最終話 現存する神剣と熱田神宮に眠る謎

 神話世界の旅も終わり、久しぶりに現代に帰ってきましたね。普段、煩わしいと感じる都会の喧騒でさえ、懐かしいと感じる程、長い旅でした。

 帰ってきたこの場所は、ちょうど愛知県名古屋市にある熱田神宮の前です。

 熱田神宮は御神体として、草薙の剣が祭られているので、神話世界を巡ってきた私達にとって相応しい終着点ですね。


 折角なので熱田神宮を参拝して、この旅を締めくくりましょう。


 熱田神宮は名古屋の真ん中にあるのに、境内は神聖な空気が漂う森に囲まれているので、都会にいるのを忘れてしまいます。

 

 さて、皆様、拝殿に着きました。一般人が来れるのはここまです。

 草薙の剣が祭られている本殿は、拝殿の更に奥にあり三重の塀に囲まれ、厳重に保管されているので、普通の人は拝む事は出来ません。

 また、草薙の剣を直接見ることは禁忌とされ、熱田神宮の宮司さんは勿論、天皇陛下ですら目に入れることは許されていないのです。


 因みに熱田神宮は、ヤマトタケル様の忘れ形見である草薙の剣をミヤズ姫様が祭った事が起源だと言われ、この地でずっと大切に保管されてきました。


 え!? 草薙の剣は源平合戦の時、安徳天皇と共に海に沈んだんじゃないのか!? ですって。

 その通りです、草薙の剣は確かに壇ノ浦に沈んでしまいました。


 実は草薙の剣は二本あったのです。


 何故、二本あったかと言うと、十代目崇神天皇が草薙の剣の形代かたしろ(レプリカ)を作ったからです。

 崇神天皇は本物の草薙の剣を伊勢神宮に移し、形代を当時の皇室に置いたのです。

 

 つまり、この熱田神宮に祭られている草薙の剣こそ、スサノオ様が発見し、ヤマトタケル様が使った本物なのです。


 ここで今までの旅を振り返りつつ、草薙の剣の歴史を見ていきましょう。


1. スサノオ様がヤマタノオロチの体内から発見して、天叢雲剣あめのむらくものつるぎと命名する。

2. スサノオ様が天叢雲剣をアマテラス様に献上する。

3. 天孫降臨の際、他の三種の神器と共に、ニニギ様の手によって地上に降りてくる。

4. 十代目崇神天皇が形代を作り、本物を伊勢神宮へ移し、形代は皇居にて保管されていた。

5. 伊勢神宮にあった本物の天叢雲剣は、ヤマトタケル様の東国遠征の際、彼の手に渡り、草を薙ぎ払って急場を凌いた事から、草薙の剣という名が付く。

6. ヤマトタケル様はミヤズ姫様の元に草薙の剣を置いていき、その後、彼女の手によって、熱田神宮にて祭られる事になった。

7. 形代の草薙の剣は源平合戦の際、当時皇室があった京都から安徳天皇と共に平家軍によって持ち去られてしまい、壇ノ浦へと沈んだ。

8. 本物の草薙の剣は盗難、火事、空襲など様々な災いが降りかかるも、難を逃れ、今なお熱田神宮にて祭られている。



 海に沈んだのは本物じゃなくて、ホッとした方もいる事だと思います。しかし、疑問が残ります。


 当時の朝廷数十年にも渡り、ずっと壇ノ浦にて剣の捜索を続けていたそうです。

 レプリカとは言え、神話時代から受け継がれている神剣なので、無視する事は出来なかったとも考えられます。

 しかし安徳天皇の後に即位した後鳥羽天皇は、本物が熱田神宮にあるにも関わらず、草薙の剣が欠けたまま即位の儀式を行ったそうです。


 このような不可解な点があるので、壇ノ浦に沈んだのは本物の草薙の剣だったのでは!? と主張する人もいますが、先程も述べたように草薙の剣は天皇陛下ですら見る事が許されていません。

 我々、一般人には真実を知る事は出来ないのです。


 真実はこの熱田神宮の奥に眠っているのかもしれません。





 さて、皆様、参拝は終わりましたか? それでは神話世界の旅はこれにて終了させていただきます。


 折角、熱田神宮に来たので、私は境内にある『宮きしめん』にて、名古屋名物のきしめんを食べてから家に帰ります。麺がモチモチしていて、美味しいんですよね♪



 最後までお付き合いありがとうございました。

 また機会があればお会いしましょう。

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草薙の剣を巡る旅路~ヤマトタケルと失われた神剣の謎~ 東樹 @itukiazuma33

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