想いの交差が告げる時 ~ 楓side ~
新年。新しい年。
心新たに、様々なことが始まろうとする時。
でも、実際は大晦日から日にちが一日過ぎただけ。世界は昨日、いや去年と同じように周り、同じように日常が流れていく。大きな変化のない毎日に退屈さを感じつつも、そのことに心のどこかでは安心感を覚えている。そんな私――鈴村楓が彼を初詣に誘えるはずもなく、今年も家族と一緒にいつもの神社に来ていた。
「うう~寒いよ~」
私の隣で、妹の薫が身を震わせた。私の手を伝って、その震えが私にも移ってくる。
「大丈夫だ! 子どもは風の子、というじゃないか!」
少し前を歩いているお父さんが振り返り、わざとらしくガッツポーズをした。
いやいやいや。子どもでも寒いものは寒い。その意見には同意しかねる。
「あなた、前を見て歩かないと転ぶわよ。薫も、マフラーをもっとしっかり巻きなさい」
お母さんはそう言うと薫の前で屈み、マフラーを整えた。
「う~、マフラーあんまり好きじゃない~」
「わがまま言わないの。それに、お姉ちゃんとおそろいで可愛いじゃない」
ねぇ? と私に同意を求めてくる。いきなり聞かれても困るのだけれど、薫のマフラー姿が可愛いのは間違いないので、大きく頷いておいた。
「えへへへ、ほんと? ほんと?」
赤色のマフラーの先をいじりながら、薫は無邪気に笑った。その笑顔には一点の曇りもなく、ただただ真っ直ぐで素直だった。
私もこのくらい純粋なら彼を誘えたのかなと、我が妹ながら羨ましく思う。まぁでも、もう初詣は始まっているし、今さらどうしようもないんだけど。
お正月の午前中の神社はとても混んでいた。入り口のところにある手水舎から既にそこそこ並んでいるし、奥の境内の方はおそらくもっとすごいだろう。明日から三日間、ここで巫女さんのアルバイトをするけど大丈夫だろうか、と若干不安になる。
「あ、空いたー!」
パッと私の手を離れ、薫が手水舎の空いた
「薫~。お姉ちゃんと一緒にやろー!」
誘えなかったことをいつまでも悔やんでいてもしょうがない。ここはひとつ、可愛い薫とのお正月を楽しまないと!
そう気持ちを切り替え、私は空いている柄杓でお手本を見せ、薫に教える。妹の薫は今年で小学三年生。高校三年生になる私とは九歳も離れており、そこまでいけば兄弟特有(らしい)憎たらしさは微塵もなく、喧嘩なんてしたことがない。
「お姉ちゃん、教えてくれてありがとう~!」
あるのは、可愛いさだけだっ……なーんて。
私のハンカチで手を拭く妹を見てそんなことを考えていると、私のポケットのスマホが、ブーッと振動した。
「なんだろ」
見ると、メッセージアプリの通知が来ていた。友達の聖菜からだ。
>楓、あけおめ~! 今年もよろよろ~!
そんな文字の後に、可愛いハリネズミが黄緑色のマフラーをしたスタンプ。聖菜は本当に黄緑色が好きだなぁ、なんて思いつつ、「あけおめ!」という文字にカスタムしておいた猫のスタンプをポチリと送った。
すると数秒後に既読がつき、「クラスのグループ見たー? 委員長のあけおめが面白いよ(笑)」とメッセージが来た。
「クラスのグループ?」
よくやり取りをする友達のには通知が来るよう設定してあるが、クラスのグループは通知オフにしてある。じゃないと、男子の悪ふざけメッセージで通知が埋まってしまいそうだから。
スマホの画面をスライドさせていくと、メッセージが二十近く溜まっているお目当てのものが見つかった。
「ぷっ。なにこれ」
タップしてグループチャットを開くと、一番初めに委員長の「新春のお慶びを申し上げます。本年もどうぞよろしくお願いいたします」という意味不明なくらい堅いあけおめメッセージが出てきた。
>今見た! お慶びって、初めて聞いた(笑)
>私も(笑) どこの会社だよって感じ
そんな聖菜とのやりとりをしつつ、合間にクラスのグループのあけおめメッセージを見ていく。すると、同時に三つの「あけおめ!」というメッセージが新しく画面に浮かんだ。
「あ……」
その三つのうちの最後の送り主の名前を見て、思わず頬が緩む。「あけおめ!」という五文字の下に、アプリの仕様フォントで表示された、浜野悟の三文字。
私の好きな人の、名前。
ふと、彼の後にメッセージを連ねたくなって、私はフリック入力の画面を表示させた。タップ、右、下……フリックに沿って、「あけおめ!」の文字が送信前のコメント欄に表示される。
うーん、ちょっと文面を変えようかな。なんて思い、カーソルを移動させて「みんな~」を付け足す。
よし、オッケー。ポチリ。彼のメッセージの下に、「みんな~、あけおめ!」という文字列が、ポコンッ、と浮かんだ。
何の変哲もないメッセージだけど、彼が見てくれてたらいいな。
そんなことを考えながら、私は顔を上げた。
「あれ……?」
可愛い妹がどこにもいない。迷子? ……いや、違う。お父さんもお母さんもいないから、迷子なのは私?
