第2話「青い転校生!彼女の名前は青峰こなた」

 ‪ガヤガヤと、少し騒がしい教室の中にみよねはいた。ぼーっとした目で窓の外を見ては、たまに思い出したかのようにあくびをする。‬

 ‪つい先日の土曜日。みよねは、謎の怪人に襲われた。車のような格好をした、謎の存在。それにひよこがやられてしまう。そう思った瞬間、指輪が強く光だし力が溢れ出していた。‬

 ‪その光が消えたとき、みよねは赤いレオタード一枚になり、さらに自分のことをブレイブナイトと名乗っていた。混乱する中、なんとか怪人と戦い。それを追い詰めたときあの少女が現れた。‬

 ‪青い髪をたなびかせて、彼女はみよねに警告をした。これ以上関わるな。と。関わると死ぬとも言われ、その言葉を思い出してみよねは大きく息を吐く。‬

 ‪だがみよね自身。頼まれてももう関わりたくない問題なのだが。‬ ‪みよねが思ってるのはひとえに「めんどくさそう」の一言だけであり、関わるなと言われたならもう関わる気は無い。‬

 ‪もしまた襲われたなら?その時は逃げよう。そうすればあの青い少女が助けに来てくれるのかもしれないのだから。自分から何かする気は無い。‬

 ‪また思い出したかのようにあくびをこぼす。‬ ‪そのあくびを満喫したあと、目を開けると目の前に小さな黄色い髪の少女。ひよこがいたのに気づく。‬


 ‪「姐さん!おはようございます!」‬

 ‪「おはようピヨ。今日も元気で可愛いねぇ」

 ‬

 ‪そう言ってみよねはひよこの頭を撫でる。ひよこはうっとりした顔をしていたが、すぐに顔を切り替えて口を開ける。‬


 ‪「あの時変身したあれって、なんなのですか?ブレイブナイト……でしたっけ」‬

 ‪「うーん……ごめん。私もよくわからない。ただ、もう変身する気は無いかな」‬

 ‪「やっぱり……」‬

 ‪「うん。あそこまで言われちゃったらね。私まだ、死にたくないし……ピヨとも遊びたいしね」‬

 ‪「っ〜!このひよこ、感激のあまり‬泣きそうです!あ、そうだ!今日新しくできた喫茶店に……」


 と、そこまで話した時、教室のドアががらりとあき、先生と見知らぬ少女が入ってくる。

 ひよこは名残惜しそうな顔をしながら「ではまた後で!」といい席に戻っていった。みよねは軽く手を振り、前を向く。皆が先生の横に立つ少女の方を興味深そうに見つめていた。

「えーっ」先生が横の少女に目配せをする。その少女はコクリと頷き、黒板に文字を書き始める。‬


 ‪「皆、もう何人か噂で知っているかもしれないが、今日から転校してきた……では、自己紹介」‬

 ‪「はい」‬


 ‪凛とした声が聞こえ、少女が前を向く。何故だが見覚えがあるような青く鋭い瞳が辺りを見渡す。そして、彼女は一つ息を吐き、頭を下げる。青く、綺麗な長髪がそれに合わせて揺れていた。‬


 ‪「青峰こなたです……よろしくお願いいたします」‬


 ‪こなた。と名乗る少女はゆっくりと顔を上げる。その美しい動きに見とれてか、一瞬の間をおき男女問わず拍手が湧き上がる。こなたはその光景に慣れているのか、特に困った様子はない。‬

