第6話 挨拶
午前9時すぎ。
休みの日のこの時間、僕は嫌いじゃない。
むしろ大好きだ。
いつもは学校にいる時間なのに優雅に過ごせるからね。
晴れているとなお最高だ。
別にいつも外に出るわけじゃないから晴れてなくてもいいんだけれど、気持ち的に晴れていると爽快になる。
雨だとなんかいやだしね。
まぁでも、今日は麗華さんとデートで外に出てるから晴れていて良かったよ。
麗華さんが寄りたいところがあると言って、なんだか高そうな和料理屋に入ったから、天気がどうのこうのと言っていてもしょうがないんだけど、晴れているから僕の気分も爽快!
そう、爽快のはずなんだ。
なのに、なのに……!
おかしい……。
おかしすぎる!
今日僕は、麗華さんと初めてのデートをする予定だった。
いや、してるんだけど。
現在進行系でしてるんだけれど!
なんで、
なんで……!
「で、話とは何かね?」
「うふふ。私ももうおばあちゃんになるのね」
麗華さんのご両親に挨拶をしてるんだ!?
いや、この際麗華さんのご両親に挨拶をするのはいいことにしよう。
何万歩と譲ってだけど。
いずれはあるんじゃないかとは薄々思ってたしね。
麗華さんのことだこらこれくらいはかましてくると思ってたし。
麗華さんのやることにいちいち反応していたら、僕の寿命が縮むしね。
現在進行系で縮んでる気がするけどね!
でもさ、でもだよ!
「くそがっ!!!俺より可愛い嫁さん見つけやがって!!!」
「ふふふ。それはどういう意味かしら?あなた」
なんで僕の両親もいるんだよっ!!!
「麗華さん。これは一体どういうことなのかな」
動揺と、それから動揺を隠すように僕はなるべく動揺を見せないよに隣にいる麗華さんに話しかける。
もう僕自身、すごく動揺していると分かる。
日本語もおかしいし、背中の汗がハンパじゃないよ。
「分からないの?」
麗華さんは僕の方を向くと、本当に分からないの?とでも言いたそうな顔を僕に向けてくる。
僕はうんと首を縦に振り頷く。
僕の頷きを見てから麗華さんはいつもの、変態じゃない時の凛とした表情で、凛とした声で、僕の問いに答えてくれる。
女の子のいつもの表情が変態ってやばい気がするよ麗華さん。
「私と太陽くん。私たちの両両親に、せっk…けっk…お付き合いの挨拶よ」
「ねぇ。今、何を言おうとしたのかな?僕と麗華さんのご両親に何の挨拶をしようとしたのかな?」
語尾が少し早口気味になったのはしょうがないと思う。
結婚と言い間違えたのは分かるよ。
うん。分かる。
確かにこの状況はどう見ても結婚の挨拶だからね。
僕と麗華さん、二人の両親に同時に挨拶をするという斬新さはあるけど。
結婚と言い間違えた時点でいつもの僕ならツッコム。
いや、お付き合いと麗華さんが言い直した時点で、ツッコみなんてしなかっただろう。
言い直すなんて、いつもの麗華さんに比べたらましだからね。
なのに、なんてものを彼女はぶっこむんだ!!
「ちゃんと結婚じゃなくて、お付き合いって言い直したじゃない......!」
僕に聞こえるくらいの声量で彼女は言う。
うん。いや、そうじゃないんだよ麗華さん。
「いや、僕が言ってるのは結婚の方じゃなくて、その前に言おうとしてた…いやこの話はやめよう」
この話を続けていたら、とんでもない方向に行くと確信した僕は話を辞める。
「え?太陽くんそんなに私とセッ○スしたいの?」
「やめようって言ったよね!?というか、どうしたらそんな結論になるの!?」
ちくしょう!!やっぱりとんでもないことになった!!
麗華さんと一緒にいると、僕の勘というか予想というか、予感がよく当たるようになるから怖い!
そのくせして、言い予感とかはまるっきし当たらないから意味がない!
「もう……しょうがないわね」
「ストップ!ストップ!なんで服を脱ごうとしてるの!?」
「え?私とセ○クスしたいんでしょ?」
「そんな可愛くキョトンとしないで!誰もそんなこと言ってないよ!」
だめだ!今日の麗華さん絶好調すぎる!朝からテンションMAXだったし!
