第3話 下僕?

ギンギンガンガンゴンゴン.......。


昨日帰ると、始まっていた隣の新築アパート取り壊し工事は、今日も朝から絶好調のようだ。


どうして新築なのに取り壊しているのかは僕には分からないけど、なにか不具合でもあったのかな?

それともおばけとか?


どうせ取り壊しをするなら、僕の住んでるボロっちぃアパートを取り壊してもらいたいものだ。

ほんとになにか出そうで怖いんだよね。


時刻は朝7時。

隣の工事がうるさいおかげで(工事をしている恐いお兄さんたち。工事の時間は守ろうよ確か7時ってダメだよね?)、朝いつも以上に早起きした僕は、いつものジョギングをさくっと終わらせて、アパートに帰ってきた。

ちなみにだけど、今回初めてコースを変えたんだ。

別に何かあったわけじゃないからね。

ただなんとなくだからね。


大変そうだなーと隣の工事を見つつ、自分の部屋の前に辿りついた僕は、ポケットから鍵を取り出してドアを開けた。


「おかえりなさいア・ナ・タ♡お風呂と私にする?ご飯と私にする?それとも」


バタンっ。


僕は開けていたドアを勢い良く閉めた。




ついに……出てしまったか……。



僕が夢か幻でも見たんじゃないかと思っていると、閉めたはずのドアがゆっくりと開いた。


「酷いじゃないの。いきなり閉めるなんて。それに、新妻をやらせるて……この変態!」


「ちょっと待って!僕はそんなこと頼んでない!」


扉を開けたら居た彼女(ちなみに二つの意味でだ)。

麗華華麗さんに僕はツッコンだ。

あと、彼女が僕の住んでるアパートになぜ居るのかは僕は知らない。

なんでって?

だって住所教えてないのに居るんだもの。


「下僕のくせに何様よ!この変態!」


「それを言うなら、今エプロン以外服を装着してないように見える君の方なんじゃ……って着てるよね!?着てるよね!?」


普段何かしらの服を着ていれば、見えないはずの部分がけっこう見えてる気がするんだけれど、それはエプロンの下に短い系の服を着てるだけだよね!?


「?何を言っているのよ。もちろん」


はてなと顔をした彼女は、エプロンの裾を掴み、まくり上げようとする。

よかった、その動作をすると言うことは。


「良かった。何かしら着たり、履いてるんだね。裸にエプロンだったらどうしようかと」


僕が全てを言い切る前に、彼女はエプロンの裾を勢いよくまくり上げた。


「何も付けてないわよ?」


そして、ほんとうに何も付けていない彼女の秘部……というかなんというか、秘部全体ではなく、上の方というかって、とにかく僕は彼女の秘部を見ることになる。


「イヤァア アアアアアアアアアアア アアア!」


工事の音にも負けない程の声を僕は上げた。


「ちょっと!なんであなたがそんな声を上げるのよ!私が見られてるのよ?この変態!」


「変態は君の方だよ!それに見せたのも!でも見たのはごめん!」


目を両手で覆いつつ僕は謝った。

絶対僕は悪くないのに!


「え?まさかこれ以上を望んでいるの!?この発情期!!」


「なんでそうなるの!」


ダメだ!

会話が成り立たない!


どうして僕は、朝からこんなことをしているんだろうと思いつつ、とりあえず持ち上げたまま下ろす気配のないエプロンの裾を下ろさせることに。


「あの、とりあえずそれ、下ろさない?」


「……っ!この変態!」


「理不尽すぎる!」


なんなんだ彼女は。

変態なのか、バカなのか、変態なのか、なんなんだ!


「と、とにかく中に入ろうよ。ここじゃいろいろとまずいから!」


朝っぱらから変態だの変態だのと、女の子の口から出ていたら、僕は有罪間違いなしだ。

ご近所さんにどんな目で見られるか分かったものじゃない。


「それもそうね。よっと。撮れたみたいだし」


「え?何を?」


僕が聞くと彼女は、玄関先に取り付けていたであろうカメラを……ってちょっと!!


「これも私がうまい具合に編集したりしたら……」


彼女はうっすらと悪い笑みを浮かべる。

まずい!これはまずい!非常にまずい!

彼女の口から変態!変態!って、なんども僕を変態呼ばわりしてる証拠がある(内容はどうであれ)!

これを流出されたら僕は生きていられない!


「なんてことだ。また新たな脅迫ネタが……」


僕が、そう嫌な未来を想像しながら呟くと、彼女は嬉しそうに


「これでまた二人だけの秘密ができたわね!私と太陽くんは一蓮托生、二人三脚、墓場まで一緒ね!」


と言った。


「こ、怖すぎる!」


彼女の笑顔は心の底から怖いと思った。

まるでヤンデレだ!



シャワーを浴びて、制服に着替え、席に着くというか座る。悲しいかな1Kの僕の部屋には椅子なんていう立派なものは存在しないんだ。


座ってから少しフーと息を吐き、リラックスしながら彼女を見る。

うん。いやあれだからね?変な意味はないからね?


