燃ゆる光

黒幕横丁

燃ゆる光

 それは、新年を迎えた一月一日の深夜の話だった。

「ヒロ! 今から城を攻めにいくわよ!」

 炬燵でぬくぬくと正月特番を見ていた俺の家に殴りこんできたのは、幼馴染の夕紀だった。

「……今何時だと思っているんだよ。深夜の零時だぞ」

 俺はそう言って炬燵へと潜り込む。

「いいから、さっさと準備して」

「城って、岡山城じゃろ? そんなの日が昇ってからでも遅くないじゃろ」

「フッフッフ。私が岡山城で満足するとでも思っとるんか?」

「じゃあ、何処なん」

「備中高松城じゃ!」

「はぁ?」

 備中高松城。

 戦国時代に備中国高松に築城されていた城。松山城主・三村氏の命により、備中守護代で三村氏の有力家臣でもあった石川氏が築いたとされる城である。

 天正十年に織田信長の家臣、羽柴秀吉により水攻めに遭い水没した城でも有名である。

 そんな備中高松城は俺の家から十五キロくらいある。

「備中高松城へ行くにしても、この時間はもう終電終わっとろうが」

「誰も電車で行こうとは言ってなかろう? こんな時間でも行ける手段があるがぁ」

 何故か俺の脳内で嫌な予感が過ぎった。

「まさか……」

「私とヒロの二人で自転車で行けば怖いもんはない」

「おえん」

 俺はスッパリと夕紀の誘いを断る。

「なんでぇ?」

「遠いし、めんどい」

 俺は再び炬燵に潜る。

「ついて来てくれたら、私が肉うどんをおごっちゃるって言ったら?」

 その言葉に俺の耳がかすかに動く。

「その話、マジか?」

「マジマジ。ついでに最上稲荷へお参りに行くつもりやけん、参道の店で肉うどんおごったる」

 滅多にご飯を奢るとか言わない幼馴染の言葉に俺は炬燵から飛び出していそいそと準備を始めた。

「さぁ、行こうぜ」

「そういう時だけ、早いとかホンマ呆れるわぁ」

 夕紀は呆れた顔で俺を見た。

「まぁいっか。いざ、城を攻め込みにレッツゴー」

 こうして、俺と夕紀の大冒険が新年早々始まったのである。


 しかし、出発して二十分後。

「無理、しんでぇ……」

「だらしないわね。しっかりせぇよ」

 最大の関門である早島にある岡山流通センターの山の山登りだった。

「ちょい、ギブ」

 そう言って俺は自転車を降りる。

 深夜だけあって、通る車は荷物を運ぶ大型車ばかりで、ちょっとでもよろけると車に吸い込まれそうになる。

「おっと、あぶね」

「気をつけねぇよ? あぶねぇから」

 夕紀はそう言って自転車を降りて押しながら山を登っていく。

「もうちょっとで下りだから、がんばれ」

 夕紀の声援で俺も頑張って自転車を押す。

 数十分後。やっと登りの道が終わった。

「ほら、下り坂や。おっさきー」

 そう言って彼女は勢い良く自転車に飛び乗って、坂を下っていく。

「あ、こら」

 俺は彼女の後を追うように、自転車に乗って坂を下る。

 冬の凍えるような空気が頬を撫でて、頬が凍えているのか熱くなっているのか分からない。