 ‪その時、こなたの目はひよこをじっと見つめていることにみよねは気づく。みよねが知らないだけで、もしかして2人は知り合いなのかな。と、みよねは気楽に考えたいた。

 ‬

 ‪「えー……こなたさんの席は……あ、みよねさんの横が空いているか。じゃあ、そこに。みよねさんもいいか?それで」‬

 ‪「はーい」

 ‪「やる気のない返事だな……まぁいいか。じゃ、こなたさん」‬

 ‪「わかりました」‬


 ‪そう言ってこなたはみよね横のに座る。みよねは欠伸を噛み殺しながら、声をかけた。‬


 ‪「えっと、よろしく?」‬

 ‪「…………ひとつ聞いてもいいかしら?」

 ‪「ん、なに?あ、時間割?」‬

 ‪「いや……ただ、ね」


 ‪こなたはそういってひよこの方を見る。なんのことだろうとみよねは考えていると、彼女は口を開ける。‬


 ‪「あの子の……そう、たとえば仲の良い友人だとか、慕ってる人だとか……そういう人知らない?いつも近くにいる子でもいいんだけど」

 ‪「あー……自慢じゃないけど、多分私じゃないかな?」‬

 ‪「……えっ」‬

 ‪「いや、ピヨ……‬ ‪あ、いや。あの子黄川ひよこって言うんだけど、私に結構懐いているというか……へへ。可愛いんだよあの子。もしかして友達になりたいの?」‬

 ‪「……いや。そういうのじゃないわ」‬


 ‪と、ここまでいいこなたは前を向いた。突如冷たく、突き放すような言葉になったことにみよねは違和感を覚える。‬

 ‪その事について尋ねようとした時、‬ ‪先生が朝のホームルームの終わりを告げる。そして10分の休憩時間のタイミングでこなたはそそくさと教室の外に出て行った。‬

 ‪一人残されたみよねは首を傾げながら、その姿を見送る。そんなみよねにクラスメイトが遠慮がちに声をかけてきた。‬


 ‪「ねね、青峰さんどんな人?」‬

 ‪「さぁ……」

「さぁって……」

「めんどくさいから本人に聞いたら……?まぁ、でも。不思議な子だよ。ミステリアス」

「やっぱり?美人だし、人気でそう……いつか、新聞部が目をつけるかもね?」

「あれ、あそこって廃部にされたんじゃなかったっけ」

「えー?そうだっけ……?」


 ‪途中から自分の話じゃない内容に変わっていて、みよねは興味なさそうにあくびをする。こなたが不思議だろうがなんだろうが今日から彼女は私の隣の席なのだ。トラブルはない方がいいに決まってる。‬

 ‪教科書とか忘れたのならばとりあえず見せてあげようかな。みよねは内心そんなことを考えながら、こなたが帰ってくるのを待っていたのだった。‬


 ◇◇◇


 ‪みよねは体育の時間はあまり好きではない。体を動かすのが面倒というのもあるが、それに点数が加算されていくのが嫌だと言うのもある。‬

 ‪みよねの運動神経は中くらい。変な話だが、みよねより運動ができればテストの点が悪くても高評価はもらえる。‬

 ‪真面目にやってもどうしようもない。それが体育。‬ ‪だからみよねはなるべく体育で体を動かすのは控えていた。しかし今日は二人一組で体力テストがあり、午前の時間全部を使いそれを測定するため、いやでも動かないといけないのだが。‬

 ‪最初は50メートル走の速さから競うらしい。順番待ちをしているときに、みよねは横にいるこなたの方を向く。

 体操服を着た彼女は制服からはわからなかった体型が見えた。凹凸が少ないスレンダーな体は、長身と相まってまるでモデルのようだった。


「あの、青峰さん」

「…………」


 ‪みよねはなんとなく声をかけてみた。しかし彼女はみよねの声を無視する。聞こえてるはずだろうに。そんなことを考えてたらいつの間にか自分達の番が回ってきた。‬

 ‪先生がピストルを上に構える。みよねは息をはき、スタートの姿勢をとり合図をまった。

 ‬

 ‪「位置について」‬

 ‪「赤崎みよね。一つ言っておくわ」‬

 ‪「ん……?」‬

 ‪「私はあなたには負けないから」‬

 ‪「……は?」‬

 ‪「ヨーイ……!」‬


 ‪パン!とピストルの音が鳴ると同時に、こなたはまるでロケットのような速さで飛び出していった。みよねはすぐに目の前から消えていくこなたの背中を見ることしかできない。‬

 ‪一瞬思考が止まったが、みよねはすぐに走りだす。しかしもう、こなたはゴールにたどり着いており、その時間を測って‬ ‪いた生徒はストップウォッチを驚愕した表情で見つめ、やがて声を漏らす‬


