第4話


 仕方なく、眞子とのことを打ち明けた。


「――お前の母さんと結婚する前の話だ。2年ぐらい付き合ってた。大学時代に六本木のスナックでアルバイトしてる時に出会って――」


「どうしてその人と結婚しなかったの?」


 また、嫌味かよ。……ったく。隆雄は腹の中で舌打ちした。


「……他に好きな人ができて」


「それが母さん?」


「ああ……いや」


 どこまで追及する気だ。昔の話じゃないか。


「お母さんとは何番目に知り合ったの?」


 刑事に取り調べられてるみたいだった。


「んと、……次の次の次かな」


「お母さんと会う前に、誰かさんと結婚してたら、私はこの世に生まれてなかったわけだ」


 容赦ようしゃなかった。


「……お前をこの世に授けてほしかったからお母さんと結婚したんだろ?」


 口から出任せにしては、我ながら惚れ惚れする台詞せりふじゃん。隆雄は自画自賛した。


「……ホントに?」


 ほら、友季子の機嫌が直ったじゃん。やりーっ。


「ああ、ホントさ」


 父親としての威厳をキープできたかも。クッ。隆雄は安堵あんどした。


「……お父さん」


 和らいだ表情で友季子が見た。


「あいよ。さて、夕食は新宿でして、そろそろ家に帰るか」


「ダメだよ、まだ。もっとかせごう」


 なんだよ、さっきのしおらしさは。一瞬にして、本来のじゃじゃ馬に戻るんだから。別れたお前の母さんとそっくりだ。


 新宿に向かう途中、適当な店を見つけると、友季子はヤル気満々で車を降りた。




「――だって、おばあちゃんからのプレゼントだもん。誕生日おめでとう、ユキコって」


 アッ! と思ったが遅かった。油断した友季子は、うっかり本名を口走ってしまった。


 ああ……どうしよう。いまさらサチコって言い直せない。9,000円損することになるのかな……。友季子はパニクった。


「あらっ」


 レジのおばさんが万札をじっと視ていた。


 もう、ダメだ。バレてしまった。友季子は逃げ出したい衝動に駆られた。


「ホントだわ。誕生日おめでとう、ユキコって書いてある」


 えーっ? 友季子は目を丸くした。


「ごめんね、おばちゃんの勘違いだったみたい。はい、9,000円ね」


 友季子はそれを受け取ると、今にも泣き出しそうな表情を演じて店を出た。




 急いで車に乗ると、


「お父さん、ユキコって書いた? 一万円に」


 いきなり訊いた。


「はあ?」


 ハンドルを回しながら、隆雄がわけの分からない顔をした。


「一万円に、誕生日おめでとう、ユキコって書いた?」


「……さあ」


 小首を傾げた。


「さあー、じゃないわよ。でも、そのおかげでラッキーだったんだけどさ。ネッ?」


「ん?」


 隆雄がチラッと視た。


「お父さんと私、いしんでんしんだね」


 友季子は一人、感激していた。


「そう? 分かんないけど」


「だって、私がうっかりして、サチコじゃなくて、ユキコって言ったら、一万円にユキコって書いてあったみたいなの」


「へー、そんな偶然もあるんだな」


「なによ、自分で書いといて。私がサチコって言ってたら、9,000円はどうなったと思う?」


「……はて」


「もー。名前が違うから変に思うでしょ?」


「……だよな」


「そしたら、おつりの9,000円はどうなるの? もらえない?」


「貰えるさ」


「えー! どうやって?」


「何もしなくてもさ」


「……え?」


「“幸子”は、サチコともユキコとも読めるだろ?」


「……あっ、そうか。だから、私が言い間違えてもいいように、偽名を“幸子”って漢字にしたの?」


「いやぁ、幸子ってポピュラーな名前じゃん。単にそれだけ」


「ガクッ。なーんだ、さすがだと思ったのにがっかり」

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