04:君と僕

 二人は混乱する街の中をひたすらに走っていた。

 他の人たちは慌てふためき、右往左往している。

 そんな中で、少年は目的をもって走っていた。

 目指すのは小高い山。

 その山は宇宙港とは反対の方向で、整備もろくに行き届いていない雑木林に覆われている。

 ちょっとした肝試しスポットで、昼間でも暗い。

「大丈夫か?」

 走りながら少女の方を振り返る。

「うん」

 少年に手を引かれながら、少女も必死に走っていた。

 携帯端末でラジオを垂れ流しにしているが、この街の情報は一向に流れてこない。

 それどころか、ルナシティの隊地上部隊が東アジアに攻撃を集中させたらしい。

 恐らく、その一環としてこの街の宇宙港をメインに、街の破壊工作をやっているのだろう。

 既に街の上空では、ルナシティと日本の自衛軍が激しいドッグファイトを繰り広げている。

 撃墜された機体が、まるで花弁が舞い散るかのようにヒラヒラと墜ちてくる。

 血と油とが焦げた臭いで街は咽返る様な空気に満ちていた。

「少し、休憩しよう……」

 少年は足を止めた。

 ちょうど、住宅地の中にある小さな公園があった。

 正直、あまり開けた場所に出たくない。

 ルナシティ側は軍人も民間人も関係なく攻撃している。

 見付かれば確実に攻撃されるだろう。

 今は宇宙港を守るために、自衛軍が注意を引いている。

 今しか逃げるチャンスはない。

 自衛軍の地上部隊が避難誘導をしているが、当てにならないと少年は考えていた。

 目の前で多くの人々が殺されたのだ。

 その中には少女の両親も含まれている。

 人が集まれば標的にされる。

 だったら、山へ逃げるのが最善だと判断した。

 少年は公園内の水道の蛇口をひねり、水で顔を洗った。

 少女も水飲み場で水を飲んでいる。

「その蛇口の名前、知ってる?」

 少年が何気なく質問した。

「え?この、噴水みたいに上に水が出るやつ?」

 少女は顔を上げて自分が使っている蛇口を指差した。

「そう、それ」

「そう言えば知らないなぁ」

 少女は首を傾げた。

「『立形水飲水栓』って言うらしい」

「へぇ~、ってしょうもない知識だなぁ」

 そう言って少女は笑った。

 無理をしてる。

 少年にはそれが分かった。

 しかし、今はどうしようもない。

「もう少しで雑木林だ。そこまで行けば、走る必要もなくなると思う」

「分かった」

 少女は両手で自分の頬を叩いた。

「行こう!」

 二人が気合を入れなおした時だった。

「君たち!無事か!」

 自衛軍の人が一人近付いてきた。

 少年は内心舌打ちをする。

 自衛軍と一緒にいたら、問答無用で攻撃対象になりかねない。

「怪我してないかい?今、街の人たちを避難させてる。君たちも来なさい!」

 赤十字の腕章を付けている。

 どうやら衛生科の人だ。

「どうするの……?」

 少女は小声で少年に訊ねた。

 少年は少し考えた後、少女の手を握って背後の山に向かって再び走り出した。

「こら!待ちなさい!」

 自衛軍の人も走り出す。

 その瞬間、再び閃光が辺りを包んだ。

 乱暴な爆風に襤褸切れの様に飛ばされる。

 刈り取られそうになる意識を必死に保ちながら少年は顔を上げた。

 自衛軍の人はいた場所の近くが抉れている。

 航空機に搭載した小型ミサイルを使った攻撃のようだ。

 自衛軍の人の姿は勿論なかった。

「クソ!」

 少年は少女を探そうと立ち上がろうとした。

 しかし、足が立たない。

 恐る恐る自分の脚を確認する。

 脚はあった。

 しかし、大腿骨が折れているようだ。

 それを確認した途端に痛みが走る。

「クソ!クソ!!」

 少年は必死に上体を起こして辺りを見回す。

 少女は何処に行ったのか。

 手を握っていた筈だ。

 しかし、少年の手の中には何もなかった。

「返事しろ!」

 這いずりながら少女を探す。

 轟音と共に頭上をルナシティの戦闘機が飛び去って行く。

 自衛軍と戦っていた筈だが、街への攻撃が始まっている。

 自衛軍の前線が崩壊したと考えられる。

 宇宙港が墜ちるのも時間の問題だろう。