「あっ、そうよね。ごめんなさい」
「良かった。分かってくれんだね」
「両親たちの前じゃ恥ずかしいわよね。分かったわ。帰ってからにしましょ?だから、今はフ○ラで我慢してね」
「いや、それもあれで恥ずかしいから手でって違う!違うよ!」
「そうよ華麗。まずは私が味見するから華麗はその後にね」
「って麗華さんのお義母さん!?何を言ってるんですか!?そして、なんであなたも服を脱ごう……脱いだんですか!?」
僕と麗華さんにしか聞こえない程度の声量で会話していたつもりなのに、なぜか麗華さんのお義母さんはその声を拾ったらしく…いや、最後の方はさすがに大きな声を出していたから聞こえただろうな~。恥ずかしい…。
親の前で何をやってるんだ僕は。
見た目が全然若く見える麗華さんのお義母さんは、麗華さんよりも思い切りよく、豪快に着ていた服を躊躇することなく脱ぎ捨てた。
って!辞めて!マイマザー!!母さん!!
対抗心燃やさないで!!
なんで母さんまで服を脱ぐんだよっ!!
なんで対抗心燃やしてんだよ!
この部屋の空間にいる人間は男3人、女3人の計6人だ。
そして、なぜか上裸に近い状態の女の人が3人いるという構図になった。
どうしたらこうなるんだよ!
「おい。辞めないか」
流石にというか、やっぱりというか、麗華さんのお義父さんが麗華さんのお義母さんと麗華さんを止めに入る。
さすがというべきかは分からないけど、麗華さんもそして、お義母さんも行為を辞めた。
これが、父の威厳というものなのだろうか。さっきから麗華さんに対して鼻の下を伸ばしまくっている僕の父さんとは大違いだよ。
というか、さっきからお義母さんとかお義父さんとか声に出して言ったりしているけれど、それ関連で怒られたり殴られたりはしないですよね?ドラマみたいに。
若干緊張しながら、次の言葉を待っていると麗華さんのお義父さんが口を開いた。
「まずは、麗華家大黒柱の私が、先に味見をするのが筋ってものだろう」
威厳ある麗華さんのお義父さんからとんでもない言葉が飛び出した。
「え!?麗華さんのお義父さんまさかのそっちの人!?」
嘘だッ!!
こんな和服が似合うダンディーなおじ様がBえ……そっちの人だなんて!!
これじゃあ僕の父さんの方がましに見えちゃうよ!
「あはは。ご冗談が上手いですね」
「うむ?私の息子となる者に嘘などはつかないよ。アッハハ」
「くそぅっ!!この人絶対麗華さんのお義父さんだよっ!!」
僕の乾いた笑い声と麗華さんのお義父さんの豪快な笑い声が混ざり合う。
ひとしきり笑い合うと麗華さんのお義父さんは真面目な顔になり、
「どれ。では失礼して」
「辞めて!!いや、すいません辞めて下さい!!服を着てください!!」
迫って来た。
よくお金持ちの人が着てそうな和服をはだけさせて麗華さんのお義父さんが迫ってくる。
僕が生まれてこの方味わったことのない恐怖がそこにはあった。
「ダメよ貴方。この子は私が先に頂くのだから、貴方はその後にね」
「お義母さんも辞めてください!止まって下さい!そして服を着てください!」
上裸の男の人と、上裸に近い女の人に迫られる。誰か助けて!
「お父様!お母様!やめて下さい!!」
僕が心の中で助けを求めると、彼女の凛とした声が部屋中に響きわたった。
暴走する両親を止めるには十分の威力だったらしく、麗華さんのご両親は二人ともピタリと止まる。
「太陽くんの童貞をもらい受けるのは私です!お父様でもお母様でもありません!」
なんだろう。
言ってる表情はすごくカッコイイし、さすが麗華さんって思うんだけど、言ってる内容があれのせいかなんだか腑に落ちない。
「二人ともそこで黙って見ていてください!今から太陽くんの童貞を貰いますから!」
おや?なんだが状況が変わってきたぞ?さらに悪化してるんじゃ…。
「ちょっと待ちなさい。華麗ちゃん」
「そうよ。華麗ちゃん」
ここで今度は僕の両親が止めに入っ
「麗華ちゃんは経験あるのか?」
「初めては太陽くんと決めてます」
「あんなやつに処女を捧げるのか?」
「そうよ?いっちゃ何だけどもったいないわよ?」
うおい!!
止めてくれよ!
てか、息子に対する対応!!