 ‪「ご、5.84……!?」‬

 ‪「5秒台!?」‬

 ‪「……少し落ちたわ。やっぱり緊張してるのかしらね」‬


 ‪こなたはそう言ってみよねの方を向く。彼女はみよねを値踏みするような瞳を向けていて、みよねは顔をそらす。‬

 ようやくたどり着いたとき、こなたはみよねに聞こえるほどの大きなため息をついた。そんなに、対抗意識を持たれても困るのだが。

 ‪みよねも‬‪遅いわけではない(走るのが遅れてしまい今回は11秒台だが普通に走ればもっと速くなる)が、5秒という結果を出されると流石に笑うしかない。‬

 ‪負けないと宣言されたが、これ負ける要素しかなくない?と、みよねは考えるがこなたはそんなの関係ないらしく走り終わったみよねを睨みつける。‬


 ‪「赤崎みよね。あなた手を抜いてるいるわよね」‬

 ‪「な、なんのことやら」‬

 ‪「とぼけないで。それとも私程度に本気を出す気がないということ?」‬


 ‪勝てる気がしないから本気を出さないというのは正しいが、みよねはそれを口には出さなかった。‬


 ‪「青峰さんそれにしても速かったね。何か陸上部にでも‬入ってたりとか?」‬

 ‪「誤魔化さないで。次から本気を出しなさい。運動でも勉強でも」‬

 ‪「……えっと、私。青峰さんに何かしたっけ?悪いことしたなら教えてくれたら嬉しいんだけど……」‬

 ‪「そうね。強いていうならあなたの存在自体かしら」‬

 ‪「な……!?」‬

 ‪「赤崎みよね。私はあなたを認めない。認めてなるものか……」‬


 ‪こなたはそうブツブツ言いながら先にどんどん歩いていく。みよねは少しだけ迷ってこなたを追いかけていく。なんにせよ、二人組で行動しないといけないのだから。‬

 ‪その後の展開は言うまでもない。全ての体育テストの内容でこなたは満点以上の結果を叩き出し、それを間近でみる‬みよねは最初こそ意地になって追いつこうとしたが、だんだんと息切れしていき最終的にはいつもと変わらないような合計点を出した。‬

 ‪全てを終えて昼休みに入り、みよねとひよこは二人で食事をとる。みよねのため息をみて、ひよこが声をかけた。‬


 ‪「姐さん、えらくお疲れですね」‬

 ‪「ん、んー……いやなんか……青峰さんに妙に嫌われてると言うか、あの子が変に突っかかると言うか……」‬

 ‪「青峰……転校生ですか?あの子、体育テストで記録的な成績出してましたよね。いろんな部活にスカウトされてました」‬

 ‪「うん。でもなんか、私と競いたいらしくて……本気を出せとか、認めないとか‬そんなこと言われたんだ」‬

 ‪「なるほど……つまり、姐さんが知らないところで有名になってるんですね!ウチ的には鼻が高いです!」‬

 ‪「はは……そんなものなのかなぁ」‬


 ‪チラリとこなたの方を見ると、彼女は数名の生徒に囲われて話をしていた。ただ、質問に答えるだけでまるで事務的な対応にしか見えないが。‬

 ‪その時、チラリとこなたと目があってしまった。まずったと思った時にはもう遅く、こなたは呼び止める周りの生徒の声には耳をかさずに、みよねの前に立った。


 ‪「赤崎みよね。ついでに黄川ひよこ。少し一緒に来てくれないかしら」‬

 ‪「……嫌だと言ったら?」‬

 ‪「そうね。その時は……」‬


 ‪シュン。風を切る音が聞こえたかと思うと、みよねの眼前に肌色の棒のようなものが出現していた。‬

 ひよこの‪慌てたようや声が聞こえ、みよねはその棒の正体に気づく。それはこなたの指であり、みよねの目を何の躊躇もなく潰そうとしたことがわかった。みよねは驚きと恐怖で声が出なくなってしまう。‬


