせらぎがとても耳に心地よく、憂鬱な気分は少し消えるが、それでもまたすぐに嫌な気分になる。‬

 ‪理由は明白だ。先日のみよねとこなたの喧嘩。それ以降、二人は険悪なムードを漂わせ、学校がある平日の間はお互いが変身して‬ ‪突然殺しあうかもしれないとヒヤヒヤしていた。‬

 ‪そんなことはなかったのだが、この休日が終わればまたあの日常がある。と思うと、自然とため息が溢れる。‬

 ‪どうにか二人の中を取り繕ってあげたい。確かにこなたはいけ好かない奴だが、二人が敵対する意味はないはずだ。お互い世界を守る戦士なのだ。‬ ‪ならば協力してもらう方がいい。‬

 ‪では、どうやって?どちらかが謝ればいいのだろうがお互い「向こうが謝るなら謝る」と思っているだろう。所謂プライドは高いのだ。‬

 ‪自分じゃ何もできないのだろうか。そう思っていた時だ、ひよこに声をかける存在がいた。

 ‬

 ‪「あら、そんなところで何してるのかしら?」‬

 ‪「黄川ひよこ。今日は赤崎みよねと一緒じゃないのね」‬

 ‪「あ、ほろろさんに……青峰さん」‬

 ‪「私の名前呼ぶの嫌がってない?」‬

 ‪「いやそんなことないですよところでお札型はなぜこちらにもしかしてカフェの買い出しですかなら付き合いますよえへへ」‬

 ‪「なんか誤魔化された気が……」‬

 ‪「ふふ。まぁひよこちゃんにも付き合ってもらおうかしらね」‬


 ‪ほろろの宣言にこなたは不服そうだったが「ほろろ様が言うなら」と無理やり納得していた。‬

 ‪はははと笑いながらひよこは二人についていく。そしてふと、なぜこの二人……というかこなたはあの喫茶店のメンバーにはほとんどへりくだって‬ ‪いるのだろうか。‬

 ‪そのことをほろろに聞く。彼は少し困ったような顔をして、ひよこに優しく告げた。‬


 ‪「この話は私からは言えないのよ。ユウノ様なら教えてくれるかもね」‬

 ‪「はぁ……」‬

 ‪「ふふ。まぁ今はとりあえず仕事の先輩だから。と言った程度に捉えてていいと思うわ」‬


 ‪ほろろはそう言ってウィンク‬をこちらにしてきた。整った顔立ちから出るそれは、おかまだということを指し引いても年頃の少女の頬を赤く染めるのには十分すぎるほどだった。‬

 ‪そんな時だった。前を歩いていたこなたが突然歩みを止める。そして、じっと前を睨みつけていた。‬

 ‪何事かとその視線の先を見ると、‬ ‪そこにいたのは一人の人間だった。‬

 ‪いや。それは人間というにはあまりにもいびつな形。体にあたる部分には鳥かごのようなものがあり、それを小さくしたものを二つ手に握っている。小さなカゴには何も入っておらず、大きなカゴには子供のような人形が一つ置かれている。‬

 ‪顔は黒く濁った闇とでも言えば‬ ‪いいのだろうか。そこには目がないはずなのに、なぜかこちらを睨んでるように見える。‬


 ‪「アア……アア……」‬

 ‪「……ふぅん。闇の戦士みたいね……ほろろ様。ついでに黄川ひよこ。あなたたちは下がってて」‬

 ‪「…………」‬

 ‪「黄川ひよこ!早くしなさい!」 ‬

 ‪「あ、はい!」‬


 ‪ほろろに手を引かれる形でひよこはその場から離れていく。だが、ひよこはその外人からはまるで子供が泣いているかのような空気を感じていた。‬

 ‪残されたこなたは小さく笑う。そして指につけた青い指輪をかざして、口を開ける。‬


 ‪「赤崎みよね。あなたがこの場にいないのが残念だけど……‬ ‪まぁいいわ。変身!」‬


 ‪そう叫ぶとともに、彼女は青い光に包まれていく。その光がだんだんと収束していく中、そこから一陣の矢が上空に向けて飛んでいく。‬

 ‪その矢に引っ張られるように光が上に飛んでいく。そしてその光が完全に上がった時、そこには青いレオタードのようなものを着て、マントを羽織った‬ ‪一人の戦士に変わっていた。‬


 ‪「輝く心が希望のしるし!ホープナイト!」‬

 ‪「アアア……」‬

 ‪「さぁ、いくわよ!」


 ‪弓を携えた戦士、ホープはそう力強く宣言する。そして、その言葉とともにホープは弓を放つ。‬

 ‪まっすぐ進むそれは怪人の肩に突き刺さる。怪人は‬ ‪くぐもったうめき声をあげるが、がしゃんと手に持った鳥かごをぶつけ合い、そしてこちらに向かって駆け出していく。‬

