調子悪い時に書いたやつ
私はいつでも文章がスラスラ書けるタイプではない。
心身の不調で思うように文章が書けない時、「こういう時に無理矢理書いたらどうなるんだろう?」という疑問から書いてみたのがこちらである。
意味不明だけど良い感じに不気味だったので載せてみる。
※誤字脱字や明らかに意味の通じない部分は修正してあります。
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「あれ?」
不意に目が覚めた。身体がぽかぽかして温かい。布団の中にいるらしい。時計が見えない。開けっ放しのカーテンを冷たい光が通り抜けて、時計が月になっている。多分満月なのだろう。
体を横向きに九十度捩ってみる。枕元に、何か茶色の塊があるのがわかった。なんだろう。頭上に置いてある眼鏡ケースを指先の感覚だけで開いて、眼鏡をつけた。
玉ねぎ。
玉ねぎが置いてある。枕元に玉ねぎ。おかしいな。なんでこんなところにあるんだろう?
よく聞くと、何か、囁き声が聞こえてくる。
「死ね。はやく死んでしまえ」
玉ねぎが何かごちゃごちゃ言っている。でも布団の中だからなんでもいいや。布団でうとうとしている時間が大好きだ。どんな時よりも。
ふと、眼鏡ケースの隣に置いてあった携帯電話のバイブが鳴る。画面が薄く光る。一件、メールが入った。
「今から帰ります」
君からの退社メールだ。今日も遅くまで残業したのだろう。そのまま携帯で時間を確認する。午前二時。ひどい時間だ。
「お前のせいだ。お前が死ねばこいつも少しは楽になるだろう」
「そうかもね」
私はうるさい玉ねぎをそのままにして、布団からのそのそと起き上がってリビングに行く。
そこには真っ暗な部屋でテレビを見ている私がいた。
「電気をつけたほうがいいよ」
話しかけても何も返ってこない。ただ膝を抱えてテレビを見ている。
そんな私の隣に、抜け殻みたいに今日着ていたスーツが落ちていた。今自分が着ているものを確認する。部屋着だった。知らぬうちにここに脱ぎ捨てたのだろう。
スーツの抜け殻を洗濯カゴに放り込むため、洗面所に行く。風呂場から何やら水の音がする。
浴槽の蓋を開けてみると、そこには私のパーツが落ちていて、水に晒されている最中だった。
腕と、足と、髪と。水にぷかぷか浮いている。
まだ取り出すのは早いな。そう思って部屋に戻る。テレビの音がうっすら響いている。不意にお腹が鳴って、そういえば帰ってきてから何も食べていないことを思い出す。そのまま寝たんだっけ。
冷蔵庫を確認してみる。扉を開くとカレールーという塊がドサドサと落ちてきたので、カレーを作ることにした。
布団の上にあった玉ねぎを取りにいく。
「死ね。死ね死ね死ね。お前なんかはやく死んだ方がいい。生きている価値がない」
玉ねぎは相変わらず何か話している。
キッチンに戻り、手を洗って、腕を捲って、玉ねぎをまな板に置いて、包丁で切った。はやく切らないと目が痛くなる。
「1108、3759、0、0」
「えっ?」
今度は部屋の奥から声が聞こえてくる。台所から出て、少し目線を動かしてみる。私が机の上でパソコン作業をしているのが見えた。残業中だ。数字を打ち込んでいる最中だろう。大変だなぁ。そのまま台所に戻って、ぼんやりと包丁を動かす。
「ジャク、ジャク」
今度は手元から変な音が聞こえる。目線を落とすと、玉ねぎの延長で自分の手を切ってしまっていた。手首まで細切りになってしまっている。
仕方ないのでそのまま鍋に入れて、他の野菜も一緒に入れて焼いた。
パチパチと野菜の焼ける音がする。匂いの全くしない、熱だけの空気が、私の顔を舐める。
パチパチ。ジュウジュウ。
音が段々大きくなって、私の中に入ってくるようになった。うるさい。鼓膜の中が揺れて、とても気持ちが悪い。……ちょっと待て。他にも何か音がする。子どもの遊ぶ声だ。
外を見る。そこには夜とも夕方とも言えない時間が広がっていた。子どもの遊ぶ声がする。夜ご飯までの時間、外で遊んでいるのだろう。
時計を確認する。十七時半。なんだ、まだこんな時間か。急いで作らなくてよかったじゃないか。そう思って火を止め、水を入れて野菜を煮込む。
君は今日何時に帰って来るのだろう。君が帰って来る前に部屋を片付けて、洗濯をして、皿を洗って、ご飯を作らなきゃならない。あとお風呂も入りたいな。それからテレビを見て、ピアノを弾いて、文字を書いて……
今度はガタガタという音が鳴って、我に帰る。
「瞳さん、ケトル、沸いてますよ?」
「ん?え?あ、本当だ。ありがとうございます」
「最近部長、怖いですよね。なんかピリピリしてるっていうか」
職場の給湯室で、コーヒーを淹れるためにお湯を沸かしている最中だった。
目の前の人が私に話しかけている。多分職場の人だろう。何か返さなければ。
「そうですよね。最近特に忙しいですし」
「あの人のミスが痛かったんでしょうね。今月も売り上げ達成できないとなると……ねぇ。まあ、わた、ね、ち、ないできること言えぬ、はば、た、はきてぱつ、書類を回すくらいだし」
ん?今なんて言った?
