水瀬基行先生について

作家の水瀬先生について、でしたよね。
そうですねえ。うーん。一言で言えば、変わり者でしたね。ははっ。
ただまあ、なんて言うか、一本線が通っているって言うんですかねえ。うん。
単に変人とか変態って言うのではなくて、そうですね……彼は本当に純粋だったんだと思います。
「これだ」って思ったことはまっすぐに信じて、決して疑わない。その信念が物凄いんですよ。並ではない。
だから作家なんてできていたんでしょうね。

——え? ああ、私ですか? うーん、いやまあ確かに同業者ではありますけど、虚仮ですよ虚仮。あの人に比べたら私なんて。

ただまあなんていうか、今回の『ノーカラー』は、一緒に暮らしていた『一花』さんのおかげだとも語っていましたからねえ。彼の純粋さだけではなく、一花さんの支えがあったからというのもあるんでしょうね。

——え? なんで私なんかが水瀬先生についてそんなに詳しいか、ですか?
えー、そりゃー、ファンでしたもん。三流作家と呼ばれて周りの文豪の方々から蔑まれていた頃からずうっとね。信じていたんですよ。なんかこう、固い意志みたいなものを貫いている作風がとっても好きでね。いつか世界を変えちまうんじゃあないかって。ずっとずっと思っていた。燻っている時代からずっとずっと、ね。

いやしかし、信じる力ってのは凄いなあって思いません? こうして私の信じていた水瀬先生が輝かしい賞を受賞したわけですから。私のおかげじゃあないですけれども。
まっ、それでも文豪の方々は「あんなくだらない賞を受賞したくらいで粋がるな」とかなんとか言うんでしょうねぇ。どっちがくだらないんだか。……そういうくだらない連中を、そいつらを崇め奉る社会を作り上げて来た民衆どもの愚かしさと滑稽さは、皆さん『ノーカラー』を読んだなら解るんじゃないですか? あれ? ああ、そう言う風に読んでないんですね。すいませんすいません、また私の悪い癖だ。はははっ。

そうですね。あの『ノーカラー』は、ただただ一花さんとの穏やかで希望に満ち溢れた日々が綴られていただけだ。でもそれが奇跡みたいだって、私は思ったんですよ。こんなくだらない世界で、あんなにきらきら輝く日常を送るなんて、無理じゃあないですか。
きっと今も水瀬先生は一花さんのことばかりを考えているんでしょうね。

——はい、ええまあ、そりゃ信じているでしょうよ。
さっきも言ったでしょう。信じる力は強いんです。
水瀬先生もあの変わらない強情さで、ずっとずっと信じているはずです。
そしたら奇跡だって起きますよ。

絶対にね。

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