「ふんふん♪」


どうやらすごい、ご機嫌のようだ。

腰を左右に振りながら、楽しげに何かを作っている。

彼女が揺れる度に、スカートが揺れる。

うん。普通だ。良かった。何も見えない。

そうそう。それでいいんだよ。

スカートの中の夢や希望やロマンが見えなくてほんとうに良かったよ。


「出来たわよ!私お手製の朝ごはん!」


そう言って彼女が持ってきたのは、これぞ日本の朝ごはんと真っ向勝負!と言っていいほどの、ステーキだった。


鉄板で焼かれているそれは、ジュージューとおいしそうな音を立てて、またおいしそうな匂いを放っている。

ご飯もこの場合は、ライスと呼べばいいのかな?をお皿に盛っていて、ステーキと合わせるとどこかのファミレスにでも来たんじゃないかなと思っちゃうレベル。

日本の朝ごはんとは言い難いものが僕の目の前に出された。


「さぁ♪召し上がれ♪」


彼女は楽しそうに、僕に朝ごはんを進める。

うん。食べれないことはないんだけど。

ジョギングもした後だし。お腹は空いてるんだけど。

けどさ、けど


「重すぎる……」


朝からこんな立派なステーキを見ちゃうと憂鬱になっちゃうよね。


「あっ。そうよね……うん……ごめんなさい…分からなくて」


僕の声が聞こえたのか、それとも顔の表情を読み取ったのかは分からないけど、彼女は俯き、ポツリポツリと何か独り言を言った。


なんか、悪いことを言っちゃったな。

なんて考えていると、彼女はおもむろに、ナイフとフォークを手に取り、ステーキを切り取る。


え?まさか自分で食べる気?

僕のバカ!

せっかく彼女が作ってくれたのに!(家にはあんなステーキの肉や鉄板はなかったはずだけど)

僕が、なんてことを言ってしまったんだと思っていると、彼女は切り取ったステーキのひと切れを持ち上げ、ふーふーと熱を冷ます。


そして、





「はい♡あ〜ん♡」


僕に差し出してきた。

ん?


「え……?」


彼女の行動の意味が僕には分からなかった。


「?」


彼女も僕がキョトンとしているのを意味が分からないらしく、キョトンとする。

ちくしょう。キョトン顔が可愛い。


「え?やって欲しかったんじゃないの?」


そして聞いてくる。


「えと。いや、その頼んでもないし……僕はその麗華さんが自分で食べるものだと……」


「なんであなたのために作ったこれを、私が食べないといけないの?」


「いやそうなんだけど。そうなの?いやその前にさ。僕はその君の下僕だよね?」


僕は仕方なく、話題を変えることにした。

誰も見てないとはいえ、あーんは恥ずかしすぎる。

それに、僕には確認しておきたいこともあるし。


「そうよ?あっ、忘れないでね?彼氏と言う名の下僕よ」


「え?あ、うん。普通なら、普通がよく分かんないけど、普通なら下僕である僕が君のご飯とか、身の回りのお世話をするんじゃないの?」


主である彼女にたいして、下僕である僕が本来ならいろいろとしなければいけないはずだ。

なのに、彼女ときたら逆に僕にたいしていろいろとやっている。

これはおかしなことなんじゃないのかな?

元からしておかしいけど。


「色々なお世話って……あなた私に何をさせる気なのよ!この変態!」


「違うよ!僕が君に」


「性欲処理くらいしかできないわよ!」


「逆になんでそれはできちゃうの!?」


ほんとうに辞めてもらいたい。

美少女の彼女から、下系の話をさせられると、僕の中での美少女のイメージが総崩れしちゃうから辞めてもらいたい。


「いい?僕は君の下僕だ。だから普通は僕が君に尽くすはずなんだ」


なんで僕はこんなことを言っているんだろう。

まさか、自分から自分のことを下僕呼ばわりする日が来るなんて。

高校入学の前の僕だったら想像できなかったよ。


「いやよ。私があなたに尽くしたいの」


「え?」


「な、何でもないわよ!その、これ早く食べてくれないかしら?ちょっと腕が」


そう言う彼女の腕はピクピクと震えていた。


「え、あ、ごめん」


パク


無意識で僕は彼女のあーんを受け入れてしまっていた。


「ど、どう?おいしい?」


嬉しそうにしながら彼女は味の感想を聞いてくる。

この場合、僕はなんて答えたらいいんだろう。

ステーキ本来のおいしさの感想?それとも味付け?

迷った末に僕はとりあえず


「うん」


とだけ、答えた。


ステーキの味の感想って難しいよね。


でも、めちゃくちゃ美味しかった。


「あ、そう言えばなんで僕のうち」


「はい。あーん♡」



「ねぇ太陽くん」


学校に向かって歩いていると、不意に彼女が聞いてきた。

ただでさえ、昨日の鮮烈なデビューをした彼女を一目見ようと、周りにはたくさんの人が居るのに、何を聞くんだろう?