 ‪「あ、姐さんになんてことを……!」‬

 ‪「なに?黄川ひよこ。‬ ‪文句が言うなら相手になるわよ」‬

 ‪「大丈夫だよピヨ。じゃあ、行こうか青峰さん」‬

 ‪「ええ。理解が早くて助かるわ」‬


 ‪みよね達はこなたに連れられ、校舎から出た後に体育館の裏まで来た。周りに人影はなく、今この場にはみよね達3人しかいない。‬

 ‪ピヨは威嚇するように「ぐるる」と唸っているのを、みよねはたしなめた。ピヨは下がるが、それでも彼女は威嚇している。‬


 ‪「愛犬のしつけすらできないの?」‬

 ‪「ピヨは私の大事な親友。愛犬なんかじゃない」‬

 ‪「はぁ。まぁいいわ。とにかく、単刀直入にいうわね」‬


 ‪こなたはそう言ってみよねの指を指した。いや違う。彼女が指したのはみよねが肌身離さずつけている指輪。‬


 ‪「それ、外して私に渡しなさい」‬

 ‪「……一応聞くけど、青峰さんってこの前のあの弓矢使ってた人?」‬

 ‪「あら?勘はいいのね……そうね。隠す必要はないか」‬


 ‪そういうや否や、こなたは自分の指についた青い指輪を掲げる。‬するとそこが光だし、その光が収まった時。そこには青いレオタードを着た少女がいた。‬

 その姿と、先日見た少女の姿は同じであった。


 ‪「輝く心は希望の印!ホープナイト!……って言ったところかしら」‬

 ‪「……その格好、恥ずかしくないの?」‬

 ‪「え?恥ずかしいわけないじゃない。むしろ名誉なことよ。この服装は」‬


 ‪ホープはそう言ってその場でくるりと回る。‬ ‪その時改めてみるが、いってしまえば割と食い込んでいて、みよねは変身したくない気持ちをさらに強くする。‬

 ‪ホープはこほん。と軽く咳をしたあと見よねの指輪をもう一度指差した。見よねは何もせずにいたが、すぐにホープは口を開ける。‬


 ‪「とにかくその指輪を渡しなさい。赤崎みよね」‬

 ‪「……理由くらい‬ ‪聞いてもいいかな?」‬

 ‪「はぁ……思ったより強情ね。いいわ。一言で言うなら……貴方は弱いから戦うと死ぬ。以上。さ、早く渡しなさい」‬


 ‪ホープは一歩踏み出してきた。彼女の目は、先程から指輪にしか向けられてない。‬

 ‪さて。みよねはもう戦うつもりはないと言っていたのを覚えているだろうか?‬ ‪みよねはめんどくさがり屋だし、死ぬかもと言われても戦いたいと言うわけにはいかない。‬

 ‪だから返そうとも思っていた。だが、みよねは逆にぎゅっと自分の指輪を握りしめる。暖かくて、本当にこれは自分の体の一部な気がして、外したら死んでしまうような気がした。