冷たい風が、私の体の中を吹き抜けていった。
***
とりあえず境内の奥の方に行ったのは間違いないので、人の流れに乗って歩いて行った。お守りの授与やおみくじを引く社務所、古いお守りを引き受ける古神札納め所、お父さんが毎年書いている絵馬を奉納する絵馬掛所などあちこちを見て回ったが、人が多すぎて全然見つからなかった。
なぜか電話にも気づいてくれず、メッセージは送ったものの既読がつかない。万事休す、といった感じだった。
「どうしよ……」
邪魔にならないよう柱の影に隠れ、私はスマホをもう一度見る。着信通知も、メッセージ通知もない。
いずれ来そうな場所で時間を潰そうにも、聖菜は親戚の家に行くとかで会話は終わっちゃったし、私はソーシャルゲームとかしないからそういったアプリもない。むー、暇だ。
せめて暖かい場所でも探そうかとスマホを閉じた時、
「え、わっ⁉︎ ちょ、ちょっと……⁉︎」
まるで満員電車の入り口付近に乗った時みたいに、人がなだれ込んできた。なんとか抗おうとするも私一人の力では到底無理で、なされるがままに進行方向へと進む。
「あ、これ……参拝の列だ」
進んでいくうちに、みるみる社殿が大きくなっていく。そういえば、この付近は通行路と参拝列が交差してたっけ、と過去の記憶が今になって頭の中に浮かんだ。
そして人の流れは、初詣のために作られたお賽銭を入れるための大きな箱の前で止まり、それに伴って私もやっと解放された。
「んー、もうこのままお参りしてこうかな」
ここまで来てしまったのは、もしかしたら神様がお参りをしなさいと言っているのかもしれない。大して信仰心もないのにそんな感想を持ちながら、五円玉を取り出そうとトートバッグに視線を移した時だった。
「えっ……⁉︎」
すぐ隣、僅か数センチほどの距離に「彼」がいた。
え、うそ。なんで⁉︎
私の心臓が、一気に高鳴りを始める。あたりに響いていた
見間違いじゃないかと二度見、三度見するも、私の好きなクラスメイトに間違いない。
彼は私に気づいていないみたいで、ポケットに手を入れて何かを探している。
よし、声をかけよう。
そう心の中で決断する。
スー、ハー、スー、ハー……。
よし、心の準備オーケー。でも、ずっと見ていたのかな、なんて思われるのは恥ずかしいから、今気づいたみたいな感じで……
「あれ、浜野くん⁉」
「え、鈴村……⁉」
良かった! やっぱり浜野くんだ!
今年は良い年になりそう、と私は心の中で神様にお礼を言った。
***
その後、私たちは後列の邪魔にならないよう参拝を済ませ、焚き火の近くにある休憩所へと移動した。焚き火の周りには多くの人が集まっていたけど、風向きのおかげで私たちのいるところもほんのり暖かかった。
「そっか! 浜野くんは友達と来てたんだ!」
彼女とじゃなくて良かった、と心の底から安堵する。よくよく考えると、声をかけた時に浜野くんの友達が近くにいてもおかしくなかった。私、浜野くんしか見えてなかったんだな、と自覚し顔が少し熱くなる。
顔が赤いこと、バレてないかな?
