近代こたつ革命史大系
平中なごん
近代こたつ革命史大系(※一話完結)
19世紀末、近代化の波が押し寄せる明治の日本において、ある一つの画期的な発想の転換がなされた……。
人々は〝こたつ〟を背負って暮らすようになったのだ。
即ち、カメやスッポンが甲羅を背負って生きているように、あるいはカタツムリやヤドカリがいつも殻の家を身に着けているかの如く、人類も冬の間、常にこたつとともに生活するようになったのである。
いわゆる〝背負い
それまでの居間に置かれ、足を入れて温めるだけ、もう少しがんばってもそこでうたた寝をするのが関の山だった〝据え置き型〟と違い、この「人馬一体」ならぬ「人
それは、まさに〝革命〟と呼べる出来事であったといえよう(※初めに行った人物については諸説あり、また資料に乏しいため、本書での記載は避ける)。
だが、この背負い型は人類に多大な恩恵をもたらした一方、まだ技術的に未発達だったがために多くの問題も生じた。
その性格上、原型となったのは囲炉裏から発展した〝掘り
また、鉄道網の普及により、汽車での移動や通勤をする者も増えてきたが、その際に背負ったこたつは非常に邪魔であり、特に都会の通勤ラッシュ時などでは乗車できない勤め人が続出し、大きな社会問題と化した。
だが、それでも一度知った常世の〝ぬくぬく〟を人々は手放そうとせず、様々な工夫を凝らしてこの〝背負い
通勤用によりコンパクトでスマートなデザインの背負い炬燵が造られもしたが、鉄道を使う勤め人達相手に乗車駅で私物のこたつを預かり、下りる駅では代わりのこたつを賃貸しするというレンタルこたつ業者も現れ、都市部では大いに隆盛した。
また、上にかける布団についても、明治期には男性用の「フロッッグコート」に似せた黒い生地や女学生が好む矢絣柄が取り入れられたり、大正に入ると和装での流行を受ける形で「秩父
一方、明治も終わり頃になると、熱源に関しては木炭、炭団に代り、より燃焼効率のよい練炭(※石炭の粉を固めたもの)や豆炭(※練炭を小型の正方形にしたもの)が主に使用されるようになったが、それまでと仕組みは根本的に変わらないため、火傷や一酸化炭素中毒の危険性はなくなることなく、その問題解決は電気炬燵の登場を待たねばならない。
ところで、そもそも〝こたつ〟というものを使ったことのない外国人の目に、こうした近代日本独特のこたつ文化はさぞかし奇異な習俗して映ったに違いない(※一部、イランやスペイン・アンダルシア地方に類似の暖房器具がある)。
彼らはこたつを背負った日本人を〝スネイルマン〈snail man カタツムリ人間〉〟と呼び、当時の新聞にはカタツムリに見立てて日本人を描いた風刺画が掲載されていたりもする。
時代が下り、日中戦争、太平洋戦争に突入した暗い昭和の世においても、その習俗は変わらなかった。
戦中には国の政策を受け、国民服と同じカーキ色の布団が推奨される形で用いられたり、中国東北部や満州に駐屯する軍隊内では、上へ載せる天板(こたつ板)を鋼鉄で補強し、防弾能力を持たせた軍事用のこたつも登場したが(※この形式は日露戦争時からすでに見られる)、この時代の〝贅沢禁止〟をうたう世相にあっても、〝背負い炬燵〟だけは消えることがなかったようだ。
戦後の深刻な物資不足の中でもそれは同じで、GHQの航空機製造禁止令により余った部材の利用や、放置された戦闘機の残骸を再加工することなどにより、大量に出回ったジュラルミン製のものが闇市で売られるなど、
さて、明治の文明開化とともに誕生したこの〝背負い炬燵〟文化であるが、こうしてしばらくはほとんど形を変えぬまま、戦後もしばらくは続くこととなる。
そこに、一大変化をもたらしたのは、昭和30年代の高度経済成長期におけるモータリゼーションの波であった。
自家用車が庶民の間にも普及する中、自動車黎明期の〝背負い炬燵〟に合わせた構造の運転席から、いっそのこと、そのこたつ自体に四輪を付け、乗用車にしてしまおうという動きが起こったのである。
そんな発想の転換により、各国産自動車会社は〝オートこたつ〟を開発販売。
しかも、〝オートこたつ〟は運転して走行できるだけでなく、そのまま背負って従来の〝背負い炬燵〟としても使用が可能なため、自動車に負けず、瞬く間に広く普及していった。
当初は走行機能を付加したことによる大幅な重量の増大と、ガソリンを使うことでの臭いと排気ガスが問題であったが、それも時間とともに改良・軽量化がなされ、現在見られるように軽く安全性の高い
最近では自動車業界の状況と連動して、ハイブリット
あるいは人類の宇宙進出にともない、宇宙服として機能するこたつなども現れるかもしれない。
こたつの秘めたるポテンシャルは、まさにこの遥か彼方まで続く宇宙の如く無限大なのである。
(近代こたつ革命史大系 了)
近代こたつ革命史大系 平中なごん @HiranakaNagon
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