第5話

 我が校の二階はサロンという場所になっている。簡単に言えば雑談可、飲食可、睡眠可、楽器の練習も小さい音なら可。たくさんテーブルと椅子の並べられた自由スペースみたいなものだ。

 おかげで授業の合間で暇になった学生の憩いの場になっている。

 一限の授業が終わって四限まで暇になった私は、サロンに来て、何をするでもなく座っていた。


「……ねえねえ、お昼どうする?」


 隣から囁きが聞こえてくる。灯莉あかりが椅子を近づけてきて私の肩に腕を回す。

 時刻は十二時二分。そろそろお腹が空き始める時間帯だ。


「なんでもいいよ? 灯莉が好きなので」

「いっつもそれじゃんー」


 私は自分の好きなものは自分で作る主義なのです。

 お昼くらいは他の人に合わせないと食が偏ってしまう。ただでさえ冬見ふゆみくんに注意されてるんだから、自分でも注意しないと。

 灯莉は考えこむように、右手を顎に当てて、首を傾げている。ちなみに左手は私の肩に回されたままだ。


りんは昨日何食べた?」

「えっと、昼はトマトスパゲッティ。夜は親子丼」

「えー……麺もご飯も食べてるのー……」

「だからなんでもいいよ」


 またうんうん、と唸りだす灯莉。いつもは鬱陶しい、と言って引っぺがすところだが、今日は肌寒いのでちょうどよい。

 今日も今日とて完全防寒なのだが、さすがに室内でマフラーを巻くわけにはいかない。なぜかこの学校は暖房の温度は低めに設定されているのだ。ちなみに夏は常時二十度以下になっている。バンドマン、恐ろしや。


「あっ、じゃあ凛の作ったご飯が食べたい!」

「えっ」

「この前持ってきてたお弁当、すごく美味しそうだったし!」

「……」

「凛、いつも夜は自炊なんでしょ。材料費と手間賃はちゃんと払うからさ。ね?」


 ……それはまずい。家には冬見くんの服とかスーツケースある。それを見られたら一巻の終わりだ。私が男と同棲しているなんて噂が流れた日には、次の金曜日のレコーディングの授業で質問攻めにされてしまう……。それだけは何としてでも避けたい。


「……自炊は夜だけって決めてるからさ。ごめんね」

「ちぇ……」


 灯莉は口をへの字に曲げてテーブルに頬杖を突いて不貞腐れたような態度をとる。

 ……セーフみたいだ。よかった。


「凛の手料理食べて、彼氏気取りしてみたかったなー……」

「そんな不純な動機なら、なお作りません」

「ちぇー……」

「またの機会に、ね」

「はーい」


 いつか作ってあげることにしよう。でないと、何か恨まれそうだ。


「そういえばさ、凛は彼氏とかいないの?」

「私? うーん……いない?」

「なにその中途半端な答えは」

「はいはい、いないですよ」

「へぇー、意外」


 灯莉はにやりと笑って、私の腕を小突く。

 冬見くんは、彼氏ではない。ただの親しい友人。


「てっきりいるのかと思ってた」

「出会いがないのですよ。我らがレコーディングエンジニアコースには」

「そうねー。男はみんなばっかりだもんねー」


 そこまでは言わないけれども……。まあ、恋愛対象になりそうな男子はいない。

 それに、うちのコースは他のコースの生徒との関りが少ないのだ。

 たまにレコーディングの授業で楽器の人を呼ぶくらいで、それも一度きりだ。


「灯莉はいないの?」

「いるよ」

「えっ」

「画面の中に」

「……うん」


 ……そんなことだろうと思った。灯莉はクールな見た目とは裏腹に、重度のゲー廃だ。まあ、三次元の男子が二次元に勝てるわけないのはわかる。ただ、その人たちは私たちに寄り添ってくれるわけじゃないんだよ……。


「そろそろ決めないと、お店混みだすよ?」

「うーん、ヒナタくんかっこかわいいよー」

「はいはい」


 灯莉はしばらく、スマホの画面とにらめっこした後、飽きたのか画面を消して、今度は机に突っ伏した。


「凛は好きなタイプとかないの?」

「タイプ?」


 また唐突な……。

 灯莉は突っ伏した姿勢のまま、顔だけこちらに向けて話しかけてくる。


「うーん……」

「どんなのどんなの?」

「……なんかわかりにくいけど優しくて、子供っぽいところもあって、太ってない人」

「結構理想高いね」

「二次元に恋してる人に言われたくないですー」

「私はいいのー」


 灯莉はそう言って、またスマホとにらめっこしだした。

 もう、放っておこう。私の手には負えない。


 その時、見覚えのある赤メッシュの髪が視界の端に映った。

 案の定、冬見くんだった。冬見くんもこちらに気付いているようで、視線がばっちり交わった。

 小さく手を振ってみると、振り返してくれた。ちょっとかわいい。


「ん? 知り合い?」

「うん、前にキーボード弾いてくれってお願いされたことがあって」

「ふーん」


 灯莉はあまり興味がないみたいだ。まあ、興味を持たれたほうが厄介なんだけれど。


「私はああいう人は無理かな」

「……どうして?」

「なんか遊んでそうじゃん」


 なぜかわからないけれど、灯莉のその言葉を耳にして、私の中の何かが弾けたように感じた。

 ……冬見くんはそんな人じゃない。

 私は立ち上がって、リュックを背負う。


「え、どこ行くの」

「マック。久々に食べたいなって」

「お、いいじゃん」

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