第6話
私はいつも早起きだ。だいたい五時半には目が覚めてしまう。
たまにおばあちゃんか、と言われるけれど、私はれっきとした十九歳の女子だ。恋する乙女なのだ。
……それはちょっと違うか。
今日も例に漏れず、朝早くに目を覚ました。
窓の外が真っ白だったので、一瞬、雪が降っているのかと思ったが、雪ではなく濃い霧のようだった。残念。
着々と支度を進めていく。
顔を洗って、洗濯物を干して、着替えて、お化粧をして、朝ごはんをつくる。
冬見くんはまだ起きてこない。彼は滅多なことでは起きない。前に震度三くらいの地震があったときも全く目を覚まさなかった。
まあ、寝顔、好きだからいいんだけどね。
いつも眺めてしまう、冬見くんの横顔。
多分、私を信頼してくれているのだろう。無防備だ。
私が襲ったら冬見くんはどんな反応をするんだろう?
……はしたないからそんなことしないけど。
冬見くん、最近はもう授業がないからって空いた時間全部にバイトを入れているみたいで、昨日もほとんど一日働いていたようだ。
疲れ果てた顔をして帰ってきた時はちょっと嫌な気持ちがした。
今日はそんな冬見くんにちょっとした仕返しだ。
「冬見くん、朝だよ」
彼の肩を叩きながら呼びかける。うーん、と唸って寝返りを打った。
「冬見くーん、起きてー。ご飯できてるよー」
「うん……、まって……」
うっすらと目を開けて上体を起こして、伸びをしながら欠伸を噛み殺す冬見くん。今日もお寝坊さん。
「冬見くん、何も言わずに口を開けるのです」
「……あー」
私は冬見くんの開いた口に昨晩用意したあれを放り込む。
冬見くんは少し不思議な顔をして、もぐもぐして首を傾げる。
「……ちょこ?」
「そう、ハッピーバレンタイン!」
私は心の中で盛大にガッツポーズをした。
実はバレンタインにチョコを渡した経験がそんなになかったのだ。ましてや男子になんて……一人もいないかもしれない。
冬見くんはあまり状況が理解できていないらしく、まだ首が据わっていない。
「美味しかった?」
「うん、さすが蒼ちゃん。ありがと」
「よかった……」
すると、冬見くんが急に、あっ、と声をあげた。
「お返し、なにがいい?」
「……べつにいいよ」
「えー……婚姻届までなら書くよ?」
「へっ?」
コンイントドケ?こんいんとどけ?
……婚姻届?
みるみるうちに自分の顔が赤くなっていくのがわかった。
「あ、え、その、そういう――」
「友チョコでしょ?、婚姻届はさすがに冗談だよ。お返し期待しといてね」
そう言って洗面所に行ってしまった。
その後、婚姻届を書いてもらおうか本気で悩んだのは内緒だ。
同棲してるけど、付き合ってません。 赤崎シアン @shian_altosax
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