心配になって彼の様子を伺うと、彼も顔が赤くなっていた。そういえばここは山で寒いからバレないか、とそっと寒さに感謝した。
「まぁ、はぐれちゃったんだけどな。そしたら参拝の列の集団に巻き込まれて、あそこに流れ着いてしまった」
「わっ、奇遇だ。私もそう! 家族と来てたんだけどはぐれちゃって、そのまま参拝の列に巻き込まれて漂流してた組! 漂流仲間だね!」
苦笑しつつも教えてくれた彼の状況は、まさに私と一緒だった。同じ時間に同じ場所に来ていて、同じようにはぐれてお互いひとりになったところで偶然会わせてくれるなんて、神様はなんて優しいんだろう。
その嬉しさのあまり、なんだか変なことを口走ったような気もするが、今の私にとっては些細なこと……
「なんだよ、漂流仲間って」
……でもないかも。少なくとも浜野くんは気になったみたい。
「え、私たち集団の波に流された者同士じゃん」
そうだよ! 私がこんな言葉を使ってしまったのは、浜野くんも似たようなこと言ってたからだよー!
「言葉のセンスが……」
がーん。ショックだ。でもでも仕方ないじゃん。私、国語の評価二点なんだし……って
「余計なお世話!」
なんだか心の中が忙しいことになりそうだったので、私は小さく深呼吸をした。スー、ハー……よし、大丈夫。違う話をしてみよう。
「ねぇねぇ! ちなみにだけど、さっきのお参りで何をお祈りしたの?」
あれあれ? これって聞いていいんだっけ?
「いやいやいや! 普通そういうことは言っちゃダメだろ!」
浜野くんは驚いたように言った。
あーやっぱり?
でも聞いちゃったら後には引けない。
「えー、なんで?」
「なんでもなにも、そういう決まり? だと思うし」
そう言うと、浜野くんは目を右往左往させた。
いったい何をお祈りしたんだろう。気になる……気になるなー。お正月だし、少しくらいあざとくなっても許されるかな?
「むぅー、いいじゃん」
私はわざとらしくむくれてみた。
やっぱりちょっとやり過ぎかな? 変に思われてたらどうしよう。……えーい、ここまでやったらあとは勢いだ!
「けちけちしないで、ほら! さん、はいっ!」
「すず……って言えるわけないだろ!」
コントみたいなノリツッコミが浜野くんから飛び出した。普段、比較的クールな彼にしては珍しい。
……てかあれ? まさか今、言いかけてた? 言いかけてたよね?
「すず……、すず……?」
国語の成績二点の頭で必死に考えてみる。いやでも数学は四点、答えを導き出すのは得意なはず……なんだけど、「鈴村」しか思い浮かばない。まさかそんなわけないだろうし…………でも、もしそうなら……。
「答えを導き出そうとするなって!」
頭をフル回転させていると、浜野くんからツッコミが入った。そこで一旦思考が止まり、私の頭の中には「私の名前かも」という言葉だけが取り残された。
「そ、そういう鈴村は、いったい何を祈ったんだよ?」
「ふぇ⁉ わ、私⁉」
よりにもよってそんな時に名前を呼ばれ、どきりと心臓が跳ねる。名前に気を取られるあまり内容が入ってこず、「え、え? 本当に私だったの⁉︎」という後で冷静になったら悶絶しそうな聞き間違いが頭の中をぐるぐる回っていた。
「いや、そんな驚くことないだろ。そっちから聞いてきたんだし」
そっちから聞いてきた……?
「あ、あー! お祈りね!」
浜野くんの一言で思考が停止し、浜野の一言で思考が活動を開始する。なんだか良いように操られているみたいで悔しい。
よしっ、ちょっと反撃しよう。
「私は、今年もみんなと仲良くいれる良い年でありますように、って祈ったよ!」
私は超ありきたりな内容を口にした。でも本当に思っていることだし、うそじゃない。まぁ実際に祈ったのは別のことだったんだけど。
「え、言っちゃうんだ。ってか、テンプレートのコピペ? 普通過ぎない?」
だよね。うん、私もそう思ってた。
でも今回は君の思い通りにはさせないよ?
