第2話 星の彼方で眠る君へ


 青空を見たことがない。樹木の葉を揺らして、空気を震わせながら進む風の音も聴いたことがない、もちろん海なんてものは見たことがない。

 私は――私たちはすべてを知っているのに、本当は何も知らない。


 世界のありように疑問を感じるようになったのはいつからだろうか。幼いころの私たちは、ポケットの中に入れたキャンディと同じくらいの量の疑問を頭の中にぎっしりと詰め込んでいたのに、ふと気がつくと、そんな疑問があったことさえ忘れてしまっている。


 大人になったからだと言う人間もいる。

 人は学び成長する生き物だから、と。

 本当にそうなのだろうか。


 ある日、私は大学の教授に思い切って訊ねてみた。


「地球の……大気のなかで聞く音楽は、本当は耳だけで聞く音の芸術じゃなくて、やはり肌で感じ取れる風のようなモノのではないのだろうか」と。

 教授は深い溜息をつくと、頭を横に振って否定した。


「風は、単なる空気の移動であって、振動ではないからね」

「でも、風に乗って歌が聞こえてくるって表現はありますよね」

「風は空気の流れであって、本質的には音楽ではないんだ」


 けれど私は風が単なる空気の流れだけではなくて、なにか特別なモノを含んでいるのだと信じていた。


 だって私たちはすべてを知っているのに、本当は何も知らない。

 そうでしょ?


 教授の言うことにだって間違いはあるはずだ。風が音楽であるのか、あるいはそうではないのか、私はそれを確かめる決意をした。そのための準備もしてきたんだ。


 部屋に戻るとベッドに腰をおろした。


「クナト、壁面パネルを透視モードでお願い」

『承知しました』


 部屋の壁はたちどころに素通しのガラスに変わり眼前に〈惑星リヴィア〉の眺望が開けた。息を呑む美しさだ。それが幼少から見つめ続けた星。〈移民船クナト〉の望遠カメラを使っても微かに見えた小さな点は、時を重ねるにつれて想像を絶するほどの巨大な美しい惑星に姿を変えていた。


 幾億の岩石が環になり〈リヴィア〉を包み込む。室内は惑星の光に照らされ、群青色に染まる。心地よい光のなかで惑星を眺めるうちに抑え切れない郷愁の念を覚えた。青空の下を歩き、吹く風に髪を揺らしながら新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。


 そんな喜びがあると考えるだけで矢も楯もたまらない気持になった。


「思い立ったが吉日」


 決意を胸に立ち上がると、リュックを手に部屋を飛び出した。惑星偵察を目的とした汎用偵察機の整備が行われていたことを知っている。今ならハンガーで見つけられるだろう。


 興奮を抑えきれなくなると、私は踊り出すように冷たい通路を駆けた。

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塵の子供たち 他短編 パウロ・ハタナカ @P_A_B_H

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