伊集院の場合(後編)
田中京子との関係はとても順風満帆だった。
女子高生を使う、という性質上作品は数年に一度しか納品されない。だがそのデメリットを上回るクオリティで必ず仕上がってきた。
僕は納品の度に高額の報酬を渡していた。田中はあまり興味がないようだった。
たまに直接会って作品への賛美の言葉をかけても、彼女の瞳からわずかに覗く悲しみは拭えなかった。
でもそれ以外は何も問題はなかった。
田中の作品はどこを見ても美しかった。製作中に暴れられたりすると余計な傷がついたりするが、そんなものはどこにもなく、保存の為に内臓を取り除いた傷跡すらも分かりづらいように工夫されている。
手足の切断面が見えていても中々美しさに集中できないが、それも目立たないように縫合されていて女体特有の柔らかな曲線を際立たせている。まるで初めからそう造られたものかのように。
残虐な行為でありながらアートとして昇華してしまう田中の手腕にただただ感動していた。
これ程の腕なのだ。外科医にでもなれば順風満帆だったろうに、そうなることを許容できなかった彼女は、幸か、不幸か。
彼女は、幸せだった、と答えてくれただろうか。
警察の動向を探らせている部下から田中のことをデータベースで調べていた刑事がいるとの知らせが入った。
よほど優秀な刑事かと思って聞くと、書類整理を言い渡されているような窓際の刑事だった。経歴を調べても田中が負けるような相手では無いと判断した。だが念のため警戒するように田中に知らせておくと、彼女は迅速に更なる証拠の隠滅をしてくれた。
さすがの対応に安堵し、部下を好きに使ってよいと指示を出すと、後は任せて次の作品完成の連絡を待てば良いと気楽に過ごしていた。
まさか、次の手紙が最後になるだなんて思わずに。
手紙を開いた時には手遅れだった。
それはまさしく遺書であり、読んだ時にはもう自殺を済ませた後だった。
遺書には田中と接触した刑事とのことや想いが綴られていたーー
『拝啓
いつもお世話になっております。また今までの多大なる応援に感謝を申し上げます。
いきなりですが本題に入ります。この度私田中京子は○月○日に自殺をすることにしました。
ご迷惑をおかけすると思いますが、最後のお願いを聞いていただきたく、これまでの経緯をここに記したいと思います。
伊集院様のご心配通り刑事が訪ねてきました。刑事達はたわいもない実力であることが透けて見えて、最初は軽くいなせていました。でも彼女は人の神経を逆撫でするのがお上手だったようです。
彼女は偽善的な正義論を振りかざし、我々のような人間が悩みながらもしてきたことを一蹴しようとしました。
私はとても我慢が出来ず、思わず言い返してしまいました。きっと、あれでは自白と受け取られてしまうでしょう。訝しむ目で見られてしまいました。
今までは生徒たちが自発的に家出して行方不明だと装えていましたが、私まで辿り着かれた上に私がボロを出しかねません。自白を強要されてしまえばそのまま
確かに私が犯した罪です。でも彼女達のような人間に、彼女達の価値観で私の作品達が世間に晒されてしまうのはとても耐えられません。
そうなる前に彼女達自身の正義感で身を滅ぼしてもらおうと思いました。
きっと被疑者が自殺したら罪悪感で悩まされるでしょう。しかも物証は簡単には見つかりません。犯人として立証できたとしても、できなかったとしても、手遅れだったことを後悔させてやりたいのです。
ささやかな復讐ではありますが、それだけではありません。
どうせ死ぬのなら、私も作品になりたいのです。このわがままをどうか伊集院様のツテで叶えてもらえないでしょうか。
出来るならば私の敬愛するホルマリン作家のH様に製作していただけると嬉しいです。
表向きの遺書には伊集院様に遠い親戚として遺体を回収してもらうよう書いておきました。伊集院様の方でも取り計らってもらいたいです。
伊集院様にはいつも私の作品を賞賛してもらえて本当に嬉しかったです。でも理解はしてもらえても私のように製作しよう、とまで思ってもらえなかったのは少しばかり悲しかったです。
きっとそこまで思わせる力が私の作品にはなかったのでしょう。初めてお会いした時に、きっと仲間だろうと思っていたのですが、残念です。
でももうそれもいいのです。今書き記しながらも、私の体がH様の手でどんな作品に仕上がるのか妄想するだけで、喜びで体が震えてしまいます。
今までありがとうございました。
伊集院様もH様も最後の作品をお楽しみください。
敬具
田中京子
伊集院
伊集院は読み終わるや膝から崩れ落ちた。生暖かい感触が顔を伝っていく。触ると、泣いているのだと気付く。
初めて、まともな人間らしい感情が動くのが感じた。
彼女の作品を二度と見られない。彼女に二度と会えない。
それはなんて、哀しく、寂しいのだろう。
ああ、僕は彼女の心の底からの笑顔が見たかったのか。真の理解者として彼女と語り合いたかった。
そう思った時には、もう遅かった。
警察から田中の遺体が届けられる。不審死として少しばかり検死された跡があったが、綺麗な、今にも動きそうで生前を彷彿とさせる遺体だった。
遺言通り、彼女を作品へと昇華する。作家のHも人間のホルマリン漬けは初めてだったようだが、勉強はしてきたようだ。田中の作品には見劣りするものの、彼女を美しく切り取る。
いつもだと、頭部は破棄する。だが、もう僕には怖いものはなかった。
彼女の満足気な少し微笑んで見える顔もそのまま綺麗に液に漬けてもらう。手足はどうしても興味がそそられなかったので、Hに譲渡する。
田中を最高傑作として僕の屋敷の一番綺麗な部屋に飾った。使用人を解雇した自分一人の屋敷を全て綺麗にするのはなかなかできなかった。でも田中のいる部屋だけは常に綺麗にしていた。
最後にもう一度、作品の瓶を綺麗に磨き上げる。見納めになるから、とじっくり見ていたが、時間がギリギリになってしまった。
急いで駅に向かう。
写真で何度も確認した姿を探す。
見つけた瞬間、武者震いを感じた。
あとはもう、一瞬だった。
僕は決して忘れないだろう。あいつの背中を押した感触を。目の前が赤く染まった時の達成感を。
彼女もこんな高揚感を感じていたのだろうか。
事故を知らせるアナウンスが、ファンファーレのように鳴り響いていた。
底冷えのする独房の中でも、その記憶が僕を熱くした。
artist 白藤 桜空 @sakura_nekomusume
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