想いの交差が告げる時

矢田川いつき

想いの交差が告げる時 ~ 悟side ~


 新年。新しい年。

 心新たに、様々なことが始まろうとする時。


 でも、実際は大晦日から日にちが一日過ぎただけだ。世界は昨日、いや去年と同じように周り、同じように日常が流れていく。特に変わり映えもしない毎日。変わってほしいと思う時もあるけれど、本心では怪しいところだ。そんな胸中のせいか、今年も俺――浜野悟はまのさとるは、去年と同じ友達と、同じように初詣に来ていた。


「やっぱ、めっちゃ人居んなー」


 この寒空に坊主頭の友達、相沢英治は身を震わせてつぶやいた。


「そりゃそうだよ。僕たちの地域じゃ、ここが一番大きい神社なんだから」


 その英治よりも頭一つ小さい小柄な友達、茂本拓哉は短く笑う。


「ほら、前進んだぞ」


 やたらとイチャイチャしながら手水を終えたカップルが手水舎を抜け、二人分の柄杓ひしゃくが空いた。なんとなくこの後にするのは嫌だったので、英治と拓哉に先を促す。


「なぁ、なんでこの寒い中、冷たい水で手を洗わなきゃならねーんだよ」


「心身を清めるためだよ。ほら、早くやろう」


「……やり方知らねーんだけど」


「えっ。英治、ほんと? じゃあ、僕が教えてあげるよ」


 なんかこいつらもイチャイチャしてね? と想像したくもないイメージと感想が俺の心の中にチラッと浮かんだ。いやいや、さっきのカップルのせいだろう、うん。

 無理矢理思考を停止させると、ちょうどもうひとつ柄杓が開いたので、俺も手と口をゆすいだ。山の寒気で冷やされた水に、カイロとホットミルクティーでやっと温めた温度が吸収されていく。

 英治の意見に共感を覚えつつ手水を終えると、先に二人が待っていた。イチャコラしていた割には早いな、こいつら。


「おっ、見ろよ。クラスのチャットグループも動いてんぞ」


 清めたばかりの手でスマホをいじり、英治が画面を俺たちに見せてきた。そこには、超真面目な学級委員長の「新春のお慶びを申し上げます。本年もどうぞよろしくお願いいたします」というお堅い文面から始まり、「あけおめー!」や「ことよろー!」という文字が数十個並んでいた。


「委員長のこれ、ネタかな?」


「いや、素だろ」


「っく、くっくっく。あっはっはっは! やめろよ、我慢してたのに~」


 何かのツボにはまったらしい英治を尻目に、俺は境内の方へと歩き出した。

 新年午前中の神社は、当たり前だがめちゃめちゃ混んでいた。カップルや家族連れ、友達、部活か何かの集まりなど、いろいろな人が談笑しながら雪道を歩いて行く。俺たちもそれに漏れず、部活で出会った中一からの腐れ縁であり、現在の高二まで毎年初詣に三人で来ている。

 そしておそらく今年も……


「よっし! 堅物委員長はともかく、俺たちは毎年恒例のアレ、やろうぜっ!」


 笑いが収まったらしい英治が快活な笑みを浮かべて言った。


「あーアレか。いいね」


 思い出したように、拓哉が頷く。

 アレとは、簡単なゲームをして勝敗を決め、神社の出入り口付近でやっている屋台の奢り役を決めるというしょうもない行事だ。ちなみに過去四回の勝負は、英治が三敗、俺が一敗、拓哉が全勝という結果になっている。


「英治、手持ちはあるのか?」


「へっ。去年の俺とは一味違うぜ。この日のためにバイトをして稼いだ!」


 いやもっと違うことのためにバイトしろよ、と思った。正月のこんな勝負に、どんだけこだわっているのか。まぁ、去年は勝負をしかけておきながら手持ちがなく、俺が立て替える羽目になったのでありがたいが。


「それで、どんな勝負にするの?」


 全勝している拓哉は余裕そうだ。今年こそその鼻を明かしてやりたいと思いつつも、なんだか早々に勝てない気がしてくるのはなぜだろう。


「んー、そうだな。じゃあ、このクラスグループの予約送信機能を使おうぜ。あけおめメッセージを一分後に送信されるようにセットして、最後表示されたやつが奢るってのはどうだ?」


