第5話



 10日ぶりに家に帰った。


「旅もいいけど、わが家もいいね」


 友季子はそう言いながら、冷蔵庫から紙パックのオレンジジュースを出した。


「ああ。やっぱりくつろぐね、我が家は」


 畳の上に大の字になった。


「……お父さん」


「ん?」


「沢田っていう人のこと、好きなの?」


 また、訊問かよ。と隆雄は思った。


「……好きだから付き合ってたんだろ」


 上半身を起こすと、ジャケットのポケットからたばこを出した。


「お母さんは?」


 グラスに注いだジュースを飲んだ。


「……もちろん、好きだったさ」


「じゃ、どうして離婚したの?」


「……父さんが不甲斐ふがいないからさ。お前も知っての通り、セールスも下手だしな」


 離婚の真相はそうではなかった。女房に他に好きな男ができて出ていった。友季子が4歳の時だ。当時は、兄夫婦と暮らしていた母が上京して、幼い友季子の世話をしてくれていた。この先も離婚の真相を語ることはないだろう。友季子の想う母親のイメージを美しいままにしておいてやりたかった。




 それから間もなくして、辞めた会社の先輩から仕事の電話があった。「会社を興すから手伝ってほしい」というもので、隆雄の経理の実績を見込んでの誘いだった。棚ぼたとはこういうことだろうか。隆雄は二つ返事で快諾した。





 再び会社勤めを始めた隆雄の許に眞子からの手紙が届いたのは、2月に入って間もなくだった。


〈――先日、仕事の事故で主人が亡くなりました。ここに居ても仕事はありませんので、家を売って、隆雄さんの近所でアパートを探すつもりでいます。その時は相談に乗ってください。よろしくお願いします。久保田隆雄様 浅野眞子〉



「友季子」


 隆雄は食後のたばこを吸っていた。


「ん?」


 友季子は、リビングのテーブルで教科書を開いていた。


「……妹、欲しくないか」


「なによ、いきなり」


 隆雄を視た。


「……お母さんは?」


「そりゃ欲しいけど。……なに、見合いでもするつもり?」


「……みたいなもんだ」


「いつ?」


「いつでも。お前の都合に合わせる」


「会ってみないとね。お父さんが好きでも、私が嫌いだったら、だんこ反対するからね」


「……分かった」


 相手が、眞子だということは伏せた。




 眞子とミホがやって来たのは、次の休日だった。友季子が待つリビングに二人を案内した。


「友季子、浅野さんだ」


 隆雄の紹介で、友季子が会釈をした。


「浅野眞子と申します。初めまして」


 眞子が頭を下げた。


「久保田友季子です。はじめまして」


 友季子も頭を下げた。


「あ、娘のミホです」


「こんにちは」


 友季子がミホに微笑んだ。


「……こんにちわ」


 恥ずかしそうに眞子の後ろに隠れた。友季子は二人に好印象を持ったようだ。




 入籍したのは、二人の娘が進級する前だった。眞子が、例の“沢田”であることはいずれ友季子に知れるだろう。また、感情的になるかもしれないが、その時はその時だ。それまでに少しは大人になってくれてればいいが……。




 ――満開の桜が散らす花びらの中で、4人は記念写真を撮った。写真を見てみると、隆雄の横で微笑む眞子と、前で笑う友季子がどことなく似ていると隆雄は思った。友季子は別れた妻似。つまり、隆雄の好みの顔のタイプは偏っているということになる。写真は真を写すと書く。肉眼では気づかない真実が写真の中にはあるのかもしれない。


 そして、来年には家族が一人増える。隆雄は、その子が男児であることを願った。男一人じゃ、女共に太刀打ちできない。


 どうか、男の子を授けてください。……仲間が欲しいんです。それが、気弱な隆雄の本音だった。






  完

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『ペーパー・ムーン』のように 紫 李鳥 @shiritori

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