Interlude その昔、闇の中に光を見たいと願った人間を見た
杏沙唯子の婚約者であった青山浩嗣(ひろつぐ)が殺人容疑で逮捕された。勤務先の社長が殺害された事件で、証拠不十分ながら社長とのトラブルを抱えていた事、そしてアリバイがない事からという冤罪とは、という例で載っていそうな理不尽な理由で逮捕された。
「信じてくれ、オレは無関係だ!」
と冤罪を主張する青山の意見を鵜呑みにした妹・杏沙唯子は俺、栗花落貴裕がいる探偵社へと足を運ぶ。
「婚約者が殺人犯でないことを証明してほしいのです。」
「あぁ、今話題の事件の犯人ですか。なぜ冤罪の可能性があると?」
「オレは無関係だ、という彼の言葉を信じたいからですわ。それに、あんな理不尽な理由で逮捕されるなんて、探偵さんならばおかしな話だとは思いませんか?」
確かに理不尽な理由だとは思っていた。証拠不十分で不起訴となるはずが起訴されたことも衝撃だった。これは何か裏がありそうだ、と少し重い腰をあげて調べようかと思っていた所だ。仕事となれば重い腰も上がりやすい、なんて邪な考えを持ってしまった事はここだけの話にしておく。
「お金ならありますので、依頼料はすぐにでもお支払いしますわ。」
「いえ、お金は。個人的に調べようと思っていた事件なので。」
こんなやり取りを何度か繰り返し、なんとかお金を払わなくてよいという流れに持っていく事が出来た。あぁ、近年稀に見る面倒さだった。
杏沙唯子との会話から事実をいくつか引き出し、それらのピースを上手く組み合わせ、何とか真相を突き止めなければ、と思ったのだが最初の事実ですぐに真犯人には辿り着いた。
社長とは家族ぐるみの付き合いであった、という事実。小さな会社であったというが、そんな事があり得るのか、と呟いたのが聞こえたのか、
「家族ぐるみの付き合い、とは言いましたが、社長と浩嗣は親戚同士ですの。だからプライベートの付き合いが深いのは特段気にする事でもないのですが、その関係性をよく思わない人たちから変な噂がたってしまいまして。」
という返答が飛んできた。それは社長亡き会社に遺された社員たちが冤罪を生むようリードしたと考えるほかないだろう。しかし、それでは根本的な「社長を殺した犯人」という問題が解決しない。
「浩嗣曰くですけど、その中でも特に、社長に好意を抱いていた人からは恨まれていたようですわ。」
「社長に好意を抱いていた?」
「えぇ、社長にしてはかなり若くて独り身な社長を恋愛対象として見ている人は少なくなかったようです。ただ、その中で―――」
「過激な人物がいたと?」
「よくお分かりで。」
あなたを殺して私も死ぬ、そんな思考回路をもつ人物、それがここでいう過激な人物の意味だ。その思考回路を尊重できず、真っ向から対立してしまったせいで殺された人物をここ数年よく見かけている。ただしいずれの事件も未解決で、犯人の突き止めに警察は手を焼いていると将也から聞かされた。このせいで何人もの人物が誤認逮捕されている。浩嗣、と呼ばれた唯子の婚約者は誤認逮捕されたのであり、社長、と呼ばれている被害者はあいにくこの類に、いやこの連続殺人事件に巻き込まれたのだろう。そんな仮説がここで生まれた。
「過激な人物というのは、最近入社した人物ですか?」
「えぇ、そのはずです。つい数日前に新しい人が入ったんだ、と浩嗣が話していましたから。」
「その人物が過激であると確信したのは?」
「社長へのストーカー行為ですわ。それも殺意を含めたストーカー行為。好きであるのか、はたまた死んでほしいのか分からないと呟いては落ち込み頭をかき、悩む姿を何度もこの目で見てきましたもの、事実です。」
しかも、と少しばかり表情を変え彼女は俺に訴えてきた。
「事件の直後、その女性は会社を突然やめたのですよ、自分の机に置手紙を、いえ、あなたたちの社長はなんてつまらない人間なのでしょう、とだけ残して。ただ、ここからが不思議なのですけど、その置手紙は浩嗣の目にしか入っていないようだったそうですよ。」
まるで、その置手紙には呪われる効果が含まれているかのように、誰からも無視された置手紙。それも、先の連続殺人事件と同じだ。今まで隠すつもりはないにしろ何となく隠してきた事実を、そろそろ、口にするしか、ないのか。
「――—――――ここ数年、同じような事件で何人もの罪なき人間が誤認逮捕されているのをご存知ですか?」