「完全な運任せじゃねーか」


 このアプリでは、同時刻のメッセージ送信の表示順はランダムだ。しかも予約送信なら、完全に同じタイミングで送ることができる。処理速度とかの問題がありそうだが、そのあたりも運のうち、ということなのだろう。


「運か。僕はいいよ」


「随分と余裕だな」


 でも完全な運なら、頭のいい拓哉でもどうしようもない。俺はそう思い、承諾することにした。


「よっしゃ、じゃあいくぞ!」


 あけおめ! というこの日一番言われているであろう言葉をフリックして打ち、予約送信のボタンを押す。俺のスマホは処理速度も割と早いし、電波も好調。多分大丈夫な、はず。


「いよっしゃああぁ!」


「うそだろ……」


 一分後、表示された画面には、拓哉、英治、俺の順でコメントが並んでいた。


「あれ? 英治じゃないんだ」


 なんでこいつは運でも最強なんだ、などと恨み言を心の中で唱えつつ、俺はうなだれた。


「んじゃあ、悟。帰り道、よろしくなっ!」


「新年早々、災難だねー」


 喜びに満ち溢れた声と、冷静な口調から逃れるように、俺は自分のスマホに映ったメッセージたちを睨みつける。

 すると、ピコンッ、と通知音がなった。


 >みんな~、あけおめ!


 俺たちが送ったメッセージと同じ文字の羅列の下にあったのは、鈴村楓すずむらかえでという同じクラスメイトで……俺が好きな人の名前だった。

 彼女は、英治や拓哉と同じ中学からの同級生だ。しかし中学では、彼女のことを知り、好きになった二年生以外クラスは別で、部活も違っていた。そしてそのまま、特に接点を持つこともなく中学を卒業してしまったが、幸運にも高校も同じで、さらには高一、高二と同じクラスになった。そのおかげで少し話すようになったものの、距離は未だにクラスメイト以上の何物でもない。


「一緒に初詣とか、行きたいなー」


 思わずつぶやいてしまった自分の言葉に、俺はハッとした。もし英治や拓哉に聞かれようものなら、尋問されるに決まっているから。

 しかし周りには、見知らぬ高校生の集団と、家族連れしかいなかった。


「まさか、はぐれた……?」


 年明けからとことんついてないな、と思った。


 ***


 結局、境内のあちこちを探し回ったが見つからなかった。あちこち、といっても、俺たちの住んでいるこのあたりでは一番大きな神社ということもあり、かなり広い。しかもこの人混みの中では、かなり目立つ格好をしていなければ見つけることは難しい。


「ったく、なんで電話に出ないんだよ」


 その辺にあった寺の柱に寄りかかりながら、俺はスマホの画面を閉じた。

 ここはそこそこの山だが、さっきのゲームをしたように電波は普通に通っている。にもかかわらず、チャットアプリにも電話にも応答がなかった。まぁ一時的な通信障害は度々起きるので、そうしたものかもしれないと正月早々のイライラを落ち着かせる。


「にしても、どうすっかな……」


 こんな寒空の中、ひとりで何かをする気にはなれない。お守りもおみくじも長蛇の列だし、焚火の周りには人がこれでもかと群がっていて、暖を取って待つということはできそうもなかった。


「飲み物でも、買ってくるか」


 風邪でも引こうものなら本当に運が悪すぎる。せめてもの対策にと、動こうとした時だった。


「うわっ!」


 突然、近くの集団が一斉に移動し、背中を思い切り押された。


「ちょ、ちょっと……⁉」


 俺の声や抵抗も空しく、その集団に押されて前へ前へと進む。そのまま人の流れに流されること数秒、途端に体への圧力が弱まった。


「ここは……」


 目線よりもかなり高いところにある柵に、ひときわ大きな柱。そして、奥の方で祈祷をしているのか、意味不明な言葉が流れている厳かな雰囲気の社殿。その前には木製の大きい箱のような穴に白い布が隙間なく被せられており、五円玉やら百円玉といった貨幣に加え、千円札や五千円札といった紙幣が無造作に散らばっている。

