空想自傷

第1話空想自傷

自傷行為をする。


でも私のやり方はちょっと変わってる。


自傷行為の想像をするんだ。それが私の自傷行為。カッターで腕を切る。めちゃくちゃに刻む。そんな想像。想像するだけで満足する。今は。


小説を読んだ。昔の人の文章が好き。それは、今の人の文章をあまり読まないからだけどね。好き嫌いが激しいんだ。これじゃあいつまでも大人になれない。困っちゃうね。


それで、その小説がとても良かった。主人公の心が壊れていく小説だったよ。規則正しく撒き散らされた言葉に引っ張られていく過程が、本当に心地良かった。読んでいくと、そこには自分がいて、その人と一緒にどこまでも落ちていく。その人に巻き込まれて私も破壊される。体の中心にひびが入って、今まで一生懸命に隠していた、辛い、悲しい、苦しいを、全部剥き出しにされる。


気持ちいい。気持ちいいんです。

もっと私の核を壊して。ぼろぼろにして。まるで体が満たされるかのように、心が満たされる。

よく愛で満たされるなんて表現するよね。私のは愛じゃ無いように見せかけて、実はそれは、大きすぎるくらいの愛だと思うの。自分に対しての、抱えきれずに捨ててしまった愛。


今まで散々無視してきた部分を、自分を守るために等閑にしてきた部分を、焼けるくらいに見つめる。

たとえそれがどれだけ暴力的なものでも、私にとっては自分を愛していることとして認識される。そのくらい、私が放置してきた私は荒廃している。


ひどく心が折れる出来事があると、今日はこの本で抉ってもらおうかな、ほら、この文章で…って。


悲しい夜はね、こうやって言葉で自分を傷つけた。誰に見えないところで、私は自分からぼろぼろになった。


でも時々、足りない。文字だけじゃ物足りない時もある。だめなんだ。やっぱり。腕、切っちゃおっかな。いや、でも。これまで頑張って耐えてきたわけだし。想像で済ませてきたわけだし。


そんな風に自分を宥めてみるけど、やっぱり荒廃した気持ちは治らない。騒がしいんだ。自分の中がとても騒がしい。


段々考え事の収集がつかなくなって、どこで何を考えているのかわからなくなって、机の引き出しから、奥にしまってあったカッターナイフを取り出す。


ちょっとだけ…ちょっとだけだから…


カチカチと少しずつ刃を繰り出して、初めて腕にカッターの刃を当てる。少し冷たい。けど、細いからあんまりわからないな。

もう少し強く押し当てる。皮膚が凹んでいるのがわかる。細い線が一筋、血管を押し付けている。

少し押さえつける力を抜いて、さっと、カッターを引いてみた。


そこには何の跡もない…なんだ、また、切れなかった。


と、思った瞬間、皮膚の薄い皮がほんの数ミリ、上向きに腫れて、そこから血が滲む。

みるみるうちに鮮やかな色の血が溜まって、腕の丸みを伝った。


い、痛い…もっと…


気がつくと無心で腕に切り込みを入れる。何度も、何度も、何度も…その度に切り口がわずかに隆起して、血が溜まって流れ出す。フローリングにぽたぽたと、血が垂れた。だけどそんなこと気にしない。痛い。痛い。痛い…心が段々壊れ始める。とても気持ちいいの。左の手首からヒビが入って、外の空気が体全体に回った。腕を熱い金属が伝って、体の温度が頻繁に変わっていく。気持ちが、いい…頭がくらくらして、自分の硬い理性の核が段々剥がれていく。それでも手を止めない。無心で切り刻む。何度も、何度も、何度も、何度も……




なんてね。


いつも想像だけだ。私に自分を傷付ける勇気なんてないの。

今日も自分を、誰にも見えない心の奥に監禁する。どこかの上手な言葉が私を完全に壊した時だけ、見えるの。腐りかけの自分。その頃にはどんなに醜いんだろう。楽しみだね。


今日も切らずに済んだ。そうやって明日も、明後日も、私は私から逃げ続ける。誰か私を見つけてね。捕まえてね。自分を想像で、静かに、きっと死ぬまで、切りつける、私を。

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空想自傷 @hitomimur

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