女刑事の場合(後編)

 街灯や電飾看板が夜とは思えない明るさできらめき、都市部からほど近いもののどこか下町の雰囲気が漂い、パチンコや居酒屋の喧騒でガヤガヤとけたたましい駅。


 駅構内からは大量のスーツ姿の人達が吐き出された。


 仕事終わりの人間達はまっすぐ家路に向かう中、少しくたびれたスーツ姿の男女一組が一つのスマホを見ている。










 地図アプリを開きながら男が女に話しかける。


「黒瀬さん、これ徒歩だと30分以上かかりますよ?タクりましょ。経費落ちるでしょ?」




 黒瀬と呼ばれた女はこいつ何を言ってるのだ、という顔をする。


「安岡お前何言ってンの?私らの立場で経費落ちるわけないだろ。むしろ現場に出てるのバレたら始末書。本来怪しい案件は現場の奴に渡さなきゃなんだから。でもこれで犯人に繋がったら脱書類整理のチャンスだ、しくじるなよ。」




「黒瀬さん。所々本音漏れてます……。じゃあせめてバス使いましょ。俺調べま、あ、ちょっと!」




 黒瀬は安岡の話を無視して歩き始める。目的地と反対方向の道へ。


 安岡は、この方向音痴で今までどうやって仕事してたのだろう、という言葉を飲み込みながら黒瀬を正しい道へと導くのであった。














 黒瀬が定期的に違う道に進むのを安岡が止めつつ、結局一時間近くかけて目的のアパートへと辿り着いた。


 駅前の様相とは打って変わって街灯も少なく、住宅しかない閑静な場所だ。


 アパートには20台近く停められそうな駐車場が隣接していて、二人はそこを抜けて中へ入った。




 田中と書かれた表札の部屋のインターホンを黒瀬が鳴らす。


 黒髪を後ろに一つにまとめたメガネの女が扉を開けた。真面目そうな、しかしどこか神経質そうな印象を受けた。


 黒瀬はその女が田中京子か確認すると、行方不明の少女達の話を持ち出した。


 田中は少し驚いたものの、見つかったんですか?と問いかけてきた。


 黒瀬は気になる点が出たので当時の関係者に再度話を聞きにきた、とある意味嘘偽りのない理由で部屋に上げてもらう。








 部屋の中は女性にしては殺風景で、趣味や好きなものがなさそうな、面白みのなさそうな人間の部屋のように見えた。


 ただどこか綺麗すぎて不気味にも思える部屋だった。


 部屋の隅や台所をさっと盗み見ても、汚れがほとんどなく、そもそも生活をしているのか怪しくなる程だ。経験上こういう部屋は潔癖症かやましいことがある人によく見られる気がする。彼女はどちらだろうか。








 田中に席を促されたことで、思考を彼女に集中する。


 彼女と話し始めると、本当に平凡な教員の一人のように思えた。行方不明の少女達のリストを渡すと彼女達の印象を語ってくれたが、どれも教師から見た当時の状況を語ってくれた。過去の調書ともズレはない。


 隣に座った安岡と目が合うと、なぜこの人を疑っているのか?という顔をされた。




 どうやら安岡は気づいていないようだ。




 田中にこちらが質問しても、こちらは追加の情報が得られないのに、田中から捜査の情報を聞き出されていることに。


 上手く世間話のようなたわいもない感じで聞き出してくるので、経験の浅い安岡は気づかないようだが、これは犯人やその関係者の常套手段だ。




 思わぬアタリの気配に喜びつつも、物証は一つもないから自白を促すしかない。


 こちらも負けじと聞き出そうとするが、彼女には予想の範囲内なのかのらりくらりもかわされる。


 黒瀬は苛立ち、なぜ自分が犯人を探したいのか、なぜ警察をやっているのか。どんな理由があろうとも犯罪は悪だ。必ず犯人は捕まえてみせる、等と思わず熱く語ってしまう。








 すると田中の雰囲気が一変した。今まで対峙してきたどんな凶悪な犯人からも感じたことのない、底冷えのする怒気。


 安岡も流石に感じ取ったのか恐怖で固まっている。


 田中の表情は今までと変わらないのに、目には底の見えない暗さが宿る。




 田中が口を開く。








 犯罪者にも止むに止まれずに罪を犯した人もいるのでは?








 黒瀬はこれはチャンスだと感じた。田中から発される凍える怒気に手が震えながらも、効果のあった持論をさらに言い募る。


 話せば話す程部屋の気温が下がったように感じたが、田中はそれ以上何も話さなかった。


 田中自身も体を震わせ始めたように感じ、追い打ちをかけようとすると、突然田中が立ち上がる。






 貴方なんかに理解出来ない!






 そう田中が叫ぶと、そのまま部屋を追い出された。


 安岡と二人、呆気に取られる。


 先に安岡が動き出したと思ったら、ノートのメモを見せられた。




「彼女も何かの被害者なのでは?」




 安岡がちらりと田中の部屋を覗き見る。


 部屋からカタン、と移動したような物音が聞こえた。


 黒瀬は加害者とばかり思い込んでいた自分を恥じ、安岡と二人で、田中を加害者と被害者の両面で調べることにした。










 田中の部屋を訪れてから、幾ばくか経った。


 部屋を訪れた直後に、田中の様子から事件関係者だと感じたことを上司に報告したら、いきなり関係者の部屋を訪れたことを咎められ始末書を書かされた。しかし再捜査を認めてもらった。


 だが何度調べても物証がなく、状況証拠も証言すらも取れなかった。


 上司からは一度未解決として処理された行方不明者にこれ以上時間を割けないと判断され、再捜査も打ち切りになった。






 黒瀬は田中を不用意な発言で怒らせたことを謝罪しに、安岡と共にもう一度田中を訪ねに行く。


 しかしチャイムを鳴らしても反応がない。電気が付いているのに物音ひとつせず、部屋からわずかに異臭がした。


 黒瀬は嫌な予感がした。


 安岡に大家を連れてこさせ部屋を開けて中に入る。


 臭いでえづく大家を安岡に任せ、臭いの強い風呂場へ急ぐ。そこには自殺にしか見えない田中の姿があった。








 決定的だったのは、田中の遺書の内容だった。


「女刑事が訪れた時に心理的に不快にされ、夜も寝られなくなった。悪夢から解放される為に楽になります。」




 黒瀬は事件に無関係のものを自殺に追い込んだとして、責任を問われた。黒瀬自身、刑事として続けられる自信がなくなり辞職した。








 黒瀬は刑事として最後の退勤中、ホームで電車を待っていた。


 平日の夜だ。ホームにはそこそこ人が溢れていた。


 黒瀬の後ろで人影が動いた。


















 数分後、ホームでは人身事故があったという放送が流れた。

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