 どうやら、参拝の列の流れに巻き込まれてしまったみたいだった。


「……とりあえず、お参りしておくか」


 正式に並んでいなかったのにお参りするのは気が引けるが、かといってお参りせずにここを出るのも変すぎる。

 微妙な心境の中、ポケットに忍ばせておいた小銭に手を伸ばした時、


「あれ、浜野くん⁉」


「え、鈴村……⁉」


 そこには、今日一番会いたかったクラスメイトがいた。


 ***


「そっか! 浜野くんは友達と来てたんだ!」


 鈴村の笑顔が、目の前で弾けた。首元の赤色のマフラーにセミロングの黒髪が入り込んでおり、より一層彼女の笑顔を引き立てている。この笑顔を見ているだけで、なんだか心の中が温かくなっていく気がした。


「まぁ、はぐれちゃったんだけどな。そしたら参拝の列の集団に巻き込まれて、あそこに流れ着いてしまった」


「わっ、奇遇だ。私もそう! 家族と来てたんだけどはぐれちゃって、そのまま参拝の列に巻き込まれて漂流してた組!」


 漂流仲間だね! と鈴村はまた短く笑った。その笑顔につられて俺も笑みを浮かべ、神社にいるのにもっと話したい欲が沸き上がってくる。

 なんだよ、漂流仲間って。え、私たち集団の波に流された者同士じゃん。言葉のセンスが……。余計なお世話!

 そんな何気ない会話が楽しく、ずっと話してたいさえと思ってしまう。


 偶然彼女と会った後、俺たちはとりあえず参拝を済ませ、邪魔にならない隅の方へと移動していた。そこは焚火の位置からも割と近く、風向きの関係で少しだけ暖かい空気が漂っており、絶好の立ち話場所だった。

 最初は新年早々運気が悪すぎると思ったが、今では撤回。さっきの参拝でも今年の決意と一緒にしっかり神様にお礼を言っておいたし、今もこうして話せているだけで幸せだった。


「ねぇねぇ! ちなみにだけど、さっきのお参りで何をお祈りしたの?」


 絶妙なタイミングで、鈴村はそんなことを聞いてきた。


「いやいやいや! 普通そういうことは言っちゃダメだろ!」


「えー、なんで?」


「なんでもなにも、そういう決まり? だと思うし」


 それに、仮に言って良かったとしても、鈴村に会わせてくれてありがとうと祈ってました、なんて言えるはずがない。


「むぅー、いいじゃん」


 鈴村はわざとらしくむくれた。恋心とも相まって、めっちゃ可愛い。鈴村と会わせてくれてありがとうございます、神様。


「けちけちしないで、ほら! さん、はいっ!」


「すず……って言えるわけないだろ!」


 うそだろ、あぶな! マジで言うところだった!


「すず……、すず……?」


「答えを導き出そうとするなって!」


 このままではまずい。とにかく話題を変えようと、俺はテストの時の十倍くらいの速さで頭をめぐらせる。


「そ、そういう鈴村は、いったい何を祈ったんだよ?」


「ふぇ⁉ わ、私⁉」


 全くの予想外、といったふうに彼女は驚いた。


「いや、そんな驚くことないだろ。そっちから聞いてきたんだし」


「あ、あー! お祈りね!」


 俺の祈りの内容を考えてて聞いてなかったのかな、などと思いながら、そうだよと先を促す。


「私は、今年もみんなと仲良くいれる良い年でありますように、って祈ったよ!」


「え、言っちゃうんだ。ってか、テンプレートのコピペ? 普通過ぎない?」


「べ、べつにいいじゃん!」


 鈴村は顔を真っ赤にして、ぷいっとそっぽを向いた。やっぱり好きだな、などと思いつつも、その言い方や態度がちょっと本気っぽかったので、焦りが心の中に浮かんできた。


「ご、ごめん。冗談だって」


「人のお祈りをバカにするなんて……」


 うそ、マジで怒ってる?