向かい側に座る唯子はすぐに「えぇ。」と答えた。ただし彼女も口にしたが、その全てはいずれも不起訴となりすぐに誤認逮捕であるとして謝罪会見が行われている、という前提付きだ。しかし、今回は明らかな証拠不十分ながら起訴された。その事実から言える事は、ただ一つだ。
「今回の事件が、真犯人にとっての《本番》である。」
「《本番》?その舞台に社長と浩嗣が使われたという事ですの?」
「いえ、むしろこう言った方が正しい。」
何度も同様の事件を起こしてきた犯人のゴールは社長を殺し、青山浩嗣を逮捕させることにあった。その舞台が犯人にとっての《本番》であって、他の被害者を陥れた舞台は彼女にとっての《稽古》や《ゲネプロ》でしかなかった、と。
「―――――――――――彼女?」
あ、思わず心の中だけにとどめておいた言葉が漏れてしまった。しょうがない、この先は真犯人の前で言おうと決心していたが、ここで白状するしかない。
「社長とあなたの婚約者を陥れる舞台を《本番》と呼べる人間なんて、1人しかいないでしょう?」
「―――――――――――っ、まさか。」
「ビンゴ、あなたのお姉さんだ。」
ここから説明すべき問題は山ほどあるのだが、さすがに全てを語るのは面倒、なんて言葉でおさめられるほどの苦労ではない。だから、ここでは姉である杏沙舞子について語っておくだけにとどめておく。気になるのなら、図書館でこの街の事件特集でも漁ってくれ、大きな事件だ、二年前の項目の最初にでも存在していることだろうよ。時系列順ならば二年前の五月で調べてくれ。すぐに突き止められる。―――ん、情報統制で全て抜かれている?やってくれたな、警察よ。気になるならば、なんとかして見つけ出してくれ。それか、事務所を訪ねてきてもいい。資料くらいは貸してやる。
そんな戯言は頭の片隅にでも追いやろう。今は、杏沙舞子についての説明だ。
杏沙舞子は、二度婚約を破棄されている。一度目は今回の被害者である社長に、二度目は今回の加害者とされていると共に妹の婚約者でもある青山浩嗣だ。男で遊ぶ、という言葉が似合うほどに男遊びが激しい舞子だったが、この2人に関しては本気で好きになってしまったようだ。本気で好きになってしまった男にフラれてしまった。その傷は想像通り。これをきっかけに、復讐を企てたのが事の始まりであった。
《本番》を社長の殺害と青山浩嗣の逮捕とする。そこを迎えるまでの《稽古》と《ゲネプロ》には、今まで何の気なしに遊んだ男たちと今の女を使おう。《稽古》で私に捜査の目が向かないような工夫を覚え、《ゲネプロ》で完璧な計画に穴がないかどうか最終確認をする。そし、《本番》で実行しよう。
つまらない人間には、制裁を加えなければ。
私の心に潜む闇は光を見ることを知らないままになってしまう。
あくまで推測と言う他ないのだが、概ねそんな思考の中に生きていたのだろう。彼女の思考回路と同化し出てきた言葉を使えば、《本番》を迎えるにあたって《稽古》や《ゲネプロ》として使われた人物たちには申し訳ない、の言葉しか浮かばない。俺がもっと早く重い腰を上げていれば、こんな事にはならなかったのに。
「俺は、警察という場所が嫌いだ。だから、俺が手を下せるのはここまで。この事実とはまだ言えない推測を警察の前で口にするか否かは、お前が判断すればいい。」
依頼人のために作る口調と表情は続ければ続けるほど疲れを生み、同化を進め、元の戻れないのではないかという錯覚まで生む。こんな気持ちの悪い口調と表情と同化するなど、俺の心を蝕まれるなど、どうしても許せない。だから全てを解決し、依頼人の手に全てをゆだねる事になった先では元の口調に戻す。自分を守るにはそれ以外の方法はない。
その、あまりの変わりように依頼人は驚きを必死に隠しているように見えて隠せていない。
「あ、ありがとうございました。」
口調の通り、深々と丁寧なお辞儀をした依頼人は、警察の前で口にするか否かはまた考えます、と予想外の事を口にした。てっきり冤罪を晴らすために警察へ足を運ぶとばかり思っていたが、違うようだ。本当に好きであれば、きっと冤罪を晴らしたいと思うはずなのだが、俺の思考は間違っているのだろうか。いや、そもそも依頼内容との齟齬も生まれているのだが、
彼女は一体何のために来たのだろうか。
これが、後に新人探偵を抱えた上での事件に繋がるとは夢にも思わず、俺はその思考を手放した上でについた。
tearー化物になった私ー 真白みかづき @sayo_maguro04
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