 ‪ホープは攻撃の手を緩めない。今度は顔を狙って矢を放ち、それはまっすぐと進んでいく。‬

 ‪だが、怪人はその矢に向けて鳥かごを振り下ろす。すると、そのカゴに吸い込まれるように矢が‬ ‪消えていく。‬


 ‪「な……!?」‬

 ‪「……アア……!!」‬


 ‪怪人はカゴを振るい、その中から矢を飛ばす。ホープは上体だけを横にそらし、その攻撃を避ける。‬


 ‪「なるほど、私の力を利用する感じなのね?それじゃ、これならどうかしら?」‬


 ‪瞬間、彼女の弓が青く輝きだす。そしてホープは膝を曲げ、低い姿勢を‬取った。‬


 ‪「希望の道筋……ホープロード!」‬


 ‪その青い矢はまるで光の道のようなものを描きながら、まっすぐと怪人に向かって飛んでいく。怪人は鳥かごを振るうが、それすらその矢は貫いていく。‬

 ‪そして矢は怪人の顔を貫いた。怪人はその場でフラフラと動いた後に、ばたりとその場に倒れる。ホープは‬小さく息を吐き、もう一度矢を構えた。‬


 ‪「あっけないわね。まぁ楽に終わったし良しとしましょう……」‬

 ‪「アア……」‬

 ‪「ん……?」‬

 ‪「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」‬


 ‪怪人が雄叫びをあげる。そして残った方の鳥かごをホープに向かって投げつけてきた。‪メジャーリーガー並みの豪速球だが、それはホープの横を飛んでいく。悪あがきか。そう認識した瞬間、ホープはしまった。という表情を浮かべる。‬


 ‪「ほろろ様!逃げて!」‬


 ‪ホープが言う先には、ひよこを守るように前に立つほろろの姿があった。怪人の目的はホープではなくほろろだと知った時には‬もう彼女の足じゃ間に合わない距離だった。‬


 ‪(矢を放つ!?もし外したらほろろ様にあたるかもしれないのに……!いや、それはダメ!ど、どうすれば!)‬


 ‪ホープは手を伸ばすが、それは届かない。もうだめだ。諦めかけたその時だった。‬‬

 ‪ほろろの前に、一人の影が現れた。その影は自分からそのカゴに‬ぶつかり、軌道を地面にずらす。

 そのカゴに吸い込まれるように消えていく影は、顔は青ざめていながらも最後まで笑っていた。そして、その時怪人の体が光る。

 慌ててそちらを見ると、怪人の胴体の部分のカゴに、一つ何か人形が増えていた。それは黄色い髪を短いサイドテールにしている。

 その姿は見間違えるわけがない。先ほどまで一緒にいたはずの彼女が、そこにいた。


「き、黄川ひよこ!」

「あの子……私をかばって……!」

「ちっ……」


 ホープは矢を構え、そして放った。しかしそれは、怪人に当たることはなく。無意味に地面に突き刺さる。


(私とした方が……動揺してるというの!?)


 ‪その間にも怪人はフラフラしながら立ち上がる。怪人にとって、ひよこは行動の枷にはならないのだ。‬

 ‪一瞬のうちに逆転され、ホープは何もできない。ただ、怪人の籠の中にあるひよこの人形が、子供の人形の‬横に寄り添ってるように佇んでいたのだった。‬


 ◇◇◇◇◇


 ‪ひよこはゆっくりと眼を覚ます。辺りを見渡すと、そこは暗い闇しか広がってない世界であり、ひよこは自分は死んだのかと考える。‬

 ‪ほろろを庇って死んだのかもしれない。後悔しかない。もうみよねに会えないと思うと、自然に涙がこぼれそうになる。だが、彼女は涙をこらえる。ここで泣いたらきっとみよねに嫌われてしまうから。‬

 ‪その時、自分の声ではない声で泣き声が聞こえてくる。ひよこは浮かび上がってきていた涙をぬぐいながら、その声のもとに歩く。‬

 ‪そこには一人の少年が体操座りで泣いていた。何となく見覚えがあるその姿を見て、ひよこは‬ ‪彼の前に立った。‬

 ‪子供はこちらに気づいていない。ひよこは小さく声をかけるが、子供は気づかない。ひよこは目線を子供の位置に合わせ、そして今度は肩を揺すった。‬

 ‪子供はようやくそこでひよこに気づいた。ひよこはコホント咳払いをして、語りかける。‬


 ‪「どうして泣いてるの?」‬

 ‪「パパとママが……死んじゃった……」‬

 ‪「えっ……」‬


 ‪思ってもないような告白に、ひよこは思わず口が開き塞がらない。そんなことを知ってから知らずか、子供はさらに言葉を続けた。‬


 ‪「パパ達が居なくなって……そのあと変な格好をした男の人が来て……そして僕は連れ去られて……‬ ‪暗いところに連れてこられて……そしてぐちゃぐちゃになったパパとママがいた……」‬

