03:生と死
ルナシティのサイバー攻撃により、地上の情報ネットワークは死んだ。
ラジオ以外に情報を得る手段はない。
携帯端末はゴミと化した。
宙域戦は地球側が惨敗したらしい。
既に地上への攻撃が開始され、多くの都市と宇宙港が破壊された。
死傷者の数など、既に数えられない。
ルナシティは本気で
宇宙港から遠く離れた場所への疎開が始まったのは、地上への攻撃が始まって間もなくだった。
この街も例外ではない。
日本の自衛軍主導の元、街の人たちはバスで疎開している。
少女は家族と一緒に疎開する事になったらしい。
出発は今日。
少年の家族は明日、親戚のいる地方へ疎開する事になっている。
少年は疎開バスの駐車場となった高校のグラウンドの隅にいた。
バスに次々と人々が乗っていくのをボーッと眺めている。
「よっ!」
少年を見付けた少女は、いつものように手を挙げながら挨拶してきた。
「おう……」
少年は素っ気なく返事をする。
「相変わらずね」
「お前もな」
少女は少年の隣に並んで座り、同じようにバスの方向を見る。
「ん」
少女が少年にいつもの飴を渡す。
少年は無言で受け取り、少し考えてポケットに仕舞った。
「食べないの?」
「何となく」
「そう……」
再びの沈黙。
少女が口の中で飴を転がす音が微かに聞こえてくる。
「もう行くのか?」
少年の声に元気はなかった。
「うん、次のバスに乗るって……」
「そうか……」
二人の間に流れる空気は、梅雨空の下の様にべっとりと重かった。
「また……、会えるよね……?」
少女が恐る恐る言った。
正直、少年には分からなかった。
このまま戦争が続けば、地球は荒廃し、ルナシティの管理下に置かれるだろう。
ルナシティの目的が、単なる地球人類の根絶ならば、躊躇なく核兵器を使用していただろう。
しかし、核兵器が使用されたという情報はない。
これは、地球を管理下に置きたいという意思のあらわれではないかと少年は思っていた。
地球人類が死滅しようが生き残ろうが関係はない。
ただ、地球の人間以外の生態環境に大きな影響を与えるような兵器は使用しない。
邪魔なのは地上の人間だけという事だろう。
そうなったら、少女と再会できる可能性などあるのだろうか。
どう考えても、不可能としか思えない。
少年は少女の問いに答える事が出来なかった。
「私さ……、アンタの事ずっと好きだよ……」
少女は笑いながら言った。
「やめろよ……、死ぬみたいじゃんか……」
まるでよくある戦争映画のワンシーンだ。
少年の声は沈んだまま、少女の方を見ようともしない。
その様子に、少女は苛立った。
「でも!もう会えないかもしれないんだよ!?」
しかし、少年の態度は変わらない。
「……わかんねーじゃん」
少年はボソリと呟いた。
「え?」
「まだ分かんねーって言ってんだよ!」
少年は声を荒げる。
そんなつもりはなかった。
しかし、自分が何に対して怒っているのかも分からないまま、ただ大声を出していた。
「戦争がすぐに終わるかもしれない!すぐに前と同じように生活できるようになるかもしれない!」
「そんなの……、希望的観測じゃない……」
今度は少女がうつむいた。
自分たちの命が、自分たちとは関係のない人間に握られている。
それは絶望以外の何物でもないのだ。
そんな少女の様子を見て、少年は頭を掻きむしり、顔を上げた。
「分かったよ!じゃあ、戦争が終わったら、必ずお前に会いに行く!迎えに行く!必ずだ!それで文句ないだろ!」
少女の顔を指差しながら言う。
自分でらしくないと思いながら、精一杯強がって見せる。
「何それ」
らしくないと自覚しながらも必死になっている少年を見て、少女は笑った。
ひとしきり笑ってから、真面目な顔で少年を見つめる。
「待ってるよ、私の王子様」
そう言って唇を重ねた。
先の分からない状況の中でも、キスをしている間だけは幸せを感じる事が出来る。
バスのエンジン音が聞こえた。
次のバスと入れ替わるように、先程のバスがグラウンドから出て行く。
「そろそろだろ……」
バスに向かうように少女を促す。
少女の両親がバスの近くでこちらに手を振っているのが見えた。
「うん……。じゃあ、絶対に迎えに来なさい!」
少女は目に涙を溜めながら笑った。
何処からともなく、シュンシュンという奇妙な音が聞こえてくる。
本能が逃げろと叫んでいた。
少年は咄嗟に少女を抱き締める。
瞬間、強烈な光と共に、体験した事のない凶暴な砂煙が二人の身体を吹き飛ばした。
二人は防球ネットにキャッチされ、地面に倒れ込む。
無数の砂がパラパラと降り注いだ。
少年が顔を上げると、グラウンドは土煙で何も見えない。
「何だ……?」
目を凝らすが、視界はチラチラと火花が散っているようでよく見えない。
耳もキーンという耳鳴りが酷く、自分の鼓動だけがやけに大きく聞こえていた。
「どうなってる……」
次第に視界のチラつきと耳鳴りが収まってきた。
風で土煙も晴れてくる。
そして、現れた光景は想像以上だった。
「嘘……だろ……?」
バスが止まっていた筈の場所は大きく抉れ、赤や黒のインクを無造作に溢したようだった。
バスの姿はなく、代わりに黒煙を上げながら燃える歪な形の黒い鉄塊がいくつかあるだけだ。
人の姿もない。
恐らく、瓦礫と一緒にそこら中に散らばっている肉片がそうなのだろう。
「何!?これ……」
少女が立ち上がった。
「父さん!!母さん!!」
走り出しそうなる少女を必死に引き留める少年。
二人の頭上を見たこともない形の航空機が飛んでいく。
「隠れろ!見付かったら殺されるぞ!」
少年は少女の手を引きながら学校の裏手へと向かう。
その間も少女は泣きじゃくりながら両親を呼んでいた。
信じられなかった。
戦争と言うものを目の当たりにし、自分の無力さを痛感させられた。
とにかく逃げよう。
今はそれしかなかった。
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