第5話
その日、倭はいつもより遅い時間に夕食をとりに向かった。食堂は、夕食の時間になってすぐが一番混み、遅くなるほど人はまばらになる。夕食が出される時間内の最も遅い時間を選んで食堂に入れば、案の定席についている兵士は数人程度で、中にぱさぱさとした茶髪を見つけた。
「オイドクシア」
呼びかけながら、その人物の隣に食事を置く。彼女はちらりとこちらを見上げて、また食事に目を戻した。倭はそのまま椅子を引いて、ふんわりとそこに腰掛けた。
「あそこの——正面の、貼り紙は見た?」
「見た」
「……変だと思ったの。レーヌが一人しかいなくて」
「そういうものだと聞いた」
「そういうもの、って?」
「この国に王は一人だ。私たちは、——護衛士は、唯一人たる王を探し出し、守り抜かなければならない。……お前はただ隠れているんだ。紅か白かがそれを見つけ出し、護衛しながら
「……そう……どうりで、『訓練がいらない』わけね」
「それは、……紅白戦へ向けての訓練はな。普通の任務や鍛錬は行うだろう」
「だろうけど」
ぼやくように返しながら、倭はあの細い滝の奥を想った。きっと、誰も知らないような秘密の場所。どこかへ消えてしまいたいと思うたび、その場所がふと頭の中に現れる。
「——ふふ。私、誰にも見つけられないようなレーヌになろうかしら」
「訓練にならないな」
「それでもいいと思うの。王さまたちだって、誰にも触れられずそっとしておいてほしい時が、きっとあるわ。うふふ、従者は困り果ててしまうわね」
「全くだ」
呆れる声を聞きながら、そんなことが本当にできたらどれほど清々しいだろうか、と倭は思った。ただ一人、神様の時間に溶け込むように雲隠れをして。誰にも見つけられず、ひっそりと時間だけが過ぎて——。
「本当か? ——あ、なあ、君たち聞いたか?」
「はい?」
「今、帰ってきた和泉たちが
「はあ……」
報せ。改まってなんだろう、と倭は隣を見る。オイドクシアも一度だけ目を瞬かせていたが、そのまま匙を置いて姿勢を正していた。それで、倭も同じようにして正面を向く。
いつの間にやら食堂には大勢の兵士が戻ってきていて、例の報せとやらを待っているようだった。
それからしばらくも待たないうちに、和泉ともう一人の兵士が食堂へ足を踏み入れてきた。和泉は姿勢を正してから口を開く。
「お伝えします。明朝、ティアロル公イングリット・ヨハンナ王女がこのガザニア宮殿へ
以上、の言葉を聞いて、集っていた者たちが散り始める。天上の宮は普段から清められ閉じられているため、改めて調える必要はないものの、明日から大きく変わる動きについて準備が多くあるのは確かだった。倭とオイドクシアも、急いで食事を終えてからそれぞれの分担へと向かう。
ふと、食堂を出る直前に、倭はまだ残っている数人の人だかりを振り返った。指導者でもあるガザニア離宮勤めの武官と、王宮から来たらしい見慣れない武官、それに和泉を含んだ数名の儀仗訓練兵。
(お兄ちゃん……上の勤めになるのかしら……)
それはおかしいことには思えなかった。和泉は倭と違って、成績もよく、歴も長く、そして倭よりもこの仕事にきちんと向き合っている。
「また会えなくなる」などと思ってしまう倭より、ずっと——。
神様の時間 杪図南-Suwae Tonan @KusonemiWarolishForever
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