最終話 あらわれた麒麟

 深夜、あたしは顔を撫でられて目が覚めた。

 部屋の中が暗くて様子が分からないが、もしかして隣の幼なじみか?

 困った、まだ心の準備ができていないぞ。


「夜這いなどではないわ、愚か者め」

 ノブナガだった。


 考えてみれば、夜這いするのはあたしの方だった。それも高3になった頃には、なぜかやらなくなったが。


「それは単に部活を引退したからであろう」

 確かに、陸上部の練習で疲れた足のマッサージをしてもらっていただけなのだが。


「ところで、なによ。こんな夜中に」

 あたしはベッドに起き上がった。


「これからネコの集会を行う。蘭丸も一緒にくるのじゃ」

 なぜ、あたしまで。


「言っておくが、服は着て来るのだぞ」

 心配されなくても下着姿で出歩くのは、隣の家に行く時だけだ。


「で、どこでやるの。その集会って」

「うむ。お主がよく行くスーパーの駐車場じゃ」

 ああ、なるほど。だけど、あそこはなぁ。やめた方がいいんじゃないかな。何となく、結論が出ないような気がするんだけど。


「では、スーパー『オダワラ』へ出発じゃ」


 ☆


「うわー、ネコだらけだ」

 駐車場を埋め尽くすばかりのネコ、ネコ、ネコ。


「あ、トシゾーくん。お久しぶり」

 あたしの足元に寄って来た、ひし形トシゾーくんは、礼儀正しく頭を撫でさせてくれる。相変わらずカッコいいネコだ。


 ネコたちは次々とノブナガの前にやって来ては挨拶をしている。こうしてみると、どうやら敵ばかりでもないようだ。

 実はかなりの勢力を持っているのだな、ノブナガって。


 だが駐車場の西からヒデちゃん、東からたぬポンくんが現れると、まるで海が割れるようにネコたちは二派にわかれた。


「あらら。やはりだめか」

 あたしは額を押えた。

 残ったのはトシゾーくんだけだ。


 ノブナガは気落ちした様子もなく、その中央に進み出た。

 すると東西からヒデちゃんとたぬポンくんも歩み出る。

 ぽっかりと空いた空間に、ネコ三匹が顔を突き合わせている状態になった。


 なんだか、すごい緊張感だ。

「大丈夫かな、ノブナガ。……あ、ちょっとトシゾーくん?」

 見ると、トシゾーくんは横になって身体を舐めている。

 まったくノブナガに加勢する気配はない。

(付き合いきれない)

 その背中が言っていた。



「にゃう!」

 ノブナガが一声、高く鳴いて飛び退る。


 それを合図に、二派の猫たちが一斉に駆け寄り、闘いをはじめた。

「え、ええ?」

 すさまじい猫のうなり声が夜の街に響く。

 格闘するネコたちの周りを抜けた毛が飛び散っている。


「ちょ、ちょっと。なによこれ、ノブナガ」


「なーに。戦って勝った方に、天下を譲ると言ったのじゃ」

 ノブナガは満足そうにうなづいた。


「ふふふ。これこそ、地球連邦軍とザビ家を争わせ、その隙に漁夫の利を狙うという『赤い彗星作戦』よ。どうだ凄いであろう」

 すごい、というより呆れて言葉がない。


 だってこんな事、許していい訳ないだろ。


 ☆


「みんな、やめなさい!」

 あたしは、戦うネコたちの中に割って入った。めちゃ引っ掻かれたが、気にしてる場合じゃない。これ以上ネコたちが傷つけあうのは見ていられない。


「戦うのはやめて。あなた達が戦う必要なんてないのよ!」


 ぴたり、とネコたちの動きが止まった。

(セイラさん?)(アルテイシア)

 ネコたちの間から、そんな声が聞こえた気がするが、空耳だろう。


 この戦いを止めるには真実を伝えるしかない。


「みんな聞いて。悪いのは全部、あいつなの。みんなは騙されてるんだよ!」

 あたしが指さしたその先には、きょとんとした顔のノブナガがいた。


 事態を悟ったノブナガは、慌てて隣の書店へ向けて逃げ出した。

 隣の書店。店名は『本の宇治』だ。


「敵は『ほん宇治うじ』にあり!」

 ごめんよ、ノブナガ。でも他に方法がないのだ。


 ☆


「やれやれ、まさか貴様が裏切者だとは思わなかったわい」


 あたしの部屋で、ノブナガはのんびりと脇腹のあたりを舐めている。

 あれからすぐに降参したので大事には至らなかったのだ。だが、これでノブナガの天下布武は頓挫したことになった。


「だって、ノブナガが卑怯なこと考えるからだよ」

 ふむ、とノブナガは首をひねった。多少、反省の色がうかがえる。


「では元の世界に戻ってやり直すとするか」

 え? 元の世界って。


「蘭丸よ、その机の引き出しを開けてくれ。そこから未来へ帰るとしよう」

 いや、ノブナガ。お前、ロボットじゃないよね。


「引き出しは冗談じゃ。だが世話になったのう、蘭丸よ」

「え、ちょっと。本当にどこかへ行ってしまうつもりなの?」


「すまぬ蘭丸。じゃが、わしにはまだ帰る場所があるのじゃ。こんな喜ばしいことはあるまい」

 おい、ノブナガ。

蘭丸ララァ、『土岐』が見える」

 見るなら『時』を見ろ。あたしもララァじゃないし。




「なるほど、そうか。これは最初に気付くべきであったのう」

「なによ」

 あたしは半ベソになりながらノブナガを睨みつけた。


「麒麟はお主じゃ、蘭丸」


 なぜだろう。ネコたちの争いを停めたからかな?

 だとするなら、ノブナガも平和の大切さに気付いたのか。


「森蘭丸の森の字を分解してみよ。木と林でりん、ではないか」

 かかか、と笑うノブナガ。

 なんだ、そのダジャレはっ!


「もう。ノブナガなんか、さっさと、どこか行ってしまえばいいんだ」

 あたしも、つい感情的になってしまった。だけど、言ったあとで後悔する、いつものパターンだ。


 うむう、とノブナガは口ごもった。悲しげに、耳を伏せて俯いている。

「あ、ノブナガ……」


 ノブナガはしれっと顔をあげた。

「その事なのじゃが。さっきはああ言ったが、今年はオリンピックもあるではないか。それが終わってから、……いや本当の麒麟の方も気になるし、もう少しここにおっても良いかのう」


 まったくどれだけテレビっ子なんだ。


 でも……もちろん良いに決まってるだろ。

 お前はずっと、うちのネコなんだから。



 獲麟かくりん(おわり)


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ある日うちのネコが麒麟を探しに行ったんだけど 杉浦ヒナタ @gallia-3

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