第3話

「ついに私達のアルバム、自分達で焼くんですけど、完成したんですよ」

「それは、すごいですね。懸案のジャケットはどうしたんですか?」

 長く伸ばしている髪でも、ライヴの前には必ず美容院で手入れをする。私は店長に気を許していて色々話すし、店長は私達のポスターを貼ってくれる。

「美術系の高校の文化祭で、絶対この人だって人の絵を見付けて、お願いしたらすごいのを描いてくれました」

「それは嬉しいですね」

「一曲一曲にインスピレーションが湧くって、曲の数だけ絵を描いて、さらに全体のイメージで一枚。その量にも驚いたんですけど、私達の曲がインスピレーションの種になったってことが嬉しくて」

 店長は手を止めない。

「素敵なエピソードですね」

「ええ、宝物です」

 言葉にした気持ちをもう一度胸の中に収める。暖かい。

「そういえば、洪さんと同じように髪の一部を、彼女の場合は赤に、染めた女の子が居て、ベーリーショートにして、彼女もバンドをやるって言ってましたよ。『水の宮』のポスターを食い入るように見てたから、ライヴに行くかも知れないですね」

「ヴォーカルですか?」

「そう言ってましたよ」

「じゃあその子のためにも、歌おう。奇縁になるといいな」

 ふふふ、と店長と笑い合う。


 奇縁は叶い、その子、凛のバンド「ファイヤーバタフライ」とはライヴハウス「rainbow」で並び立つようになる。彼女等との対バンは、ギリギリするような面白さと、自分にはないものを受ける興奮と、同じ未来を夢見ている仲間の感じとで、毎回堪らない。だから、最初に対バンをしてからずっと対バンを繰り返している。多分、彼女等も同じことを感じている。

