第9話 メイドとバニーと不良と
「麗華さん…………何をやってるのかな?」
運ばれてきたオムライスを頬張りながらゆっくりと
、けれど、逃がさんとばかりの鋭い眼光を放ちながら、近づいてくる麗華さんに僕は聞く。
「クチャクチュ…クチュクチュクチャ」
「うん。食べてる最中に聞いた僕が馬鹿だったよ」
人がものを食べている時に質問するなんて僕は常識がないのか!
せっかく見た目は品行方正っぽい麗華さんがまるで品行方正じゃないみたいになったじゃないか!
いや、麗華さんは僕の前だと品行方正じゃないから別にいいよね!
ってよくない!今の状況がよくない!
麗華さんが口に入っているオムライスを食べ終わるのを待ってから聞こうと思っていたら、急に両手で僕のほっぺたを掴んできた。
というか、顔を逃がさないように取り押さえてるって言った方が適切なのかもしれない。
ぜ、全然動けない!
「パチ、パチパチパチ、パチ」
喋れないぶん、麗華さんはウインクで伝えてくる。
何故か僕にはウインクで、麗華さんが何を言いたいのかが分かってしまった。
食べさせてあげる
「パチリん♪」
もちろん!口移しでね!
「いやいやいやいやいや!!」
食べさせる?口移しで?why?
「いや、僕は自分で食べられるからいい……うんっ……!?」
唇の柔らかな感触、口内に入ってくる麗華さんのヨダレ混じりのオムライス。
何もかもが初めての出来ことで、初めての感触だった。
僕の口内に必死でオムライスを入れようとするあまり、んっという吐息が麗華さんから聞こえてくる。
僕の頭が真っ白になった。
「ぷはっ…………太陽くん美味しい?あれ?太陽くん?」
☆
頭を撫でられてる感触がある。
とても優しい触り方だ。
「ん、ん〜」
「おはよう。太陽くん」
「あ、おはよう麗華さん」
目を開けると、麗華さんの顔があっ……胸が大きいせいか、顔があまり見えない。
それにこんな風に麗華さんが見れるってことは、もしかして僕は今、麗華さんに膝枕されてる?
「僕どうしちゃったのかな?」
気絶でもしたのか、なんだか記憶が曖昧だ。
たしか、麗華さんとコスプレ喫茶なるものに行って、麗華さんに口移しを……
なんだか思い出してきたら恥ずかしくなってきた。
今の僕の顔は真っ赤に違いない。
「突然気を失ったのよ?覚えてない?」
「今思い返したところだよ」
恥ずかしさのあまり、麗華さんの顔をまじまじと見れない。
膝枕をされてるおかげで顔をまじまじと見れないんだけれど。
「んしょっと。えーとここは僕の部屋?」
やっぱり膝枕をされていた僕は、柔らかな麗華さんの太ももから起き上がると、周りを見渡した。
見慣れた風景がそこにあって、ここが僕の部屋だと分かる。
「そうよ。気絶してる太陽くんは可愛い.......じゃなかった。気絶してる太陽くんをここまで運ぶのは大変だったのよ?」
「あーそれはごめんって麗華さん!?なんて格好をしてるの!?」
麗華さんを上から下までまじまじと見た僕は驚いた。
だって、麗華さんってばメイド服を着ているんだもの。
金髪の麗華さんに似合いすぎるほど、麗華さんはメイド服を着こなしていた。
なんというかエロい。
「ん?これ?太陽くんがメイドさんが好きみたいだから、あまじょんで買ったのよ?どうかしら?似合ってる?」
「それはもちろん!金髪の麗華さんのためにあるような格好でなんというかエロいって違う!違うよ!どうしてメイド服の格好を今してるの!?」
「コスプレ喫茶で太陽くんが私にメイド姿でご奉仕されたいという願望を抱いていたのを叶えるためによ?」
「僕はそんなこと人差し指の第一関節くらいしか思ってないよ!」
そりゃ僕だって健全な男子高校生だ。
思うことくらいある。
「うふふ。今度私たちの両両親に会うときは子供が出来ましたって言う挨拶をしないとね!」
「僕はまだそんな挨拶したくないよ!」
「……まだ?」
「うっ」
しまった!