 下り坂が終わってコンビニで待っている夕紀が俺の顔を見るなり、

「ヒロの顔、リンゴみたいに真っ赤。笑える」

 そう言って俺の顔を指差して笑う。

 そんな夕紀の耳も冷気に当たって真っ赤になっていた。

「さぁ、出発!」

 夕紀は意気揚々と自転車に乗る。

「ちょっと待った」

 その夕紀を俺が必死になって止める。

「どうしたの?」

「ちょっとコンビニで水買うけん」

「はいはい、私はここで待っちょるけん、はよ行ってけー」

 そう言って、彼女は俺に向けて手をさっさと振った。


 二台の自転車はスイスイと暗闇の中を進んでいく。

 家々が少ない地域を通っているせいか俺ら二人を導く灯りは所々に点在している街灯のみだ。

「それにしてもめっちゃ静かだな」

「そりゃ、深夜二時に街中を出歩く人なんて居ないけんねー。よほどの物好きだよ」

 ハッハッハ。と夕紀は笑う。

 俺はその物好きがお前のことだとは言いたかったが、ぐっと堪える。

「あ、ヒロ。見てみてみ!」

 夕紀はそう言って自転車を漕ぎつつ、暗闇の先にぼうっと浮かぶ看板を指差した。

 其処には《王墓山古墳》という文字が書かれていた。

「古墳……?」

「そうそう。ここら辺は古墳群やけん、古墳があちこち点在しとるんよ! 浪漫じゃなー」

 夕紀はそう言って俺に力説をしてくれるが、俺にはイマイチピンと来ない。

「というかお前、戦国時代とかそういうものだけが専門だと思っていたけど、古墳時代とかも好きなんだな」

「うーん……。どっちかというと、戦国時代より縄文弥生とかの時代の方が好きじゃ。色んな仮説があったほうが考えるのが楽しいじゃろ?」

 彼女はウキウキしながら答えるが、俺には何のこっちゃ分からない。

 そんな古墳群を抜けて、川を渡る。

 大きい道路に出たようで、車の灯りが俺たちの横を通り過ぎていく。

 夕紀は川を渡ったところで自転車を止めた。

「どうしたん?」

「ちょっと経路の確認をね」

 そう言って彼女はスマホを取り出して地図の検索を始める。

「ここをこういくと、こうだから……」

 と独り言を呟きながらスマホをスライドしていく。

「よし、カンペキ。こっちよ」

 スマホをバッグへとしまった彼女は再び自転車を漕ぎ始めた。

 漕ぎ始めて数分、道路に「最上稲荷はこちら」という看板が見えた。

「近づいとるのぉ。どんどん行くわよー」

 そう言って彼女はさらに強くペダルを漕ぎ始めた。


「うわぁ……すげぇな」

 暗闇の中、自転車を漕ぎ続けて数十分程、俺たちが曲がり角を抜けると、其処には山ほどの車が列を成して渋滞していた。

「初詣に向かう車ばかりじゃ」

「え。こんなにもおるんか」

「テレビでも良くやってるでしょ? みっちり詰め込まれて映っとるやつ」

 そういえば、ローカルニュースでそんな話題をやっている気がする。

「じゃあ、今行くと人ごみに揉まれるってワケか。稲荷へ行くのは止めておくか?」

