伊集院の場合(前編)


 分厚くて重い雲間からポツポツと雨が降り続いている。


 雨は高級住宅街の中にある、一際大きな西洋風の屋敷も湿らせていた。


 広大な敷地でさらに3階建てという大きさの割に、人気が少なく静かだ。






 屋敷の中で電話の音がかすかになり始める。


 執事服を着た中年の男が受話器を取り、しばらく話し込んだ後、二階の一室に向かう。


 執務室の扉をノックして、部屋の主人に伝言を伝える。






「お仕事中失礼致します。警察から連絡がございました。…………旦那様と奥様と思われるご遺体が見つかったそうです。急ぎご支度願います。」






 机で仕事をしていた青年が顔を上げる。


 雨が止みはじめた雲の切れ間の光がその横顔を照らしていた。
















 その男、伊集院一慶いじゅういんただよしは執事長の桑名くわなを連れて連絡をくれた警察署へ赴く。






 彼の両親は大手企業を多数束ねる財閥の社長夫妻で、普段は多忙を極めていた。


 夫妻は久々に長期休みを取れたので、旅行に向かっていた。


 だが雨で移動中の車が横転して事故死したらしい。






 伊集院は遺体安置所で検死官からの事故の説明を静かに聞く。


 二人の遺体は泥汚れが綺麗に拭われてはいたが、事故で負った傷跡が見える。




 伊集院は肩を震わせはじめ、顔を手で覆い俯く。


 桑名はまだ若い次期当主には辛かろう、と遺体安置所の外へ連れ出し、警察からより詳しい事情を聞きに行った。








 一人廊下のベンチに座らされた伊集院は顔を覆っていた手を外す。


 彼の手のひらは涙で濡れていることはなく、顔はにやけていた。






「思ったより早く死んでくれたな。」






 彼の言葉は誰にも聞かれることなく、空気へ霧散した。


























 子供の頃から財閥の御曹司、というだけで、狡猾な嘘で自分のことを操ろうとしてくる大人たちばかり近付いてきた。


 10代の頃には社会経験としてたくさんの女と閨を共にしたが、どれも自分の身分と金を目当てにしているのが透けて見えて辟易した。


 自分にベタベタと媚を売るために触ってくる手足も鬱陶しくなった。


 だが中身にはうんざりしても、女体が柔らかく美しいものだと感じるのには変わりはなかった。








 ならば不要なものは切ってしまえばいい。








 そう気づいた時に、両親も邪魔だと気づいた。


 偽善的で人助けだの社会貢献だので他人の為に身を粉にして働く両親に、こんな思想は淘汰されてしまう。




 早く好きに生きられる為にさっさと死んでくれないかと思っていたらあっさり死んでくれた。








 これからは自由に生きられる。






 伊集院はますます笑みを深めた。






























 それから二十年余り。伊集院は財閥としての仕事は優秀な人間にある程度任せつつ、両親の遺産を元手に投資家として活動し始めた。

 会社経営はどうやってもある程度の時間を拘束されるが、投資家なら少しばかり時間の調整がしやすい。


 そうやって自分の人生に余暇を設けられるようにした。






 空けた時間は自分の生きがいに費やすものだ。

 そして金を持っているなら芸術家にこそ投資をすべきだ。

 昔から良い作品には良いパトロンがいるものだし。


 それがたとえ人に言えないような作品でも。








 などと考えを巡らせながらパソコンで闇サイトを練り歩く。自分好みの作品を投稿しているものがいないか隅から隅までチェックする。




 淡々とスクロールをしていたが、それを見た瞬間、心臓が鷲掴みにされたように感じた。






 なんて生き生きと、美しいことか。


 それでいてこんなにも豪胆な作品を作れる人がいるなんて。






 伊集院はこの人こそ支援したい、と感じた。


 熱に浮かされたような顔をした伊集院の後ろには、四肢と頭を切り取られた女キャラのフィギュアが飾られていた。

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