私は自分の鼓膜を辿って、今聞いた音をもう一度なぞってみる。
「私たちにできることといえば、てきぱき書類を回すくらいだからね」
意味が後から私の後ろを走ってきて、ようやく耳に追いついた。
「そうですね。私もはやく終わらせないと」
顔を笑顔の形にして、沸騰したお湯を布団の中に注ぐ。湯気で眼鏡が曇る。
「ピンポーン」
どこかで呼び鈴が鳴っている。モニターを確認すると、宅配がきていた。
急いでカレーの火を止めて、鍋に蓋をする。
「クズめ。一生布団から出てこれなければいいんだ」
玉ねぎは茹でられた後でもまだ何か言っている。強い玉ねぎだなぁ。私もそんな風に強くなれたらいいのに。
玄関のドアを開ける。
「印鑑を、ここに」
おじさんの形をした人が差し出す紙に受領印を押して、宅配便を受け取る。なんだろう。これ。宛名を確認すると、確かに私の名前が書いてあった。
机の上に荷物を置いて、ガムテープを剥がしてみる。と、その下から、またガムテープが出てきた。ガムテープをもう一度剥がす。と、下にまたガムテープが貼ってある。びりびり。部屋に鈍い音が響く。びりびり。びりびりびりびり。
が、気がつくとそこには何もなかった。ただびりびりという音だけが頭の中に住み込んでしまった。うるさい。びりびり。まるで生き物みたいに、ガムテープを引く音が部屋を這っている。うるさい。痛い。ガムテープの音が通った後は頭が痛くなる。私は頭痛薬を飲むことにした。
棚の薬の引き出しを開ける。そこにはアレルギーの薬や、湿布や、胃腸薬や、色んなものが詰め込まれている。パッケージがやけにプクプクしていている。水にふやかされているみたいだ。そういえば、お風呂につけていた私の手足はどうなったのだろう?後でもう一度確認しなくちゃ。
気を取り直してカレー作りに戻る。あとはルーを入れるだけだ。手でルーを割って、カレーに入れる。
その一連の流れを、私は私の隣で見ている。
私がカレールーを入れ、中身をかき混ぜるのを確認する。
「よし。完成」
「お疲れ様」
隣で私を見ていた私が微笑んで、パァン!と銃で私を撃った。するとさっきまでカレーを作っていた私が、砂みたいにぼろぼろ崩れ落ちた。
終わった。
今日やることは全部終わった。
もう寝よう。とても疲れた。
私はベッドで横になる。今日はもう何もしたくない。何も考えられないし、何も思いつかない。
自分がテキパキ動いている様を想像する。でも想像するだけで、体を動かせない。立てない。動けない。苦しい。何か書きたいのに、わからない。何か産み出さないと私は死んでしまう。寂しいも、苦しいも、描きたいも、喉に詰まって死んでしまう。私はどこかで自分を操縦しているだけ。動いているのは一体誰なのだろう?
はやく私に戻りたい。そうしたらこの布団から動き出して、当たり前の生活を送って、私は私を生きられる。
悲しいね。どうしてこんな風になっちゃうのかな。
はやくここから出よう。
私から出ていこう。
ふと、眼鏡ケースの隣に置いてあった携帯電話の画面が薄く光った。一件、通知が来ている。
『カクヨム』と書いてある。感想の通知だ。この間投稿した文章に、感想を書いてくれた人がいるらしい。
携帯を手に取って、ブラウザを開いてみる。感想を読んでみるけど、何が書いてあるかよく分からなかった。文字と意味が分裂して、縦横無尽に散っていく。文字も文章も読めるのに、何が書いてあるかが理解できないのだ。
自分がしんと静まり返る。
今日はもう寝よう。明日、返信を書こう。
こんな私じゃなんにもできない。
ぬりつぶし 瞳 @hitomimur
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