「大丈夫よ。この時間は意外と空いてるって父さんからきいちょったから。とっとと行こう」

 そういって夕紀は最上稲荷に向けて自転車を進める。

 渋滞している車を余所に自転車はドンドン車を追い抜いていく。

「いつもは車に抜かれっぱなしやけど、逆に追い抜くって楽しいわね!」

「そうだな」

 俺と夕紀はルンルン気分で様々な車を追い抜いていく。


 専用の駐輪場へと辿り着くと、そこは寒さで霜が降りていた。

 なんだか、下手に歩くと滑りそうだ。

 こけないように用心しながら自転車を止める。

「よし、お参りじゃー!」

 夕紀が一歩を踏み出したその瞬間、足がつるんと滑る。

「きゃっ」

「夕紀!」

 俺は寸前のところで片腕で夕紀をキャッチする。

「あぶねーじゃろ?」

「ご、ゴメン、気をつける」

 あははと笑いながら夕紀はゆっくりと立ち上がる。

「さ、気を取り直してレッツゴー」

 俺たちは最上稲荷の参道まで向かうことにした。

 参道口は案の定凄い人ごみだった。

「凄い人ごみだな。それに屋台も多い」

「一番の稼ぎ時やけんね。こっちよ」

 夕紀はメインの参道口ではない方を指差す。

「こっちじゃないのか?」

「三が日は一方通行なのじゃ。帰りのときしか通れないけん、そこ。こっちから向かうの」

 そう言って夕紀はずんずんと迂回路を進んでいく。

 稲荷の本殿に辿り着くと、夕紀の言った通り、人ごみはそんなに激しくなかった。

「ね、言った通りじゃろ? 大体日付が変わったと同時か朝方以外はそんなに混んでねーらしいんよ」

「なるほど」

「さ、賽銭投げましょ?」

 そう言われて俺は財布の中から五円玉を取り出して賽銭箱に向かって投げ込む。

 そして、『何か良い縁がありますように』と何ともありきたりな願いを込める。

 俺の願掛けが終わってふと夕紀をみると、夕紀はまだ真剣に目をぎゅっと瞑って願掛けをしているようだった、そんなに何をお願いしているんだ?

「お、もうヒロは願掛け終わったの?」

 終わったらしく彼女は目を開けると、俺の方をむいてニコッと笑った。

「一応な」

「何をお願いしたん?」

「べ、別に何でもいいだろ?」

「どうせ、何か良い縁がありますようにってお願いじゃろ?」

 ば、バレてる。

「何だっていいだろ? それより肉うどんを奢る約束忘れてないだろうな? 俺、そろそろ腹減ってきた」

「ちゃんと覚えとるよ。全く、ヒロは食い意地がはっているんじゃから、と、その前にここでちょっと待ってて」

 夕紀は俺にこの場で待つように言うと、社務所の方へと走っていった。

 数分後、社務所から息を切らしながら夕紀が帰ってきた。

「はぁはぁ。お待たせ」

「何しに行ってたんだ?」

「内緒。さ、肉うどん食べにいこ?」

 悪戯っぽく笑いながら夕紀は参道口に向かって歩きだした。

 中央の参道口を下り始めて数分の所にある食堂に入った。

 深夜三時なのに、店内はかなり繁盛している。さすが元旦と言ったところか?

