第3話

「前の番組が早く終わったから、操作の一年の子と最後の確認ってことで、実際に操作しながら流星観測の一連の流れを確認してた時に、急にプロジェクターの明かりが消えて……どうしようもないから、とりあえずお客さんだけ入れたんだけど……」


 口調から少しパニックになっていることがわかる。しかし、山口の判断は間違っていない。外に並ばせたままだと、クレームを言うお客さんもいる。そうなれば台無しだ。

 かといって打つ手も思いつかなくて、僕は山口の頭を撫でた。山口は優秀ではあるのだが、パニックになるとうまく動けなくなる。安心させる方法なんて思いつかなくて、そうするしかなかった。

「……僕が行きます」

 後ろから声がした。悶絶していた一年生が立ち上がって、僕らに声をかけてくれた。

「自分の企画です。責任を持ちますよ」

 そうだ。こいつは最初にこの企画を持ち込んだやつだった。しかし……

「できるのか?」

 僕の問いかけに、一年生は頷いた。

「じゃあそれを信じる。でも……」

 息を吸って、意を決した。

「僕も行く」

 —————————

「多分五分くらいかかると思います」

 パソコンを見ること大体三分。彼がそう言った理由は聞かなかった。それを聞く時間すらタイムロスだ。

 直すのに五分かかる。すでに三分経っているので、入れ替わりの時間がなくなって、上映時間に食い込むことになる。それは避けたい。流星観測の番組はただでさえ初めての試みなのだ。時間が延びることすら考えられる。そうなると、いま外で待っているお客さんに迷惑をかけることになる。そうなってはダメだ。ここはアドリブででも五分稼ぐ。

「室内灯を切る。話している間に直してくれ」

 彼は「できる」とも、「できない」とも言わずに、すぐに作業を始めた。ならこっちもできることをしないといけない。


 僕が観客席の方を向いて、室内灯が消えた。もちろん、プロジェクターがついてないので真っ暗だ。観客席からどよめきが聞こえる。

「皆様、本日はお越しいただきありがとうございます。上映に際しまして、いくつかの諸注意があります」

 ここまではいつもどおり。ここで色々話すことになるので二分ほど稼ぐ。そして、すべて話し終わった時、本当のアドリブのエリアとなった時、僕の頭に蘇ってきたのはあのフレーズだった。あの日、山口が書いていた、星が降る場所というあのフレーズ。

「——さて、昔々には、街灯なんてありませんでした。頼りになるのは月明かり。真っ暗な夜闇の中で、人々は生活することとなります。ちょうど今のように」

 本当はそんなわけはない。天体観望で深夜まで起きている僕らは、本当の月明かりだけの世界を知っている。ここまで暗くはない。でももしかしたら、本当はこうだったのかもしれない。そんなすがるような気持ちで僕は話していく。

「みなさんは流れ星に願い事を言うと叶うという話をご存知ですよね」

 そこかしこで頷くような雰囲気がした。僕自身も頷いた。

「暗闇の中、パッと空を見上げてみたら、一条の光が流れていた。そんな小説のようなワンシーンが、昔は目の前で展開されていたんです。そう考えるとワクワクしませんか?」

 物語を騙る時には、自分がその物語に呑まれなければならない。誰かがそんなことを言っていた。ならば今だけはこの物語に憧れよう。今だけの、即興のストーリーテラーだ。

 僕はそう言い聞かせて話を進める。

「周りが何もない世界で、どうしょうもない時に、一条の光が見える。そこに願ってみたくなっても仕方ないですよね—だから今日も星は流れます。みなさんの願いがある限り」

 その時、暗闇に包まれていたプロジェクターが、流れ星を見せた。観客席から歓声が上がる。どうやら修正が終わったようだ。

 暗闇が消え、星空が映し出されていく。操作の一年生の顔を一度だけ見る。彼はこちらの視線に気付いて頷いてくれた。

 さあ、息を吸え。ここが正念場だ。

「かくして今日も星は流れます。これからもずっと——お待たせしました! 流星観測、開幕です!」


 .fin

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かくしてこの街に星は降った 大臣 @Ministar

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