「うぅ……」

 小さなうめき声が聞こえた。

 少年はその声の方向へ向かう。

 割れたコンクリートブロックの小さな瓦礫の下に少女がいた。

「大丈夫か!」

 少年が近付くと、血の匂いが濃い事に気が付く。

 少女を見付け、身体の上の石や瓦礫を取り除く。

 少女の身体を抱き寄せる。

「おい!しっかりしろ!」

 生暖かいぬるりとした感覚。

 少女の腹部を見るて、少年は絶望した。

 何処かの住宅の庭先から飛んできたであろうフェンスの支柱の一部が、少女の腹部に深々と刺さっていた。

「おい!起きろ!」

 少年の声に、少女がやっと反応し、目を開けた。

「あれ……?」

 少女は微笑みながら少年の顔を見る。

「何……、泣いてんの……?」

 そう言って、少年の目から零れる涙を血の付いた手で拭う。

 少年の顔に血がついて、初めて少女は自分が負傷していることに気が付いた。

「あれ……?怪我……?」

 少女が腹部を見ようとするが、少年がそれを止めた。

「大丈夫だ!瓦礫で少し切っただけだ!」

 少年には分かっていた。

 少女は長く持たない事。

 血に交じって、胃液の匂いもする。

 恐らく、フェンスの支柱は胃も貫いているのだろう。

「そう……?けど、結構痛いんだよね……」

 そう言って少女が咳き込む。

 吐血した。

 少年が辺りを見回すと、先程の自衛軍が持っていたであろう鞄が転がっていた。

 何とか手を伸ばし、中を漁る。

 ラベルに『MORPHINEモルヒネ』と書かれた簡易注射があった。

 少年は迷わず、少女の腹部近くに注射する。

「痛み止めを打った!しばらくすれば効いてくる!」

 少年は少女の顔を優しく撫でた。

 ありがとうと囁く少女の乱れた呼吸は、少しずつ整っていく。

「だいぶ、楽になった……」

「そうか、よかった……」

 少年は少女の手を握りながら、頭を撫でる。

「ねぇ、覚えてる……?小二の時に、山に肝試しに行った時の事……」

「あぁ、忘れたくても忘れられない……」

「アンタ、怖がりで私にしがみ付きながらチビッてたよね……」

 少女が力なく笑う。

「そろそろ忘れろよ……」

 少年の視界が、涙で歪み始めた。

「嫌よ……。アンタの情けない姿見ていいのは私だけなんだから……」

 そう言って、少女はまた少年の涙を拭う。

「いいからもう喋るな……」

「うん……。ちょっと寒い……」

 少年が少女を抱き締めた。

 少女が少年の頭を優しく撫でる。

「ごめんね……」

「いいから、喋るな!」

「ごめんね……、私のヴァージン、アンタにあげらんなかったね……」

 少女の腕がダラリと落ちた。

「何だよ……。最後のセリフがそれかよ……。馬鹿野郎……!」

 少年は叫んだ。

 怒り、悲しみ、絶望。

 全ての感情が止めどなく溢れてくる。

 そして、それはルナシティへの憎しみへと収束していった。

「クソ!ふざけんな!」

 少女を抱き締めたまま、悪態を吐き続けた。

 すると、遠くから地響きと共に、大きな爆発が起きる。

 宇宙港の方向からだった。

 その爆発を皮切りに、街への攻撃が本格的に始まった。

 住人だろうが、軍人だろうが関係なく。

 老若男女関係なく、目に入った人間は全員殺された。

 一時間も経たない内に、街は死に、黒煙立ち込める廃墟へと変わった。

 その後、地球連合は惨敗を続け、二週間後には敗北を宣言。

 その間に失われた地球側の犠牲者の数は、地球上の全人口の十五パーセントにも上った。

 地球連合は解体・再編され、全ての権限はルナシティへ譲渡。

 事実上、地上は月の植民地となった。

 地上人類の月面人類への憎悪は激しく、数年後、再び大きな戦争が勃発するのだが、それはまた別の話。




Lunanoid×Terranoid———end...

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Lunanoid×Terranoid Soh.Su-K(ソースケ) @Soh_Su-K

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