「え、ごめん、ごめんって。鈴村の祈り事すごくいいと思う!」


 嫌われようものなら冬休み明けから学校に行けなくなる。正月テンションで調子に乗り過ぎたことに、後悔の念が湧いてきた。


「……ぷっ」


 そこで、吹き出すような声が聞こえた。


「アハハッ! 戸惑い過ぎだよー。それくらいのことで怒らないって」


 鈴村の笑い声が、神社の隅で小さくこだました。

 あー焦った……。

 だまされた、という思いより、嫌われてなくて良かったという安心に、俺はほっと息をつく。


「あ、そうだ! あれやろうよ!」


 彼女はひとしきり笑うと、俺の後ろを指差した。見ると、そこには初詣の定番、おみくじを扱っている社務所があった。


「おみくじか。大丈夫かな」


「ん? 大丈夫かな、ってどういうこと?」


「あ、いや……」


 運任せゲームで負けたしなーなどと考えていたら、思わずそれが口に出てしまった。


「さっき友達と運任せのゲームをしてて、負けちゃって」


 今は運が悪いなどと言えば、鈴村に会えたことや彼女がおみくじを引きたいと言ったことを否定することになるかもしれないので、言葉を選びつつ俺は簡潔に説明した。我ながら神経を使い過ぎな気もするが、正月早々に今後の不安の種はまきたくない。


「んーそっか。じゃあ、今は運が悪いって感じなのか」


「あーいやいや! そうじゃないよ! 大丈夫!」


 まるで心を読み取ったかのような感想。鈴村は天真爛漫で、一見すると何も考えていないように見えることがあるが、変なところで察しが良く、意外と頭がいい。絶妙なところでその能力を発揮してきたな、などと思いつつ、さっき感じた不安が頭の中をよぎった。


「うん、じゃあこうしよう! 浜野くんのおみくじを、私が引いてあげる!」


「へ?」


「逆に、浜野くんは私のおみくじを引いてね。私は浜野くんの代理で神様に祈っておみくじを引いて、浜野くんの今年の指針を示してもらうから!」


 前言撤回。鈴村は頭がいいわけではないかもしれない。おみくじは自分で引いてこそ意味があるものなはず。……いやでも、代理参拝とかもあるし、そういうのもありなのか?

 俺が悩んでいると、鈴村は「ね? やってみようよ!」と背中をぐいぐいと押してきた。仕方なく、俺は「わかったよ」と了承し、おみくじの初穂料である百円を彼女に渡す。同じように彼女からも百円を受け取ると、俺たちはそれを握りしめて列に並んだ。


「実はね、私のおばあちゃんがおじいちゃんのおみくじを代わりに引いたことがあったらしいの。そしたらびっくり! そのおみくじが結構当たってて、その年の良い指針になったんだって!」


 列に並んでいる途中、鈴村は嬉しそうにそう言った。


「あ……そうなんだ」


 そんなことを聞くと、俺が鈴村のおみくじを引くのは、自分のを引く以上に重大なことのように思えてきた。俺が鈴村の、好きな人の今年の指針を神様にお願いして授けてもらう? そんなこと、緊張しないほうがおかしい。


「しかもね、ここのおみくじは全国的に見ても結構当たるらしいよ!」


「へ、へぇー……」


「大切なのは、相手の代理だということを心の中で述べて、相手のことを思って引くことだって、おばあちゃんが言ってた!」


「りょ、了解……」


 その後も鈴村はいろいろ話してきたが、俺は曖昧な返事を返すのが精いっぱいだった。気のせいか、手の中の百円玉がじんわりと湿ってきていた。

 そうこうしているうちに俺たちの番になり、俺は百円を賽銭箱に投げ入れた。心の中で、鈴村の幸せと、どうかそのための指針を授けてくださいと全身全霊で祈り、無造作に盛られているおみくじの山の中から一枚を取った。


「よし……じゃあ、交換しよっか」


 なんだか鈴村も緊張しているように見えた。まぁでも、それは俺が緊張しているからそう見えるだけかもしれない。俺自身、心配で手が少し震えていた。

 おみくじをお互いに交換し、かじかむ手でのり付けされた部分をはがし、広げていく。


 鈴村が俺のために引いてくれたおみくじ。


 結果は――吉。

 運勢の概要のところには、嬉しい出来事が舞い込むが油断せずに真摯に向き合え、みたいなことが書いてあった。


「鈴村、どうだった?」


 自分のことはともかく、俺が鈴村のために引いたおみくじの結果の方が気になった。


「うん、吉だって」


「あ、じゃあ同じだ」


 良かった、そんなに悪い結果じゃなくて。

 全身から力が抜けるのがわかった。凶とか引こうものなら、全額つぎ込んででも引き直しをするしかない。

 そんなことを考えていると、鈴村が俺のおみくじをのぞき込んできた。


「むー、吉だったか。大吉を狙っていたのに」


「いやでも、大吉ってこれから運気が下がってくっていうじゃん? これくらいが一番いいって」


「そうかなぁー」


 大吉が出たら大大吉の年を目指せばいいじゃん、とやたらたくましいことを彼女は口にする。やっぱり、彼女のポジティブさや前向きさには敵わないなと思った。それに、そういうところがどうしようもなく好きだし。