 だからこそ今日、私は彼女に私の口から伝えなくてはならない。

 打ち上げの席で凛を呼び出す。

 店の廊下に来た彼女も、様子が少しおかしい。お互いアルコールは一切摂取しないから、そう言うおかしさではない。

「凛ちゃん、今日は伝えなくてはならないことがあるんだ」

「洪さん、私もです」

 ほんの少しの探り合いの間。洪がそれを破る。

「私から、いいかな?」

「はい」

「次の四月に、メジャーデビューが決まったんだ」

 どんな顔をするか見ていたら、ポカンとしている。

「私達もです」

 多分、私もポカンとした。

「もしかして」

「そのもしかしてかも知れません」

 同じ会社の、同じレーベルだった。

 つまり、私達はセット売りであり、競わさせられ続けるシステムに入れられたのだ。

 どちらからともなく笑いがこぼれる。

「よかった。ずっと一緒にやって来たから、抜け駆けみたいで嫌だったの。でも、前には進みたい。だからちゃんと伝えようと思って」

「私も、全く同じ気持ちでした。一番のライバルは、一番の仲間。それを壊したくないけど、先に進みたい。一緒にデビューって、冗談みたいな解決方法ですね」

「これからもしのぎを削ろう」

「切磋琢磨ですね」

 右手の拳をぶつけ合う。

「それでさ、ちょっと思い付いたんだけど、デビュー前にこんなことやってみない?」

 洪のアイデアに凛は大賛成して、仲間にもその話をしてゆく。

 決行は次のライヴ。


 ライヴのトリは「水の宮」と「ファイヤーバタフライ」の持ち回りに最近はなっている。

 今日は燐姫達が最後だ。

 ジャン。

 ダダドゥン。

「ありがとうございました。『ファイヤーバタフライ』でした。でも、今日はもう一曲あります。是非ぜひ、聴いて行って下さい」

 ステージに「水の宮」のギター、キーボード、そして洪が出て来る。

 洪がマイクに構える。

「みんな、今日は『ファイヤーバタフライ』『水の宮』のコラボで『ウォーターバタフライ』、聴いてって欲しい」

 燐姫が引き継ぐ。

「曲は『特異点、ウォーターバタフライver.』です」

 会場からウワーと言う声。立ち上る熱気。

 桃子がスティックでカウント。

 カッカッカッカッ。

 ドゥンドゥンダンダンドゥンドゥンダンダン。

 ゲンのギターがフィンフィン、エロエロのリフを紡ぎ出す。

 そこから「水の宮」ギターの硬質なリフ変奏。再び、ゲン、今度は「水の宮」。

 二人が合わせて、ジャン。

 間髪入れずに「水の宮」キーボードの音の弾ける流れ。

 ピラタラリラタリタラタタリラリラ。

 繰り返されるそのフレーズに、「水の宮」ギターが被せる。さらにゲンが被せる。

 燐姫から。


『掌に未来を感じるなら

 正しい明日を信じるなら』


 同じAメロで洪。


『マイク、アンプ、ライブハウス

 私、隣に、あなた』


 Bメロは燐姫から交互に三回ずつ、最後は洪のロングトーン。


『今だけが

 今だけよ

 今だけ、今だけ、今だけ、今だけ』


 そのロングトーンを潜るように、燐姫がサビ。


『全ての過去と、全ての未来

 交わるここが、ああ特異点

 全ての過去と、全ての未来

 交わるここが、ああ特異点』


 ギターソロは「水の宮」ギターから。やはり硬く来る。岩を削るような、いや、現在を削って未来に通すような音だ。次に「水の宮」キーボード、踊るが短く、そこからゲンのソロ。リフの基調を香りだけ残しつつ、ギャンギャンした激しさが演じられる。ゲンはゲンの今の削り方をしている。三人が見ているものは同じだ。

 Cメロ。燐姫、洪の順。

『私にはあなたが

 私にはあなたが』


 ここから二人で一緒に歌う。


『私達には、あなた達が

 未来を決める、特異点』


 再びサビ。燐姫が歌う。


『全ての過去と、全ての未来

 交わるここが、ああ特異点

 全ての過去と、全ての未来

 交わるここが、ああ特異点』


 サビ。洪が歌う。


『全ての過去と、全ての未来

 交わるここが、ああ特異点

 全ての過去と、全ての未来

 交わるここが、ああ特異点』


 さらにサビ。二人で歌う。これを待っていた。


『全ての過去と、全ての未来

 交わるここが、ああ特異点

 全ての過去と、全ての未来

 交わるここが、ああ特異点


 全ての過去と、全ての未来

 交わるここが、ああ特異点

 全ての過去と、全ての未来

 交わるここが、ああ特異点


 さあ、未来へ』


 未来へ、の後の節は二人で違っていて、ハーモニーになっている。

 後奏は短く、リズムにギターもキーボードもまみれて遊ぶような時間。

 ジャーン、ジャン。

 燐姫と洪は共に飛び上がって、ジャンを決めた。

「燐姫―!」

「洪姫―!」

 燐姫が手を振りながら締めの挨拶に入る。

「ありがとうございました。『ウォーターバタフライ』で、『特異点、ウォーターバタフライver.』でした」

 洪も手を振る。

「ありがとうございました。あと、私も姫でいいなら、そうするよ」

 ウオー! と言う叫び声のような盛り上がり。

「洪姫! 洪姫! 洪姫!」

 大合唱になる。

「決まりだ。メンバー紹介させていただきます。『水の宮』からギター、ハル。キーボード、ヒロ」

「『ファイヤーバタフライ』から、ギター、ゲン。ベース、ポチ。ドラム、桃子」

「ヴォーカルは、燐姫!」

「そして、洪姫!」

 うわーっと声が上がる。燐姫が続ける。

「ありがとうございました」

 その声に従って、ステージ上の全員が頭を下げた。

 洪は、歌の通りに今が特異点に居ると言うことを感じる。それがどんな未来だったとしても、私は歌う。きっと私の仲間もそうだし、ライバルもそうだ。それは変わらないものであり、だから他の多くが変わっていくのだ。

 それでも、この特異点を忘れずにいたい。

 自然と頬を伝う涙のまま、横に居る燐姫を見たら、同じように泣いていて、二人で、ステージの上だと言うのに、目を合わせて笑った。



(了)

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特異点(連作「六姫」⑥:洪姫) 真花 @kawapsyc

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