「あ、すいませーん。肉うどん二つ!」

 夕紀は元気良く店員に注文を告げた。

 数分後、熱々の湯気を浮かべた肉うどんを二つがテーブルに置かれる。

「いっただきまーす」

 二人で仲良く手を合わせつつ、いただきますをしてうどんを啜る。

「んー、かなり過酷な自転車旅立ったから体に染み渡る」

「大袈裟ねぇ……。でも、おうどんは本当に美味しい」

「そういえば、これからどうするんだ?」

「そんなの決まっとるじゃろ? 備中高松城に行く」

「やっぱり」

「当たり前。それが本来の目的だし」

 そう言って、夕紀はうどんをかきこんでいく。

「下に降りる前に常盤堂に寄るからね」

「其処によってどうするんだ?」

「最上稲荷と言えば、ゆずせんべいとご縁まんじゅうでしょー」

「あー、なるほど」


 常盤堂でせんべいとご縁まんじゅうを買った夕紀はホクホク気分で参道を降りる。

 そして駐輪場へと戻ると、

「サドルに霜が降りてる……」

「寒いもんね。仕方ない仕方ない」

 夕紀がそう言ってバッグからスポーツタオルを取り出して、サドルを拭いて霜を取る。

「はい、ヒロも霜取らないとお尻が冷たくなるぞ?」

 スポーツタオルを渡されて、俺もサドルを拭いて霜を取り除いた。

「さて、行きますか。備中高松城は車の帰路の途中にあるから分かるはず」

 そう言って自転車を漕ぎ始める。

 何分か漕いでいると車の帰路のコースと合流するため、一気に車の量が増えてくる。

「あ、あそこね」

 夕紀がそう言って指を指す。

「え、どこだ?」

 俺は指差した方向を見るが、暗くてよく分からない。

 すると、夕紀は自転車と止めた。

「ここよ」

 そこはどう見ても駐車場みたいな更地だった。

「ここ? どうみても途中休憩をするパーキング施設にしか見えないんだけど」

「そう。本当は明るかったら池とかも見えるんじゃけどねー、暗いからここで城攻め成功ってことで」

「なんじゃそりゃ。それじゃ、一生懸命自転車漕いだだけになってしまうじゃろ」

「あはは、そういうことになるかなぁ」

 骨折り損のくたびれ儲けというのはこのことか、とがっくりとくる俺に、夕紀は、

「肉うどんは奢ってあげたんだから、くたびれ儲けじゃないじゃろ?」

「それはそうか。じゃあ、城攻めは無事達成したし、帰るか」

「折角だから、初日の出見に行かない? 特別なところで」

「特別なところ?」

 俺が首を傾げると、彼女は再びスマホで何やら行き先を検索する。

「よし、道は覚えた。こっち」

 そういって彼女は自転車に跨った。

 車がどんどん通る道を自転車で併走する。

 しかし、そんな車の軍団からも逸れて自転車はどんどん進んでいく。

 全く、何処に行くつもりなのだろうか?

 そんな事を考えながら自転車を漕ぎ進めていく。

 ふと気になって腕時計を見る。時刻は朝五時半を指そうとしていた。もうじき日が昇る時間だ。空も段々と明るくなりつつあった。

「もうちょっとで着くよ」

 夕紀は楽しそうに自転車を漕いでいた。

「ほら、あれ!」

 田園地帯の夕紀はいきなり東の方向を指差した。

 其処には田んぼの中に中くらいの山がちょこんとあった。

「山?」

「岡山で一番大きい前方後円墳の造山古墳じゃ」

 造山古墳。

 古墳時代中期の築造とされる。墳丘に立ち入りできる古墳としては全国最大の規模になる。前方後円墳。同音の作山古墳もあるため、「ぞうさん」とよんで区別される古墳だと小学校の頃習ったことがある。

 夕紀は自転車から降りて造山古墳を眺める。

 すると、だんだん古墳の周りが赤く染まっていった。

 初日の出だ。

 まるで古墳の周りが燃えているようなそんな光景に俺は目を奪われていた。

「凄い」

「昔の人もこんな凄い初日の出を拝んでいたかもしれないね」

 夕紀は楽しそうに答えた。

「さっき最上稲荷で私が何をしてたかっていうとね」

 いきなり夕紀が話し始める。

「ん?」

「絵馬を書いてたんだ。“これからもヒロと一緒に今日みたいに馬鹿やっていけますように”って」

 そう言う彼女の頬は初日の出に照らされているからか、少し紅潮していた。

「今日は私の無茶振りに付き合ってくれてありがとう。ヒロ」

 にっこりと俺に笑いかける夕紀。

「……また来ような」

「え?」

 俺の返事が意外だったらしく、夕紀は驚いた表情を見せる。

「楽しかったし、また夕紀となら来てもいいかなって」

「ヒロ……」

「ただし、今度は電車でな!」

「プッ。そうりゃそうじゃな」

 俺の一言に彼女は噴き出した。

「さて、帰りますか」

「また来た道を戻るのかよ。もう、俺、クタクタなんだけど」

「大丈夫。気合じゃー!」

 彼女は俺を置いて自転車を発進させる。

「あ、コラ待て!」

 夕紀においていかれないように俺もその後をついていった。


 その後、家族が起き始めた頃に俺は家へと戻ることが出来、俺は惰眠を貪るかのように昼過ぎまで眠ってしまった。

 これにて、俺たちの年明け早々の大冒険は幕を閉じた。


 それから一ヶ月後、俺と夕紀は今度は電車に乗って備中高松城へとハイキングへと向かったのであった。

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燃ゆる光 黒幕横丁 @kuromaku125

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