「べ、べつにいいじゃん!」
私は怒ったようにぷいっと横を向いた。でもちょっとあからさますぎる気もして、恥ずかしくなる。あと、さっきから浜野くんと話しているのが嬉しすぎるせいで余計に顔が熱い。
「ご、ごめん。冗談だって」
浜野くんは慌てたように謝った。これはもしかして成功かも、と内心でガッツポーズをする。でも、もう少し彼の慌てた様子が見たくて、私は意地悪なことを思いついてしまった。
「人のお祈りをバカにするなんて……」
さらに顔を後ろに背け、私は声を震わせる。本当は顔の赤さとか、ニヨニヨしそうな表情を隠すためなんだけど。
「え、ごめん、ごめんって。鈴村の祈り事すごくいいと思う!」
さっきの数倍わたわたしつつ、彼はそう言った。
なんかそこまで必死になってくれると、嬉しい反面結構申し訳無くなってくる。
「……ぷっ」
でもそれ以上に、彼の狼狽した様子が面白くてもう限界だった。
「アハハッ! 戸惑い過ぎだよー。それくらいのことで怒らないって」
ごめんね、浜野くん。
そう心の中で謝るも、笑いがあとからあとから込み上げてくる。それは、さっきの彼の様子に対してもそうだけど、私のことで慌ててくれたのが嬉しくて、幸せで……。
これは面倒な女になるやつだな、と思い反省する。話題を変えようと、あたりを見渡すと、社務所の前に置かれた「おみくじ」の板が目についた。
「あ、そうだ! あれやろうよ!」
この神社のおみくじは、賽銭箱に百円を入れ、無造作に置かれたおみくじの束から自分で好きなものを選んで取る形式だ。
ちなみにこのおみくじを補充するのは、巫女さんの役目。私も明日からやらなければならない。でも今日はまだ巫女さんじゃないので、参拝者気分で神様に指針を示してもらおう。
「おみくじか。大丈夫かな」
すると、思いがけず浜野くんは少し渋い顔をした。
「ん? 大丈夫かな、ってどういうこと?」
不思議に思って聞いてみる。
もしかしたら、彼はおみくじとか信じないから引かないといった、そういうタイプなんだろうか。
「あ、いや……」
浜野くんは言葉に詰まった。その後も視線の先があっちこっち行っていて、どうやら言おうか言うまいか迷ってるみたいだった。その様子に、聞いちゃいけないことだったかな、と不安になったが、私はとりあえず彼の返事を待った。
「さっき友達と運任せのゲームをしてて、負けちゃって」
やむなし、といった感じで浜野くんは答えた。
なんだ、運が悪いからってことか!
もっと深刻なことかも、と身構えていたので、その言葉にほっと胸をなでおろす。
「んーそっか。じゃあ、今は運が悪いって感じなのか」
「あーいやいや! そうじゃないよ! 大丈夫!」
え? あれ? なんでそんなに一生懸命?
ぼそっとつぶやいた私の言葉に、浜野くんは全力でカバーしてきた。実は、彼にとっては割と重要なことだったのかもしれない。もしそうなら、私がなんとかしてあげたい。そんなことを思って対処法を考えていると、まるで天からのお告げのようにいいアイデアが頭の中に降ってきた。
「うん、じゃあこうしよう! 浜野くんのおみくじを、私が引いてあげる!」
「へ?」
「逆に、浜野くんは私のおみくじを引いてね。私は浜野くんの代理で神様に祈っておみくじを引いて、浜野くんの今年の指針を示してもらうから!」
これだ。私は今年、浜野くんに偶然初詣で出会えたという強運の持ち主。そんな私がおみくじを引けば、きっと良い運勢が出るに違いない。それに、おばあちゃんがおじいちゃんの代理でおみくじを引いた時もすごく良い内容で、しかも結構当たっていたとか言っていた。最初が肝心とも言うし、浜野くんには今年の初日くらいは幸せな気分でいて欲しい。
「ね? やってみようよ!」
こんな時は勢いが大切! おばあちゃんもそう言ってたし。
悩んでいる浜野くんの背中を押しつつ、私たちは社務所前まで移動した。おみくじの列の近くまで来てから、ちょっと強引だったかな、と後悔しかけたが、彼は「わかったよ」と了承してくれたので良しとする。
私たちはそのまま列に並ぶと、せめてお金は自分の財布から出した方が良いよね、という浜野くんの意見に従って、お互いに初穂料の百円を交換した。
「実はね、私のおばあちゃんがおじいちゃんのおみくじを代わりに引いたことがあったらしいの。そしたらびっくり! そのおみくじが結構当たってて、その年の良い指針になったんだって!」
代わりにおみくじを引くなんてあまりやらないことだろうし、少しでも納得してもらいたくて、私は根拠のエピソードを簡単に説明した。
「あ……そうなんだ」
あれ? これだけじゃやっぱりダメなのかな?