勢いでつい。
「さぁ!太陽くん!ご奉仕するから服を脱いで!」
「違うから!今のは言葉のあやだから!麗華さん!!」
「まさか太陽くん……この変態!メイド服じゃ物足りずバニー姿も見たいなんて!」
「それはちょっと見てみたいって違う!違うよ!最近思ったけど、麗華さん僕のことを変態と言って自分の」
「お喋りがすぎるお口にはこの口で塞がないとね
」
「え、何言って……」
本日2度目。ぼくにとっては人生2回目のキスを麗華さんに奪われた。
「麗華さん……?」
「ふふ。続きする?」
聞いてくる麗華さんは艶かしくて、とても綺麗で、僕なんかと一緒に居るのが不思議なくらいだった。
「えと、あの」
「ふふ。太陽くん可愛いんだから」
甘い声を出しながら麗華さんが迫ってくる。
まずい。このままじゃ、麗華さんの思うがままになっちゃう。
けれど、抵抗しなきゃと思う反面、僕の身体は動いてはくれなかった。まずいぞ。このままじゃ本当になされるがままに……。
チラリと視界の端で麗華さんがいつも持ってきているバックが見えた。
珍しく中身が見えるように空いていたバックは、僕に中身の存在を教えてくれた。
あれはなんなんだろう……鎖?首輪?ロウソク?
……いろんな意味でヤバイ。
僕の脳がそう警告した。
「ちょ、ストップ!ストップ!麗華さん!」
「もしかしてもう正気に!?唇に塗っておいた薬が……ゴニョゴニョ」
「今なんて言ったの!?ねぇ!今なんて言ったの!?」
薬とかなんとか言ってなかった!?麗華さん!
この後、どうにでもなれと言ったように暴走するメイド麗華さんを止めるのに僕は尽力した。……死力の戦いだったよ。
☆
「おはよ。太郎」
「おう!おはよ!太陽!」
休日明け。
朝学校に登校すると、昇降口で太郎に会った。
一人でいるあたり、前園さんは居ないみたいだ。
「珍しいね。前園さんと一緒じゃないの?」
「いつもいつもあいつと一緒な訳がないだろ?太陽こそ今日は華麗ちゃんとは一緒じゃないのかよ」
「僕もいつも一緒ってわけじゃないからね」
まぁ、いつも通り朝には僕の部屋に居たんだけど。
「ま、行こうぜ」
「そうだね」
外履きから上履きへと靴を替え、教室に向かう。
途中、同じ1年生と思われる人たち何人かとすれ違った。
ドンッ←肩と肩がぶつかる音。
「あ、すいません」
おかしいな。結構対向者とは距離があったからぶつからないとは思うんだけど……。
僕の見当違いなのかな。気を付けて歩かないとね。
「ちっ」
……なんか、通り過ぎる直前に舌打ちをされた気がするんだけど。
ドンッ
「あ、すいません」
ドンッ
「すいません」
ドンッ
「すいません」
ドンッ
「すいま」
ドンッ
ドンッ
ドンッ
ドンッドンッドンッドンッドンッドンッドンッ
「って、ちょっと多くない!?」
人はこんなに他人と肩がぶつかるんだっけ?!
「まぁ、太陽はしょうがねぇな」
「どういうことかな太郎」
あんまり目立たないように学校生活を送っていたはずなんだけど。
「お前と華麗ちゃんが付き合ってるって言う噂が広まってるからだろ。その腹いせ嫉妬で地味な嫌がらせをするパターンだな」
「え、なにそれ。付き合っているといえばそうだけど。太郎と前園さんにしか言ってないよね?」
「そりゃそうだけどよ。ほら、太陽と華麗ちゃんっていっつも一緒に居るだろ?」
「いっつもではないけどね。今みたいに一緒じゃない時もあるし」
「イメージだよ。イメージ。それに華麗ちゃんは可愛いから付き合ってようがなかろうが、いつも近くにいる太陽に嫉妬してんだって」
「それで僕は肩パンをやられるわけ?」
「そういうことだ」
なんだ。だから僕は皆から肩パンされるんだね。
確かに麗華さんは美少女だから、嫉妬しちゃう気持ちも分かるからなー。
前園さんっていうとても素敵な人と一緒に居る太郎に僕も嫉妬しちゃうし。
「いて。どうして俺に肩パンするだよ!」
「ちょっとね」
うん!皆の気持ちがすごく分かるよ!
ちなみに、朝一緒に麗華さんと登校しなかったのは、麗華さんがパンツを履き忘れたからだよ。
……裸エプロンは程々にしよね。 麗華さん。
☆
「話ってなんなのかな?」
放課後。
僕は開放されている屋上に来ていた。
いや、たぶんきっと屋上に入っちゃダメなんだろうけど、鍵が開いてたらしょうがないよね!
手紙には屋上に来てくださいって書いてあったし。
僕が屋上に来た理由は、僕の机に手紙が入ってたからだ。
もしかしてラブレター!?と思ったけれど、そんなことは全然なくて、新聞の切り抜きで作られた、殺人犯が作りそうな手紙には、果たし状みたいに、屋上に一人で来な。と書いてあった。
……十中八九殴られる未来しか見えないね!