 ‪「…………」‬

 ‪「僕のせいだ……僕が悪いんだ……僕が……僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕があああああっ!!」‬


 ‪子供はそう言いまたさらに大声で泣き叫ぶ。ひよこはただただ少年を見つめることしかできなかった。‬ ‪もしこの時、みよねがいたらどうするだろう。と、ひよこはふと考える。‬

 ‪抱き寄せる?優しい言葉をかける?そんな事を考えて、ひよこは首を横に振った。‬

 ‪もうみよねには頼れないのだ。ならば、自分で考えるべきだ。そこまで考えて、ひよこは言葉を選ぶようにゆっくりと口を開ける。‬


 ‪「大丈夫だよ」‬

 ‪「ああああああああああ!!」‬

 ‪「大丈夫……ウチに何言われても響かないとおもう。けど、これだけはわかってほしいんだ」

 ‬

 ‪そしてひよこは優しく少年を抱き寄せた。ピタリ。と、少年は泣く声をとめて、目をパチクリしている。‬

 ‪暖かかった。彼の体は、まだ優しいぬくもりがあった。‬ ‪けれどすぐに折れて消えてしまいそうな儚さもそこにはある。それがひよこはどこか愛おしさを感じた。‬

 ‪守れるのだろうか。私が、この子を。きっとこの言葉が最後。うまく伝わらなかったら、少年はもう戻れないだろう。‬


 ‪(……だめ。弱気になっちゃ。ウチが弱気になったら、この子の心に言葉なんて‬響かない。だから、威勢でもいい。ハッタリでもいい……この子の心に響かせる……それがきっと……正しい道だ)‬