 ‪もちろんそんなことはない。おふろ入るときには外したから、外したら‬死ぬなんてことがあるわけでもない。‬

 ‪ただ——‬


 ‪「……嫌だ」‬

 ‪「なんですって?」‬

 ‪「嫌だって言ったの。戻るよ、ピヨ」‬

 ‪「はい!姐さん!」‬

 ‪「待ちなさい!死ぬかもしれないから、わざわざこう言ってるのよ!?」‬

 ‪「うん。忠告はありがとう。でもね、ごめん青峰さん。渡したくないの」‬


 ‪待ちなさい!と後ろから声が聞こえるみよねはそれを無視して教室に戻る。その道中にチラチラ後ろを見ていたひよこが遠慮がちに口を開けた。‬


 ‪「いいんですか?死ぬとか言われてましたけど……」‬

 ‪「うん。死ぬのは嫌だな。戦うのも嫌だし……でもなんだろう」‬

 ‪「ん?」‬

 ‪「青峰さんに少しムカついちゃったから」‬


 ‪そう口は出さなかった。みよねは答える代わりにひよこの頭を撫でた。‬

 ‪——愛犬のしつけすらできないの?——‬

 ‪大事な親友をそう言われて、ハイそうですか。と従えるわけないよ。みよねは心の中でそう思っていたのだった。‬



 ◇◇◇


 ‪「ふふふーん☆」‬


 ‪どこかくらい部屋の中で、ピエロのような格好をした少女が笑いながら、手に持っているダーツを構える。‬

 ‪ヒュン。風を切りそれが飛んでいく。それは何か柔らかい肉に刺さったかのような音がなり、そのあと、その付近からくぐもった声が聞こえた。


 ‪「おいおい、呼ばれてきてみれば何してんだお前」‬


 ‪ため息をつきながらアロハシャツの男。ドレドーラがそこに現れる。暗い部屋の中に彼の明るい服装はどこか異質であった。‬

 ‪だが、そんな彼を出迎えるピエロの少女はこれまた似つかわしくないほどの笑顔を浮かべて口を開ける。‬


 ‪「あ、ドレドレ!みてみて〜クヴァルのおもちゃ!」‬

 ‪「おもちゃ、ねぇ……」‬


 ‪クヴァルと名乗る少女が指差すものを見てドレドーラは頭をかく。その視線の先には、ボロボロになった全裸の男性がいた。‬

 ‪至る所から血を流し、体全体にダーツの矢が突き刺さっている。もはや彼はうめき声しかあげておらず、生気は感じられない。‬


 ‪「えっとねえっとね!おへそが100点でしょ?‬

 ‪乳首が200点!そしておちんちんが500点なんだ!みて、もうおちんちんにこんなに矢が刺さってる!」‬

 ‪「……で、なんでこいつをおもちゃに選んだ?」‬

 ‪「え……とぉ……なんでだっけ。忘れちゃった☆」‬

 ‪「おめぇなぁ……今の会話トラアオが聞いたら叱られるぞ」‬

 ‪「うーんトラトラ怖くないから‬大丈夫☆」‬

 ‪「ま、あいつはお前には甘いからな……って、おっと。ようやく始まるみたいだぞ」‬


 ‪ドレドーラの声と共に、裸の男性は当然苦しそうにもがき始めた。そしてヨダレをダラダラ垂らしながら、顔をしたに向ける。‬

 ‪ビチャビチャと音を立てて彼は嘔吐をした。だが、それは普通の吐瀉物ではなかった。‬ ‪よく見るとそれは無数の黒い塊でできていた。もちろん、吐瀉物ではなかった。

 ‪それはゆっくりと一つになっていく。そしてあっという間にそれは人の形となった。‬

 ‪それは体のいたるところに的が付いている。だが、その的の形はバラバラで、まるでダーツの矢を拒んでいるかのようだ。‬

 ‪そんな怪人はうめき声をあげる。その姿を見たクヴァルは拍手をしながら晴れやかに声を上げた。‬


 ‪「おめでとう!あなたは苦しみから解放されました!よかったね☆」‬

 ‪「ウ、ウゥ……」‬

 ‪「さてさて!ですがあなたはもっと苦しみを貯めてきてもらわないといけません!さぁ、街に出よう!‬ ‪そしてみんなを苦しめよう!大丈夫。あなたがそうなったのは街のみんなの仕業だから!」‬

 ‪「ウゥ……」‬

 ‪「かわいそうなあなた!あなたがあんなに苦しんだのも!体にダーツの矢が刺さったのも!このまま死ぬのも!全部全部ぜーんぶ!街のみんなのせいなの!」‬

 ‪「ウゥ……!」‬

 ‪「さぁ門出だ!はじめの一歩は何より苦しいけど、それさえ乗り切れば問題はない!そこにあるゴミを処理して練習だ!」‬

 ‪「ウゥウウゥウウウ!!」‬


 ‪怪人はそう叫び、裸の男性に飛びついた。ぐしゃりと何かを噛み潰す音が聞こえたかと思うと、あたりに鮮血が飛び散る。‬

 ‪クスクス笑っているクヴァルを‬見ながらドレドーラは考える。毎度よく口から出まかせが言えるなぁとか。そもそもこの口上に意味はあるのか。とか、そんな他愛もないことを。‬