「なにかな?」


とんでもないことを言うんじゃないかと思った僕は、少しビクビクしながら応える。


「手を繋ぎましょう」


「え?」


手を……繋ぐ……?


「!!?!?」


そして、僕に有無を言わさず、彼女は手を繋いできた。それも、俗に言う指と指を絡ませ合う恋人繋ぎってやつを。


「な、何をして……!?」


僕が彼女に抗議をしようとしたら、彼女は懐からスマホを取り出した。

そこに映っていたのは、彼女との鮮烈な出会いのシーンだった。


「世界一の動画編集さんに私が有利になるように編集をしてもらったの。朝に撮ったのもしてもらう予定よ」


「仰せのままにマイマスター」


「よろしい」


下僕である僕が彼女に逆らえるはずないじゃないか!


美少女である麗華華麗さんと、恋人繋ぎで手を繋いでいるこの状況。

周りからの殺意を込めた視線が痛いし、怖い。

いつ刺されてもいいように分厚い雑誌でも制服に仕込もうかな。


「そう言えば、昨日の新入生代表挨拶かっこよかったよ。凛としてたし、さすが、首席って感じだったよ」


手を繋いでから、さらに黙り込んでしまった彼女との気まづさを感じた僕は、昨日のことを話題に、気まづさをなくすことに。


「そ、そう?でも首席ってなんのことかしら?」


「え?首席だよね?新入生代表挨拶を任されるくらいだし」


新入生代表挨拶を任されると言うことは、その人がその年の入試で1番いい成績、つまり首席ということだ。今回は彼女が新入生代表挨拶をやったからもちろん首席だと思ったんだけど。


「私が首席になんてなれるはずないじゃない。5教科で200点も取れなかったのに」


「え?嘘だよね?」


200点も取れてないって、僕よりしたじゃないか!


「え?じゃあどうして挨拶を……」


「なんでなのかしらね?」


彼女も理由が分かってないみたいだった。

けれど、僕はこの瞬間、彼女が絶世の美少女だから任せれたんだろうなと確信した。

やっぱり美少女がやると華やかだしね。


あと、美少女だからって頭がいいとは限らないみたいだ。



「おはよう太郎。前園さん」


学校にだいぶ近づいた頃、前を仲良く歩いていた太郎と前園さんを見つけた僕は、勇気を出して朝の挨拶をした。

これだ返事をされなかったら僕は自殺してしまうかもしれない。


「おはよ!柳瀬くん!」


「おう!太陽ぉおうう!?」


良かった。ちゃんと挨拶を返してくれた。

なんか嬉しいな。


「おい!太陽!」


「なんだい太郎?僕は今、余韻に浸ってるだ」


「麗華さんと一緒にいることにか!?手を繋いでることにか!?」


「違うよ。太郎と前園さんが挨拶を返してくれたことにだよ」


「そんなことはどうでもいい!」


「ええー」


僕にとってけっこうなターニングポイントをどうでもいいって……なりたての友達に挨拶を返されたんだよ?


「どうして麗華さんと一緒に!?うらや…痛てぇ!」


「はいはい。少し落ち着こうね?太郎」


「痛てぇ!痛てぇよぉ咲月ぃ」


どうやら、今日も太郎と前園さんの仲の良さは絶好調のようだ。


「ねぇ。太陽くん?この人達は?」


僕と太郎たちの関係を不思議に思ったのか、彼女が聞いてくる。


「あぁを紹介するよ。友達の、友達!の太郎と前園さん。昨日知り合って友達になったんだ。ちなみに二人とも同じクラスメイトだよ」


「そうなの?」


良かった。友達を2回言ったことを追求してくれなくて。


「太陽くんの友達なら私も友達にならいとよね……。んん。初めまして私は」


「あー知ってるよ!知ってる!麗華華麗さんでしょ!?昨日の挨拶よかったよー!私は前園咲月。この太郎とは幼馴染で」


「おい咲月!俺にも自己紹介させろ!初めまして麗華さん。俺は辰巳太郎。気軽に太郎とでも」


「私のことは咲月でいいからね!よろしく!」


「咲月てめぇ!コノヤロー!」


「あ、はい。よろしくおねがいします。咲月に辰巳くん。私のことも華麗と呼んで下さい」


「うん!華麗!」


どうやら、仲良くやってけそうだ。

それにしても太郎と前園さんのコミュ力の高さには脱帽だよ。

あの彼女が戸惑ってるんだから。


この後、僕たち四人は仲良く学校まで行き、E組の教室まで一緒に行った。

前園さんと太郎が加わったおかげか、視線が和らいでおかげで楽に登校できたよ。


「あ、あと。私、太陽くんと付き合ってるの」


最後に彼女は前園さんと太郎にとんでもないことをさらりと言った。

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