「しかもね、ここのおみくじは全国的に見ても結構当たるらしいよ!」
「へ、へぇー……」
「大切なのは、相手の代理だということを心の中で述べて、相手のことを思って引くことだって、おばあちゃんが言ってた!」
「りょ、了解……」
矢継ぎ早に、私は聞いたことや見たことを説明した。
でも、これが失敗だった。
私は自分で説明していくうちに、ある重大なことに気づいてしまった。
それは、私のおみくじは浜野くんが引く、ということ。
しかもおばあちゃん曰く、相手のことを強く思っており、心が近い人ほどそれは効果が高いらしい。占い的なことを真っ向から信じているわけじゃないけど、浜野くんが私のことを思って引いてくれたおみくじが当たっていたら……と思うと、ドキドキが止まらなかった。
そうこうしているうちに私たちの番になり、私は百円を賽銭箱に投げ入れた。カランカラン、と硬貨が木箱の縁に当たりすぐに見えなくなる。
とりあえず私は、浜野くんのおみくじを引くことに集中しよう。そう心に決め、おみくじの山に手を伸ばす。
浜野くんに幸せな気持ちで今年を始めてほしい。神様、どうか彼にとって良い指針を授けてください。
一心に願い、目に留まったひとつを静かに取る。
「よし……じゃあ、交換しよっか」
緊張と寒さで震える手を伸ばし、彼におみくじを渡し、そして受け取る。
うぅっ……。私から勧めておきながらすごく緊張してきた。
それに、よくよく考えてみると、悪い内容が書いてある可能性だってある。もしそうだったらどうしたらいいんだろう。そんな当たり前のことに気づかず勢いで言った過去の自分に、僅かながら腹が立つ。それでも……
浜野くんが私のために引いてくれたおみくじを慎重に開いていく。
慎重に、そっと、丁寧に……。
結果は――吉。
運勢の概要のところには、そのままの勢いを維持しつつも困難に備えよ、みたいなことが書いてあった。
それよりも浜野くんはどうだったんだろう? と思い、私は彼の方を見た。
「鈴村、どうだった?」
絶妙なタイミングで、浜野くんが先にそう聞いてきた。
「うん、吉だって」
「あ、じゃあ同じだ」
浜野くんはほっと胸を撫で下ろし、小さく笑った。
そんな彼の様子に、胸の奥がチクリと痛む。もしかしたら彼も同じような心配があったのかもと思うと、すごく申し訳なかった。数分前の調子に乗っていた自分をどつきたい。
それに、結局大吉を引けなかったことがたまらなく悔しい。
「むー、吉だったか。大吉を狙っていたのに」
他にはどんなことが書いてあるんだろうと思い、彼のおみくじをのぞき込んでみる。
ナニナニ……恋愛の項目は……困難あり。されど、諦めずに想い……
「いやでも、大吉ってこれから運気が下がってくっていうじゃん? これくらいが一番いいって」
サッとおみくじを隠しながら、浜野くんは小さく笑った。
もう少しで全部読めたのに、むー残念。
「そうかなぁー。大吉が出たら大大吉の年を目指せばいいじゃん」
私はのぞき見るのを諦め、小さく伸びをした。冷えた空気が、肺の中に満ちていく。火照った顔も冷えてくれたらいいのに、と思いながら。
「あ、ねぇ。これって結んだ方がいいんだっけ?」
思い出したように浜野くんが聞いてきた。あれ? どうだったっけ? と巫女さんのアルバイト研修の座学を思い出す。
「んー、実際はどっちでもいいらしいよ。生活の指針を見返すために持って帰るって人もいるし」
「そっか。じゃあ俺はせっかく鈴村が引いてくれたし、持って帰ることにしよう」
まるで日常会話をするみたいにさらりと、快活な笑みを浮かべて浜野くんは言った。
肺の冷たさが、急速に霧散していく。と同時に、顔の温度が急上昇した。
そんな嬉しいこと言われたら、勘違いしそうになるよ……。
「え、ありがとう。じゃあ、私も持って帰ろうかなっ。浜野くんが私のために引いてくれたおみくじだし!」
溢れてくる幸せを笑顔に代えて、私は彼を見つめた。私も、このおみくじだけは結びたくない。好きな人が私のために引いてくれた、かけがえのないおみくじだから。