「あ、ねぇ。これって結んだ方がいいんだっけ?」


 緊張が抜けたことで、頭も回るようになった。おみくじと言えば、だいたい結んでいくイメージがある。結んでいかない場合もあるらしいけど、詳しくは知らない。


「んー、実際はどっちでもいいらしいよ。生活の指針を見返すために持って帰るって人もいるし」


「そっか。じゃあ俺はせっかく鈴村が引いてくれたし、持って帰ることにしよう」


 正直なところ、このおみくじだけは結びたくない。好きな人が自分のために引いてくれた、大切なおみくじだから。


「え、ありがとう。じゃあ、私も持って帰ろうかなっ」


 浜野くんが私のために引いてくれたおみくじだし! と鈴村は朗らかに笑った。


 ああ、やっぱり好きだな。

 もう告白してしまおうか。


 好きな人の綺麗な笑顔を前にして、俺はそんなことをふと思った。


「鈴村」


「え? 何?」


 そんなことは知る由もなく、彼女は聞き返してきた。


「俺さ」


 顔が、熱い。でも、今しかない。


「鈴村が――」


「あーー! やっと見つけたぁ!!」


 俺が一番肝心な部分を言う前に、大きな声がそれを遮った。

 その声の方を見ると、小さな女の子が満面の笑みを浮かべつつ、両手で手を振っていた。


「あ、妹だ」


「え? 鈴村の?」


 よく見ると、目元や口元が似ている。あの、屈託のない笑顔も。


「うん。あ、それで、何の話だっけ?」


「え? あ、いや! なんでもない!」


 今さら言えるわけない。ってか、こんな漫画みたいな展開があるのかよ。

 心中で恨み言を言いつつ、俺は鈴村の方に視線を戻した。


「じゃあ、また学校で、だな」


「あ、そだね」


「……」


「……」


「……ん? どうした?」


 そのまま妹の方に行くのかと思ったが、彼女は動かなかった。何かを迷うように、目を右往左往させている。


「あのね」


「うん」


 いつも思ったことを言う鈴村らしくないな、などという失礼な感想を持ちながら、彼女の言葉を待つ。


「実は私……」


 彼女の顔が赤くなっていた。

 え、なにこれ。まさか……。


「……明日から三日間、ここで巫女さんのアルバイトをするの」


「へ?」


「……だから! 私、明日から三日間、巫女さんになるの! 結局、浜野くんに大吉引いてあげられなかったし……。うん、決めた! もし暇だったら、明日も来てね。来てくれたら、巫女さんの立場から浜野くんに大吉を引かせてあげるから!」


「いや、それもうおみくじの意味ないって」


 一息に邪道なおみくじを勧める未来の巫女さんに、俺はツッコミを入れた。そんな俺の言葉を気に留めることもなく、「とにかく! お守りの授与でもいいから来てねー!」と叫び、彼女は妹の方へ駆けて行った。

 その後ろ姿を見送り終えると、俺は彼女が引いてくれたおみくじをもう一度見つめる。

 願望、健康、仕事……と個別の運勢について一言ずつ書かれている。そこでふと、恋愛の項目に目が留まった。


 恋愛――困難あり。されど、諦めずに想い続けよ。さすれば叶う。


 俺は今一度、参拝の時に心に決めたことを思い出す。


 ――俺は、今年中に自分の想いを鈴村に伝える。


 新年。新しい年。

 心新たに、様々なことが始まろうとする時。


 その実態は大晦日から一日過ぎただけだけど、気持ちの面では違う。

 変わろうとするきっかけを与えてくれる時。それが、新年。


「あ、見つけた! 悟ー! おーい!」


 俺は振り返り、その声の方に向かって走り出す。


 今年は今までとは違う年になる。……いや、違う年にしてみせる。

 ……とりあえず明日、また来ようかな。

 俺はそう、心に決めた。

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