8
数日後、二人は小さな祭壇の前に立っていた
「どうして?」
「どうしてって?」
「どうして、変わってしまったの?」
「変わるのは悪い事かしら?」
「悪い事ではないと思うのだけれど、どうしても、どうしても、わからないの」
「なにが?」
「この胸の痛みや、吐き気をなんて呼ぶべきなのか
からだの不調ではない、この感覚をなんて呼ぶべきなのか
ねぇ、貴女なら、答えをしっているかしら?」
「わからないわ
けれど、私は今、とても、幸せだとわかっているの。だって、この体には……」
柚依はそっと下腹部に手を当てた
まるで、そこに何かがいるとでも言っているかのように
責めるような口調で話していた瑠奈は、はっと息を呑み、その意味を懸命に理解しようとして、放棄した
AIが瑠奈の心拍数、瞳孔の異変から異常を知らせる警戒音を出していたが、月が出ているような夜半にはモニターを見る者はおらず、空しく室内に響くだけだった。観察を行うべき二人に慢心がなかったなら、夜間も誰かしらモニターを観察していただろう。だが、順調に感情の育みが行われている。と、思い込み実験の成功を確信していた二人が残る事はなかった
瑠奈は、変化を望んでいたわけではない
死が二人に訪れるまで、この穏やかな世界で延々と二人だけの日常を過ごしていたかったのだ
そこに現れた異分子が、柚依のかたちを変えてしまった
もとのかたちに戻すにはどうしたらいいのか。今の瑠奈にはわからなかったが、ただ、下腹部の近くで大きな変化があるのだろう。と言う事は理解していた
もし、もしも、二人がもとに戻る可能性があるならば、かたちをもとに戻せばいい。それには、変わったものを取り除いてしまえばいい。瑠奈はそう考えていた
「ずっと、このままでよかったのに……」
瑠奈の言葉に柚依は首を傾げる
「今の方がずっと生を感じるわ。私と、あの人と、この子と、三人で……」
変化に瑠奈は含まれていない
当然のことだ。情緒が育ったのも、変化を受け入れたのも、先を望んだのも、柚依だけだったのだから
だが、瑠奈は歪な自身の感情を理解していない。授業と称された情操教育を放棄し続けた瑠奈には、自身の感情を適切に判断する知識が圧倒的に足りなかったのだ
「どうして?」
瑠奈は一歩、柚依に近づく
「どうして、変わってしまったの?」
感情の無い、平坦な声に柚依がおびえたように一歩後ずさる
まさしく、狂気と呼ぶにふさわしい感情に呑まれている瑠奈は、表情を変えずに柚依を壁際に追い詰めていく
「どうしたら、戻るの?
柚依、どうして、変わってしまったの?」
繰り返される問いかけに対応する答えを返す事は出来ない
適当な事を言うわけにもいかず、柚依は、じわりじわりと距離を詰めてくる瑠奈を知らないものを見るような目で見つめる事しかできなかった
「戻ろう。戻ろう、柚依」
口調だけは穏やかに、瑠奈はゆっくりと柚依に近づき、硬直した柚依の身体を抱きしめる
「……っ……あ……っが、あ、いた……あ」
ずぶり
抱きしめた柚依の腹部に何かが突き刺さる
痛みより先に熱を抱かせるそれは、崩れ落ちる柚依の身体に覆いかぶさる瑠奈の重みで、一気に体の中に沈んでいった
ごぽごぽと口から血を吐き出しながら、声を出す事もままならず、柚依の身体は小さく痙攣を繰り返す
瑠奈は、穏やかな空気を纏ったまま、柚依の下腹部に突き立てた杭を抜き、下腹部にあったものを消すかのように行為を繰り返す
それは、月が沈み、観測者がモニターを除く瞬間まで続いた
モニター越しに異常を理解した二人は、実験を中断。箱庭の空気供給を止めるだけでその世界から興味をなくして部屋を後にした
「どうして?」
繰り返される問いかけに、答える人は誰もいない
CaseNo.002
制限された社会の中における対人関係の形成がもたらす思考の成長、及び情緒の発達過程の検証
対象者2名共に死亡につき強制的に終了
うち1名は、情緒形成の過程において環境変化がもたらす思考変化に精神が追い付かずに発狂。対象1名を殺害した為、処分が決定した
環境変化に拒絶反応を示した理由、及び観察者イリヤが対象者1名のみに教育を施した理由は共に不明。イリヤにおいては実験終了と共に自己破壊を実行し欠損。脳に埋め込まれていた記録媒体を回収。
対象1名の下腹部から、生命体の痕跡を発見。損傷が酷いが下腹部と共に回収
強制的に与えられた変化がもたらした様々な現象に対する検証を開始
処分対象となった者が、死亡した対象に対して相反する感情を抱いていたと推測されることから、当実験はは小さな祭壇の前に立っていた
「どうして?」
「どうしてって?」
「どうして、変わってしまったの?」