ああ、やっぱり好きだな。
もう告白してしまおうかな。
好きな人の朗らかな笑顔を前にして、私はそんなことをふと思った。
「鈴村」
「え? 何?」
急に名前を呼ばれ、私は驚いた。
「俺さ」
え、なんだろう。そんなにジッと見つめられると、恥ずかしいよ……。
「鈴村が――」
「あーー! やっと見つけたぁ!!」
聞き慣れた声が、境内に響き渡った。近くにいたカップルや家族連れがチラチラとこちらに視線を向けてくる。
「あ、妹だ」
声の方を見ると、満面の笑みを浮かべて薫が手を振っていた。
「え? 鈴村の?」
「うん。あ、それで、何の話だっけ?」
手を振って妹に応えつつ、「ちょっと待っててー!」と叫んでおく。可愛い妹を待たせるのは忍びないが、今は浜野くんの話が聞きたい。
「え? あ、いや! なんでもない!」
えー。そんなぁー。
浜野くんは体の前で手を振りごまかしている。
ちょっと期待した分、私の落ち込みは大きい。
「じゃあ、また学校で、だな」
「あ、そだね」
もう話に戻るのは無理そうだ。薫も待っているし、今は姿が見えないけどお母さんたちも近くにいるだろうから、数分と経たないうちに来てしまうに違いない。でも……
その時、私の中に、本当にこのままでいいのかな、という疑問が生まれた。
「……」
「……」
さっき浜野くんからもらったおみくじの、運勢の概要に書いてあったことを思い出す。
―― そのままの勢いを維持しつつも困難に備えよ。
「……ん? どうした?」
どうしよ、どうしよ、どうしよう……。
「あのね」
「うん」
勢いが大切、勢いが大切……。
「実は私……」
言え! 言うんだ、私っ!
「……明日から三日間、ここで巫女さんのアルバイトをするの」
「へ?」
「……だから! 私、明日から三日間、巫女さんになるの! 結局、浜野くんに大吉引いてあげられなかったし……。うん、決めた! もし暇だったら、明日も来てね。来てくれたら、巫女さんの立場から浜野くんに大吉を引かせてあげるから!」
えーん、聖菜〜〜。言えなかったよう……。
私は思い浮かんだ言い訳をひと息に話した。浜野くんもよくわからないといった顔で、「いや、それもうおみくじの意味ないって」とか言ってるし、なんて思われてるか怖い。
「とにかく! お守りの授与でもいいから来てねー!」
妹の後ろの方にお母さんとお父さんの姿が見えたので、私は駆け出した。
こうなったら勝負は明日。来てくれないかもしれないけど、来てくれたら絶対に言ってみせる。
「お姉ちゃん、遅いよー」
「ごめんねー」
彼から貰ったおみくじを折りたたみ、ポケットに入れる。
「あら、お友達? それとも……彼氏かしら?」
「お母さん!」
今はまだ恋人じゃないけど、いつか、きっと……!
「お母さん、楓、薫。先に行ってなさい。お父さんは少し用事が……」
「お父さんっ!」
私はお父さんの腕を引っ張り、強引にその場から離れる。その途中、横目で彼の方を見ると、どうやら彼も友達と合流したみたいだった。
来年の初詣こそは、必ず……!
私はもう一度、参拝の時にお祈りしたことを思い出す。
――私は、今年中に想いを浜野くんに伝えるので、どうか見守っててください。
新年。新しい年。
心新たに、様々なことが始まろうとする時。
日にち的には、大晦日から一日過ぎただけだけど、気持ちの面では違う。
変わろうとするきっかけを与えてくれる時。それが、新年。
社務所を後にしてから、私はポケットにしまったおみくじをそっと取り出し、一番気になっていた項目に目を通す。
恋愛――待つも行くも吉。ただし、壁も多い。
上等だ。
今年は、今年こそは、今までと違う年にしてみせる。
私はそう、心に決めた。
想いの交差が告げる時 矢田川いつき @tatsuuu
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