「いいんです!お義父さまにお義母さま!私は太陽くんに私の処女を捧げたい、貰って欲しいんです……!処女膜を突き破って貰いたいんです!私の性器を太陽くんの形にしてもらいたいんです!私抜きじゃダメな身体にしたいんです!」
麗華さんの感情のこもった言葉が響く。
瞳にはうっすらと涙を浮かべ、両手は膝の上で拳を作っている。
麗華さんの本音が、心からの言葉だと分かる。……内容があれじゃなければ心に響くものがあっただろう。
いや、内容があれのせいで心に響くものがあったよ。
「そうか…華麗ちゃんの覚悟は本物のようだ。よし分かった!太陽の童貞をいや、太陽の身体を心を君にあげよう!」
「何の権限で決めてんだよ!父さん!」
「親の権限だが?」
「うっ」
言い返せない自分が悔しい…。
「太陽をよろしくね華麗ちゃん。太陽を男にしてあげて」
「とんでもないですお母様!こちらこそよろしくお願いします!」
「母さん!」
ダメだ。
話がどんどんおかしな方に言ってる。
これは、もしかしたら本当にあれの挨拶をしに来たって言ってもいいレベルかもしれない。
麗華さんに突っ込んだのは悪いことをしちゃったかな?
いや、決して悪くない。
この空気が悪い!
「で、週何回やるのかな?」
「最低でも週八回。毎日一回はやりたいと思ってます!」
「よし、合格だ」
「柳瀬家のために頑張ってね華麗ちゃん。元気な赤ちゃん期待してるわ」
「任せてくださいお母様!プロ野球リーグが作れるくらい頑張ります!」
父さん母さん…なんの面接をしてるんだよ。
「うふふ。華麗たちを見ていると胸がトキメクわね。どう?あなた久しぶりに」
「うむ。そうだな。今朝以来だな」
こっちはこっちでとんでもない会話をしてるよ。
麗華さんの両親って会話だけでも分かっちゃうね。
…今朝以来?
☆
「今更遅いと思うんだけどあれは何なのかな?」
トイレに行くと言い残し部屋を出た僕を追いかけるように麗華さんも付いてきたので、ちょうどいいと思った僕は用を済ましてから、改めて聞くことにした。
ちなみに、麗華さんが部屋から出てくる際にちらりと聞こえた両親たちの「まっ気長に待ちますか」というフレーズは特に意味がないものだと信じたい。
「さっきも言ったじゃない。セ○クスの挨拶よ?」
「直球すぎるよ」
もはや言い直しすらしなくなったよ。
「一つ確認したいんだけど、今日はデートなんだよね?」
僕自身忘れかけていたことを思い出すように麗華さんに聞く。
そう。今日はデートのはずなんだ。挨拶じゃなくてデート。
本来なら両親になんて会うはずがないんだ。
「そうに決まっているじゃない。今日はデートよ?」
「だよね。今日はデートだよね」
良かった。麗華さんもちゃんと今日がデートだというのは分かっていたみたいだ。
…じゃあなんで挨拶なんてしているのだろうか。
「あのさ、じゃあなんでデートなのに両親に挨拶をするのかな?」
「え?デートなら両親に挨拶をするんじゃないの?両親に彼女を下さいって言ってから、街でせっk…お買い物とかするんでしょ?」
「街で何をしようとしたのかは置いといて、麗華さん…。逆だよ色々逆だよ!」
それと、言い直したのはえらいよ。
「え?」
「両親に彼女を下さいって言うのは最後だよ!ほんとの最後!初めてのデートでするものじゃないと思うよ普通は!それに挨拶をしに行くとしても時間帯が早いと思うんだけど」
実際にやったことがあるわけじゃないから全部が憶測になるんだけれど、麗華さんが今日やろうとしているのは朝の一件も含めいろいろ逆だと思う。順番がおかしいと思う。
「でも、私が読んでる本にはそう書いてあったわよ?」
「今後はその本を参考にしない方がいいと思うよ麗華さん」
もしかして、今までの怪奇な行動も全部、麗華さんが読んでるっていうその本が原因なんじゃないのか?
こんどその本を書いている作者に文句を言わないと。
「もしかして、太陽くん。私の両親に挨拶するのはいやだった?」
「嫌ではないよ。僕は。緊張はしたけどね」
「そう。良かった」
軽く息を吐く麗華さん。少しは不安に思ってたんだ。
「というか、よく僕の両親も呼べたね」
「あっ、それはね。太陽くんがジョギングしている間に、太陽くんの携帯で電話して呼んだの」
「今、さらりと凄いこと言ったよね!?」
二重ロックしている僕の携帯を使うなんて。プライバシーなんてありもしないね。
「さ。戻りましょ太陽くん。早く戻らないと乱交パーティ始めるわよ。あの人たち」
「それは見たくないね」
「それとも私たちもここでしちゃう?」
「ずるいよ麗華さん!今その画像&動画をちらつかせるなんて!!」
忘れていたけれど、僕は彼女に脅迫されてるんだった。
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