行かなければ行かないで良かったんだけど、後からの報復が怖いからこうして僕は来た。
一緒に帰りたがってた麗華さんには、男には行かなきゃ行けない時があるんだよ!と言い残してね。
僕が屋上で待つこと数分。
ようやく、手紙を書いた主と思われる人影が屋上に現れた。
「こんにちは。柳瀬太陽」
僕に挨拶をしてきたのは、リボンで僕と同じ1年生と分かる女の子だ。
肩まで伸びている茶色い髪を見ても、目つきを見ても、この子が不良だと分かっちゃう。
男の人に殴られると思ってたけど、まさか女の子に殴られるとは思ってなかったなー。
「まずは自己紹介ね。私の名前は、橘市。柳瀬太陽。あなたがここに呼ばれたのはなぜだがわかる?」
橘市と名乗った女の子は僕に、どうした呼ばれたのかわかるかと聞いてくる。けれど、正直、分からない。
けど、朝太郎が言っていたように麗華さん絡みでなのかもしれない。
最近は女の子×女の子も珍しくないしね。
「分からない……かな」
僕は正直に答えた。
「でしょうね。本題に入る前に話しておきたいんだけど、麗華華麗って知ってる?」
「うん。知ってるけど」
裸エプロンを毎朝やるあの麗華さんでしょ?
「名家の身分でしょ?彼女。そんな彼女がさぁ」
そう橘さんが言うと、胸ポケットから写真を取り出し、僕に見せてくる。
写真にうつっているのは、僕と麗華さんが例のコスプレ喫茶でオムライスを食べている姿だった。
ちなみに、口移しの時の写真ではない。
「これってまずいわよね?名家の身分で男と一緒に居るって言うのは」
確かに、名家の出身である麗華さんにはまずいのかもしれない。けど、名家だからって別にいいと思う。
「その写真はどこで?」
「これ?これはね。私のバイト先で偶然貴方と居るところを見つけたから撮っておいたの。どう?綺麗に取れてるでしょ?」
やっぱりコスプレ喫茶の写真か。
彼女の言ったように取られてる麗華さんは綺麗だし。
「これをばらまかれるわけにはいかないわよね?」
確かにこんなのをばらまかれたら、肩パンがエスカレートしそうだし、恥ずかしすぎる。
「で、こっからが本題で相談なんだけど〜この写真をばらまれたくなかったらー」
確かにそれは辞めてもらいたい。
辞めてもらいたいけど!
あれ?なんか今、僕って脅迫されてる?
気のせいか。
「別にいいんじゃないかな?」
麗華さんなら逆にばらまいて!って言いそうだし。
別に隠すことでもないし。
「そうよね〜。いいのよね〜ってえ?えぇ!!」
彼女、橘さんの驚いた声があがる。
「なんで!?なんでいいの!?」
「別に隠すことでもないし。それに一応僕は麗華さんのか、彼氏だし」
「か、彼氏!?麗華華麗の!?あんたが!?」
そんな心底驚いた顔をしなくても。
「話は終わりでいいかな?いいんなら僕は帰るけど」
なんか、1人で狼狽えてるから、そっとしておいたほうが良さそうだし。
「え、あ、はい」
「それじゃ」
1人で狼狽えてる彼女を背に屋上を立ち去ろうとした時、僕はあることを思い出した。
「そう言えばコスプレ喫茶でバイトしてるんだね。見た目からしてそんな所でバイトするなんて思わなかったよ」
見た目が完全に不良っぽいからコスプレ喫茶でバイトするなんて思わないよね普通。
「あそこは時給がいいから……ってなんで知ってるの!?」
「だって、さっき自分で」
僕がそう言うと、彼女は口をぱくぱくさせながらかなり動揺していた。
「や、柳瀬太陽!」
「な、なに?」
「お願い!お願いだから、私があの店でバイトしてるのは誰にも言わないで!あの店でバイトしてるのを知られたら恥ずかしいし、うちの学校バイトは基本禁止だから」
そう言えば、僕らの通う学校は特別な理由がないとバイト出来ないんだっけ?
「うん。べつにい」
「なんでもするから!」
「いや、何言って」
橘さんは僕がすべての言葉を言い切る前に、僕に近づくと、制服の上着とブラウスを勢いよく脱ぎ、下着姿になった。
「何してるの!?」
「なんでもするって言っちゃったし、どうせ男の人は身体なんでしょ?」
「いやいやいや!そうかもしれなくないかもしれないけど!」
だめだ!否定しきれない自分が居る!
「太陽くんいるー?あ、太陽……くん……」
だらりと冷や汗が流れた。
僕が居ないことで、きっと探しに来たんだろうこの素晴らしい彼女は。
「その女……誰?」
僕は今日死ぬのかもしれない。
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