伊集院の場合(中編)

 伊集院財閥の保有するホテルで闇サイトで見つけた作家と会うことにした。


 防音のされたスイートルームで、パトロン契約について話し合うことにした。








 その作家だと特定する為に、事前にこの部屋に入れる合言葉をメールで伝えておいた。


 部下に連れられて部屋に入ってきたのは二十代前半の女だった。




 てっきり男だとばかり思っていたので驚いたが、伊集院は彼女の目を見た瞬間に、同類だ、と確信した。






 自分を満足させる為ならどんな冷徹なことも出来る。






 そんな普通の人にはない、奥底に光る覚悟が覗いていた。




 伊集院はこの目をしているからこそあの作品が作れるのか、と納得と同時に歓喜で生唾を飲み込んだ。


 彼女こそ求めていたものだ、と。








 伊集院は座っていたソファから立ち上がる。




「初めまして。作家のTさんでお間違いないですね?僕はパトロンを申し出た者です。そちらの席へお座りください。」






 身なりからして平凡な所得だと見受けられた彼女だったが、部屋の豪華な内装に動じることもなくソファに座る。






「初めまして。私は田中京子と申します。」






 彼女は怖いもの知らずなのかあっさりと本名と思われる名前を告げた。






「お名前、話して大丈夫なんですか?」


「…………ここ、有名な伊集院グループのホテルですよね?しかもかなり高級。そんなホテルのスイートルームに案内してくるような身分の方に顔を見せた時点で隠しても無意味でしょう。だから教えました。まあ警察とかだったらもう終わりでしょうけど、メールであんなこと言ってくる人初めてだったし、信じてみようかと思いまして。」






 思わぬ返答でありつつ、彼女の性格がよくわかった。彼女ならビジネスパートナーとしてうまくやっていけるだろう。





「では僕もその信頼に答えます。僕は伊集院一慶ただよし。伊集院グループ会長なんかをやってます。と言っても親から受け継いだだけの形だけの会長で、実務はほとんど任せきりですが。」




 そう言うと、田中にじっと見つめられた。




「驚きました。まさか会長さんだったとは。とてもお若いんですね。……もしかして、このの為にわざと実務を任せている、とかだったりします?」




 まさしくその通りだったので、無言で微笑む。




「自己紹介も済みましたし、早速契約についてお話しませんか?」


「……そうですね。」




 彼女は自分で聞いておきながら興味のなさそうな顔で話をそらしたことに乗ってくれた。


















 パトロン契約を結ぶための条件を二人で話し合う。






 彼女から求められたのは安全なアトリエと廃棄物の処理場所の提供。それと制作費の援助。




 僕からは出来上がった作品の納品。これだけだ。


 だがこれが一番難しくて大事だった。








 なぜなら、彼女の作品は、女子高生の切断遺体のホルマリン漬けなのだから。












 田中にはメールでは支援だけと伝えてあり、納品については直接あってから伝えるかどうか考えようと思っていた。




 もし作家が破滅的な思想でホルマリン漬けを作っているのなら納品してもらっても作家に巻き込まれて逮捕されてしまう。そんなのはまっぴらだ。




 逆に純粋に作家として作り続けたい人間だったら犯罪の痕跡を完璧に隠し続けるはずだ。


 そういう人間だったらこちらも安定供給と犯罪のもみ消しをしやすくなる。


 しかもそういう人物なら顔を見せた時点で危険性を理解しているから交渉に乗ってもらいやすい。これに当てはまった時にだけ条件を持ちかけよう、と考えていたのだ。






 そして後者であった彼女は、最初からこの話を持ちかけられることを察していたようだ。






 しかも彼女とは欲しいが違った。




 彼女は手足のみ。僕は胴体のみ。それぞれそこにしか美しさを見出せなかった。




 闇サイトでは彼女は手足のホルマリン漬けしか載せてないことから、もしや、と思っていたがビンゴだった。




 今まで彼女は胴体はおまけ感覚で、かといって処分するには危なすぎる部位だからと、ホルマリン漬けの練習用にしていたらしいが、僕はそここそが欲しかった。




 さらに、彼女は切り刻んでホルマリン漬けにする、という過程も含めて楽しんでいたが、僕は完成されたものにしか興味がわかなかった。








 まるで歯車のように利害が一致した僕らはパトロン契約を結べた。








 僕らは話し合っている間に少しずつ打ち解けた。


 なにせ闇サイトでは細々と語れても、こんな風に目の前の相手に堂々との話をするなんてお互いに初体験だった。




 僕はやっと作品を手に入れられる、という喜びでホルマリン漬けの素晴らしさを語っていた。


 彼女も笑顔で聴きながら同意してくれ続けた。






 だが、時々寂しげで遠い瞳をしていた。


 僕の周りで見たことのないその瞳に、なんだか胸のあたりがざわついた。








 初会合はお開きとなり、今後は怪しまれないよう滅多に直接会わないことを決めた。


 ただ、僕の脳裏には彼女のその寂しげな瞳が刻まれていた。

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