荒波を乗り越えて

雨世界

1 ……好き。大好き。

 荒波を乗り越えて


 プロローグ


 愛しています。世界中の誰よりも。


 本編


 荒波 あらなみ


 ……好き。大好き。


 荒波美穂子が放課後の時間に人気のない校舎裏で泣いていると、「どうしたの? 友達とけんかでもしたの?」と、誰かが美穂子に声をかけた。

 美穂子は顔を上げるとそこには美穂子と同じ入江小学校六年一組の同級生。新川航くんの姿があった。

 航くんは小さくなって泣いている、真っ赤な目をした美穂子を見てにっこりと笑った。


 美穂子は階段の横の影になっている場所に小動物みたいにうずくまって体育座りで座っていて、新川くんはその階段の横にある壁の手すりの上から顔を出して美穂子を見ていた。

「なに、新川くんも私のこと、馬鹿にしているの?」

 上を見上げるようにして美穂子は言う。

「え? あ、違うよ。そうじゃない。今、笑ったのは、……」新川くんは言う。

「笑ったのは? なによ?」

 一度、鼻をすすってから、美穂子は言う。


「……えっと、だから、僕が笑えば、荒波が笑ってくれるかなって、思って」と新川くんは少し恥ずかしそうな顔をしながら美穂子に言った。


「え? それって、つまり……」美穂子は言う。

 新川くんは無言。

 放課後の校舎裏には、午後の静かな風が吹いている。

「……私のことを心配してくれたってこと?」少し間をおいて、美穂子は言う。

 すると新川くんは小さな声で、「そうだよ」と言って美穂子を見て、その風の中でうなずいた。

「そうなんだ。……ありがとう」と小さな声で美穂子は言った。


 それから美穂子は体育座りをしていた白いコンクリートの地面から立ち上がって、少しだけ両手でスカートの汚れを払ったあとで、新川くんが下りてきた、短い階段の下り口のところまで移動をした。

 そこで二人は少しだけ、たわいもない話をした。


「ほら、これ」

 その話の途中で、美穂子が涙を拭うためのハンカチを持っていないことがわかると、(いつもは、美穂子は黄色い蝶の模様が入ったハンカチを持っているのだけど、今日は『ある事情』があって持っていなかった)新川くんはそう言って、美穂子にハンカチを貸してくれた。(それは、海を渡っている船の模様が刺繍してある、青色のハンカチだった)


「ありがとう」

 また、美穂子は航くんにありがとうを言った。

 美穂子は、その航くんの青色のハンカチで涙をぬぐった。


「じゃあ、またね」新川くんは言う。

「うん。また」美穂子は言う。


 それから、そう言って、そこで二人はお別れをした。(一緒に帰ったりはしなかった。だって、恥ずかしいから)


 その日の帰り道で、荒波美穂子は新川航くんのことが、……大好きになった。(それは美穂子の初恋だった)

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