 ‪そんなことを考えているうちに食べ終えたのか、怪人が雄叫びをあげてどこかに飛び出していった。クヴァルは「バイバーイ☆」といいながら手を振っていたが、突然大きなあくびをこぼす。‬


 ‪「つかれた〜ドレドレおんぶ〜」‬

 ‪「そこらへんで寝てろ」‬

 ‪「え〜やだやだ!汚いもんここ!」‬


 クヴァルが指差したのは、辺りに飛び散った胃液や赤い鮮血が広がっている部分。汚したのは、彼女自身のようなところはあるが。


 ‪「疲れた歩けない運んでもっておぶって優しくして甘いのかってアイス食べたいタピオカのみたい〜!!」‬

 ‪「だーもう!‬ ‪るせぇ!おら、早く乗れ」‬

 ‪「わーい!ドレドレ優しい!将来結婚してあげる〜☆」‬

 ‪「はんっ。悪りぃがガキに興味はねぇんだ」‬

 ‪「む〜!クヴァルだっていつかはおっぱい大きくなるもん!」‬

 ‪「叶わぬ夢を見るのは勝手だが、押しつぶされるなよ」‬

 ‪「ぶーぶー!ドレドレ優しくなーい!」‬

 ‪「はいはい」‬


 ‪そんな会話をしながら二人はその場から消える。地面に染み付いた赤い血がこの場で起こった惨劇を伝えてはいるが、二人の姿だけを見ると何も問題はなかったかのように思えてしまう。‬

 ‪そしてその場は完全に静寂に包まれた。まるで、本当に何もなかったかのように。‬


 ◇◇◇


「じゃあ今日の授業はここまで。みんな気をつけて帰るように」

「……赤崎みよね。話が——」

「ピヨ、ダッシュ!」

「ガッテン承知の助!」


 こなたに話しかけられる前に、みよねは教室から出て行く。後ろからこなたがみよねの名前を叫ぶ声が聞こえたが、みよねは知らないふりをする。

 ‪どうせ明日絡まれるかもしれないのだ。ならばさっさと帰って少しでも有意義にゆったりとしたい。それだけの話である。

 校門前まで行くと、もう彼女の声は聞こえてこない。みよね達は息を整えながら、道を歩く。


 ‪「姐さん!今日こそ喫茶店にいきましょう!」‬

 ‪「ん?……そだね。ちょうどアレ持ってきてるし。パンケーキに使おうかな?」‬

 ‪「えっ」‬

 ‪「ん?」‬

 ‪「いやいやなんでもございません!ささ、早く行きましょう!」‬


 ‪ひよこが突然みよねを急かしだす。そして小声で「これさえなければなぁ」とつぶやいていたが、幸いにもみよねの耳には入ってこなかった。‬

 ‪とにかく喫茶店に。そう思った矢先だった。どこからか叫び声のようなものが聞こえてきた。‪ひよことみよねは顔を見合わせる。もしかしたら。そう思った時、ひよこが先に駆け出していた。‬