 ‪「お姉ちゃん……?」‬


 ‪ひよこは少しだけ目を閉じる。頭の中で言葉をつなぎ合わせ、そして、彼に聞こえる程度の小さな声で、優しくつぶやいた。‬


「……自分で自分を殺したりしないで」

「えっ……」


 ‪その時ひよこの頭の中に、彼女の顔が浮かんだ。赤い髪で毎日めんどくさそうにしているが、人一倍勇気があり、そして自分の大切な人。‬ ‪

 その少女もきっとこういうだろう。結局同じ道を辿っていることに気づくが、もういいのだ。なんせ彼女こそがひよこにとっての——‬


 ‪——正義なのだから。‬


 自己満足かもしれない。何も、響かないかもしれない。けれど、ひよこはこの少年に何も言わずに立ち去るなんて方、できなかった。


「……ママ……パパ……」


 ‪その時、不思議な黄色い光が突然あたりを包み込んだ。‬ ‪ひよこは思わず目を瞑るが、その光は優しく暖かい。眩しさはあまり感じず、ひよこはそれに手を伸ばした。‬

 ‪瞬間、右手に痺れを感じた。全身を駆け巡るそれを受け入れた時、ひよこの意識はふっと消えていく。‬


 ‪(……ありがとうお姉ちゃん)‬


 ‪少年の声が頭に響く。‬ ‪ひよこはそれだけで救われたような気がした。そして、少しだけでもあの人に近づけたのかな。と、考えた。‬

 ‪そして消えていく意識の中、ひよこはゆっくりと体がこの世界から消えていく。そんな感覚にとらわれたのだった。‬


 ◇◇◇◇◇


 ‪「ぐぅ……!」‬

 ‪「アアアア……!」‬


 ‪ホープは一方的な試合を余儀なくされていた。攻撃は牽制程度しかできず、さらにその攻撃は敵のカウンターに利用される。‬

 ‪近づこうとしても、ひよこの二の舞になってはいけない。完全に怪人がこの空間を支配していた。‬


 ‪「ホープちゃん。私のことはいいから……!」‬

 ‪「ほろろ様……!だめです。貴方を失うことは、私の……いいえ、光の国全土の尊厳に関わる……!」‬


 ‪ほろろは先程からの攻防に巻き込まれてしまい、足を負傷している。そのため動くことができなくなっていた。‬

 ‪このままジリ貧で負けてしまうのか。その考えはすぐに消す。私は希望なのだ。希望が簡単に‬枯れることを受け入れてはいけない。‬

 ‪何かあるはずだ。突破口が。なにか——!‬

 ‪その時。突然怪人の動きが止まり、苦しそうに悶え始めた。何事かと思った瞬間、怪人の体が黄色く光り始める。‬


 ‪「あの光は……まさか!?」‬


 ‪ほろろが驚きの声を上げると同時に、ピシリと音がなり怪人の胴体の鳥かごが‬ ‪音を出し割れた。そしてその中から、ひよこと一人の少年が飛び出してきた。‬


 ‪「黄川ひよこ!?な、なぜ!」‬

 ‪「ここは……ウチ、死んだんじゃ……?」‬

 ‪「っ……!黄川ひよこ!そこを離れなさい!」

 ‬

 ‪ひよこはその声に反応し、慌てて少年を抱きかかえてその場から逃げる。その後ろで怪人は‬ ‪フラフラと苦しそうにしていた。‬

 ‪ギリリと矢を持つ手にも力が入る。認めよう。先ほどは己の力を過信し、なおかつ油断をしてしまった。と、言うことを。‬

 ‪ならば。もう油断はしない。息を吐き、そして腕を伸ばしきる。狙うは怪人ただ一つ——!‬


 ‪「希望の道筋……ホープロード!」‬


 ‪まっすぐと伸びていくそれは、怪人のひたいに突き刺さり、そのまま貫いていく。‬

 ‪怪人は手に持った鳥かごを地面に落とし、そのまま後ろに崩れ去る。そして黒い塊へと姿を変えた。‬

 ‪ホープは息を整えて、その黒い塊に触れる。ポゥと青く光るそれは、ゆっくりと‬ ‪煙のようになり上空へと消えていく。‬

 ‪ホープは変身を解き、ほろろに駆け寄る。だが彼は首を横に振り、後ろを指差した。‬

 ‪そこにはひよこが少年を守るようにしながら抱きかかえていた。ほろろが言おうとしてることは、こなたにも理解できている。こなたはわざとらしく咳をしながら、ひよこに近づく。‬


 ‪「黄川ひよこ。あなたのおかげで助かった……ありがとう」‬

 ‪「えへへ……そんな、ウチは特別なことはしてないですよ。ただ……姐さんならこうするかなって」‬

 ‪「……赤崎みよね……なら」‬

 ‪「はい。姐さんならそうします。ほろろさんは助けるし、この子も助けます。ウチは姐さんのモノマネをした‬ ‪だけです」‬

 ‪「……わからない」‬

 ‪「えっ……?」‬

 ‪「私にはわからない。赤崎みよねがそんな人間だとは……」‬

 ‪「あら。だったら今から知ればいいんじゃない」‬


 ‪後ろからほろろがそう声をかけてきた。彼はこちらを見て、にこりと笑いかける。‬

 ‪今から知ればいい。その言葉を頭の中でこなたは何度か‬繰り返す。ひよこもこちらを見て頷いた。‬

 ‪「それじゃ!」と言ってほほろはパンっと両手を叩く。注目が集まったのを見て、ほろろは口を開けた。‬


 ‪「こんどまた、みよねちゃんを呼んで喫茶店でご飯を食べましょ!」‬

 ‪「はい!」‬

 ‪「……はい」‬

 ‪‬

 ‪渋々ながらもこなたは同意する。だが、心のどこかではこの展開を‬ ‪待ち望んでいたような気がした。‬

 ‪太陽はいつの間にか沈んでいた。赤い夕日が、いつまでも彼女たちを照らしているのだった。‬


 ◇◇◇◇◇


 ‪ひよこはルンルン気分で歩いていた。みよねとこなたが仲直りする機会をどうにか得ることができたからだ。‬

 ‪あのあと少年は少年の家族と名乗る男女に連れて行かれた。少年も、その二人を見て抱きつき、大声で泣いていた。

 ‪その時のことを思い出し、ひよこは思わな顔がにやける。そのとき、こつんと。自分の頬に硬いものが当たった。


 ‪「……これって……」‬


 ‪ひよこは立ち止まる。そして自分の右手を‬ ‪上にかざした。夕日の光がおり、自身の体を温かく照らしている。‬

 ‪そしてその右手の日手差し指から、黄色い光が反射していた。それをしばらく見つめたあと、ひよこはその光を出しているものを外した。‬


 ‪「……ウチにはこんなもの似合わない……ですよね」‬


 ‪彼女の手に‬は、黄色い指輪が握られていた。だが、彼女はそれを忘れるように乱暴にポケットの中に突っ込んだのだった。‬


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光の戦士は潰えない たぷたぷゴマダレ @aisu_monaka0501

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