「変わるのは悪い事かしら?」
「悪い事ではないと思うのだけれど、どうしても、どうしても、わからないの」
「なにが?」
「この胸の痛みや、吐き気をなんて呼ぶべきなのか
からだの不調ではない、この感覚をなんて呼ぶべきなのか
ねぇ、貴女なら、答えをしっているかしら?」
「わからないわ
けれど、私は今、とても、幸せだとわかっているの。だって、この体には……」
柚依はそっと下腹部に手を当てた
まるで、そこに何かがいるとでも言っているかのように
責めるような口調で話していた瑠奈は、はっと息を呑み、その意味を懸命に理解しようとして、放棄した
AIが瑠奈の心拍数、瞳孔の異変から異常を知らせる警戒音を出していたが、月が出ているような夜半にはモニターを見る者はおらず、空しく室内に響くだけだった。観察を行うべき二人に慢心がなかったなら、夜間も誰かしらモニターを観察していただろう。だが、順調に感情の育みが行われている。と、思い込み実験の成功を確信していた二人が残る事はなかった
瑠奈は、変化を望んでいたわけではない
死が二人に訪れるまで、この穏やかな世界で延々と二人だけの日常を過ごしていたかったのだ
そこに現れた異分子が、柚依のかたちを変えてしまった
もとのかたちに戻すにはどうしたらいいのか。今の瑠奈にはわからなかったが、ただ、下腹部の近くで大きな変化があるのだろう。と言う事は理解していた
もし、もしも、二人がもとに戻る可能性があるならば、かたちをもとに戻せばいい。それには、変わったものを取り除いてしまえばいい。瑠奈はそう考えていた
「ずっと、このままでよかったのに……」
瑠奈の言葉に柚依は首を傾げる
「今の方がずっと生を感じるわ。私と、あの人と、この子と、三人で……」
変化に瑠奈は含まれていない
当然のことだ。情緒が育ったのも、変化を受け入れたのも、先を望んだのも、柚依だけだったのだから
だが、瑠奈は歪な自身の感情を理解していない。授業と称された情操教育を放棄し続けた瑠奈には、自身の感情を適切に判断する知識が圧倒的に足りなかったのだ
「どうして?」
瑠奈は一歩、柚依に近づく
「どうして、変わってしまったの?」
感情の無い、平坦な声に柚依がおびえたように一歩後ずさる
まさしく、狂気と呼ぶにふさわしい感情に呑まれている瑠奈は、表情を変えずに柚依を壁際に追い詰めていく
「どうしたら、戻るの?
柚依、どうして、変わってしまったの?」
繰り返される問いかけに対応する答えを返す事は出来ない
適当な事を言うわけにもいかず、柚依は、じわりじわりと距離を詰めてくる瑠奈を知らないものを見るような目で見つめる事しかできなかった
「戻ろう。戻ろう、柚依」
口調だけは穏やかに、瑠奈はゆっくりと柚依に近づき、硬直した柚依の身体を抱きしめる
「……っ……あ……っが、あ、いた……あ」
ずぶり
抱きしめた柚依の腹部に何かが突き刺さる
痛みより先に熱を抱かせるそれは、崩れ落ちる柚依の身体に覆いかぶさる瑠奈の重みで、一気に体の中に沈んでいった
ごぽごぽと口から血を吐き出しながら、声を出す事もままならず、柚依の身体は小さく痙攣を繰り返す
瑠奈は、穏やかな空気を纏ったまま、柚依の下腹部に突き立てた杭を抜き、下腹部にあったものを消すかのように行為を繰り返す
それは、月が沈み、観測者がモニターを除く瞬間まで続いた
モニター越しに異常を理解した二人は、実験を中断。箱庭の空気供給を止めるだけでその世界から興味をなくして部屋を後にした
「どうして?」
繰り返される問いかけに、答える人は誰もいない
CaseNo.002
制限された社会の中における対人関係の形成がもたらす思考の成長、及び情緒の発達過程の検証
対象者2名共に死亡につき強制的に終了
うち1名は、情緒形成の過程において環境変化がもたらす思考変化に精神が追い付かずに発狂。対象1名を殺害した為、処分が決定した
環境変化に拒絶反応を示した理由、及び観察者イリヤが対象者1名のみに教育を施した理由は共に不明。イリヤにおいては実験終了と共に自己破壊を実行し欠損。脳に埋め込まれていた記録媒体を回収。
対象1名の下腹部から、生命体の痕跡を発見。損傷が酷いが下腹部と共に回収
強制的に与えられた変化がもたらした様々な現象に対する検証を開始
処分対象となった者が、死亡した対象に対して相反する感情を抱いていたと推測されることから、当実験は旧世界において相反する感情を同時に抱く両価性の概念に基づき
Ambivalence と名付ける
箱庭実験 星詠 橙子 @Toko-A
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