 ‪「ピヨ!?なにをして——」‬

 ‪「叫び声ってことは何かあったってことです!助けに行かないと!」‬

 ‪「……そうだね。でもピヨは後ろで。何かあった時じゃもう遅いから」‬


 ‪その言葉にひよこは頷く。‬ ‬ ‪体力テストの時とは比べ物にならない速さで、みよねは走り出した。‬

 ‪叫び声のもとにたどり着いた時、そこには二つの影があった。一つは足に何かダーツの矢のようなものが刺さった20代後半くらいの女性。もう一つは——‬


 ‪「あれ……もしかしなくても……」‬

 ‪「ウウゥゥゥ……!」‬

 ‪「またあの時のような怪人……!?」‬


 ‪ひよこの声に反応するように、怪人が大きな声を上げて、手から何かを発射する。‬

 ‪それはひよこの腕に突き刺さり、ひよこは思わず痛みで声をあげる。そこには深くダーツの矢が突き刺さっていた。‬


 ‪「ピヨ!?だ、大丈夫!?」‬

 ‪「う、はい……今のところは……」‬

 ‪ 「……このままあの子が来るまで待とうとしたけど……そっちがその気なら……変身!」


 瞬間。みよねの指輪が光り輝く。その光はみよねを優しく包み、その光がだんだんと消えた時彼女の服装は変わっていた。

 光を反射する剣を上に掲げ、そして一気に振り下ろし光を切り裂く。そこにいたのは、みよねでは‪なく——‬


 ‪「恐れぬ心が勇気のしるし!ブレイブナイト!」‬


 ‪1人の戦士だった。‬


 ‪「ウウゥゥゥ!!」‬


 ‪怪人が発射したダーツをブレイブは剣で切り落とす。パリンと二つに割れたそれが地面に落ちた瞬間、ブレイブは駆け出した。‬

 ‪振り下ろした剣は宙を斬る。当たる時に、怪人は器用に避けているのだ。そして距離を取り、ダーツの矢を発射する。‬

 ‪今度は一発ではなく、みただけで10は超えているだろう。ブレイブは冷や汗をかきながらも全てを斬り落とそうとする。‬

 ‪数発は防げた。だが、残りの矢はすべてブレイブの肌に突き刺さる。‬ ‪痛みで顔を歪めるが、攻撃を避けるわけにはいかないのだ。後ろにはひよこがいるのだから。‬

 ‪それに怪人の横にいる女の人も助けないといけない。やることが多いな。と、ブレイブは自嘲気味に笑いながら呟く。‬

 ‪その間にも怪人はダーツの矢を何度も放つ。その矢は尽きることがないのか‬と思うほど、何度も何度も飛んでくる。‬


 ‪「ぐ……くそ……!」‬

 ‪「姐さん……!」‬


 ‪致命傷にはなり得ない。だが、逆に苦しみを淡々とブレイブに味あわせていく。怪人は狂ったように大きな声を出す。‬

 ‪もうダメかも。そう思った時だった。先ほど倒れていた女性と目があう。‬ ‪その女性はニヤリと笑い、口を開けた。‬


 ‪「全部受け止めてみな!」‬

 ‪「な、何言ってるんですか!?そんなことしたら姐さんは——」‬

 ‪「いや……正しい!」


 ‪その言葉とともに、ブレイブの体にはダーツの矢が全て突き刺さる。目を大きく見開いたブレイブはゆらりと揺れて膝をつく。‬ ‪どうにか剣を支えにその場に持ちこたえているようだが、もうすでに満身創痍だ。‬

 怪人は勝ち誇ったような声を漏らし、ダーツの矢をまたブレイブに向かって放つ。ブレイブは急所に当たるもの以外を全て弾き落とした。


 ‪「全部で……20本……そして装填時間は……!」


 ブレイブの声が辺りに響く‪。怪人は、慌てたように腕を構えるが、そこからはなにも出ない。


「6秒……っ!」


 ブレイブは駆け出した。6秒。その間怪人はなにもできないのだ。その間の時間を攻める。

 5秒。怪人が眼前に迫ったとき、ブレイブの剣が赤く光り始める。‬ ‪怪人は慌てて距離を取ろうとするが、その前にブレイブは怪人の一歩踏み込んだ。そして、赤く光る剣を横に薙ぎ払う。‬


 ‪「勇気の一撃……ブレイブスラッシュ!」‬


 ‪ザン!その音ともに怪人は真っ二つに切断される。‬ ‪すると瞬く間にそれは一つの黒い塊になり、そして赤く光りながら天に昇り消えていった。‬

 ‪ブレイブはふらふらとその場に倒れる。息も絶え絶えなそんな彼女を上から見下ろすのは先ほどの女性。彼女は小さく笑い手を差し出した。‬

 ‪ブレイブは一息ついてその手を握り立ち上がる。まだ足元がおぼつかないがじきに良くなるだろう。‬とりあえずというように変身をとく。


 ‪「肉を切らせて骨を断つ……うん。それでこそ光の戦士だ」‬

 ‪「貴方は……?」‬

 ‪「おっと。申し遅れた。私の名前は……平良ユウノだ。気軽にユウノさんと呼んでくれ」‬

 ‪「はぁ……」‬


 ユウノという女性はそこでまたにこりと微笑む。青いコートの上からもわかる胸の膨らみ。そして黒いストッキングは、同性であってもどこか妖美に見えてしまった。


 ‪「ああ、そうだ。先ほどは助けてくれてありがとう。できればお礼がしたいんだが……そうだ。少し付いてきて‬くれないか?簡単な食事でもご馳走しよう」‬

 ‪「えっと……」‬

 ‪「ささ、遠慮はするな。そこの小さいキミもどうだい?」‬

 ‪「えっと……姐さん、どうします?」

 ‪「……まぁ、悪いようにはされないと思う。いざとなれば私が戦うし……というか口止めもしときたいし……わかりました。お言葉に甘えます」‬

 ‪「ふふ。素直でよろしい。さて、‬ ‪2人の可愛らしいお嬢様。私の手を取ってくれないか?」‬


 ‪そう言ってユウノは手を差し出す。ひよことみよねは顔を見合わせて、その手を握った。‬

 ‪優しく、暖かい感覚が体に広がる。その感覚は少し既視感があったが、気のせいだと片付けた。その後、ユウノはにこりと笑い「さぁ行こう」と声を出した。‬


 ‪「この近くに私の店がある。なんでも好きなものを頼むといい」‬

 ‪「へぇ。そうなんですか……どんなところですか?」‬

 ‪「小粋でおしゃれで素敵な喫茶店。きっと君達に忘れられないひと時を与えてくれるよ……ほら。ついた。ようこそ、喫茶店ミロへ」‬


 ‪そういうユウノが指差す先には小さな店舗があった。外観には汚れは全くなく、白く綺麗な壁がある。‬ ‪そして近くには「新装開店」と書かれている看板もある。どうやらここがひよこが行きたがっていた喫茶店のようだ。‬

 ‪カラン。と小気味良い音を立ててドアが開く。ユウノが手招いていて、みよねたちは顔を見合わせたあとゆっくりと入る。‬

 ‪中は小さかった。机が数個だけあり、座れる人数は10にも満たない‬ ‪だろう。促された席に座ると、その対面側にユウノも座る。‬


 ‪「さて、何にする?」‬

 ‪「えっと……私はパンケーキで」‬

 ‪「ウチはオムライスとハニートースト!あ、あとメロンフロートものみたいです!」‬

 ‪「ちょ……ピヨ。遠慮しないとこういうのは」‬

 ‪「はっはっは!大いに結構さ!これくらい遠慮ない方が‬ ‪お礼する側としてはやりやすい。赤い君も何か頼んだら?せめて飲み物くらいは追加してほしいな」‬

 ‪「じ、じゃあ……カフェオレで」‬

 ‪「了解。おーい。注文取りに来てくれないかー!」‬


 ‪店の奥の方にそう叫ぶと「はい」と返事が返ってきた。みよねはさっそく先ほどの口止めをしようと口を開けようとしたが、その時ユウノが口を開けた。


「ところでキミ。かい?」

「えっ……」


 その時、みよねは体の痛みがほとんどないことに気付いた。それに慌ててる間、清楚な格好に身を包んだ1人の少女がこちらに来る。‬ ‪

 彼女は青い髪をポニーテールに小さくまとめ、それを揺らしながらこちらにくる。そして注文を取ろうとした時顔を上げた。

 ‪目と目が合う。そしてその女性は驚いたように口をあけ、みよねとひよこも驚き2人は立ち上がる。‬

 ‪そしてお互いを指差して口を開けたのだった。‬


 ‪「赤崎みよね!?」‬

 ‪「あ、青峰さん……!?」‬


 ‪驚いている3人もみながら、ユウノはくすくすと声を押し殺して笑っていた。まるで、何もかも分かっていたというように。

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