Extra Edition

ex-1 幼馴染は通じ合う

 とある昼休み、俺達がトップグルに収まるにはまず透華の協力が不可欠。という事で俺の華麗なる計画を打ち明けると、冷めた返事が帰って来た。


「別に私は永人さえいてくれればいいのだけれど?」

「いやでも青春したくね?」

「永人がしたくないのに何故私がしたいと思うのかしら?」

「うーん……」


 せっかくの高校生、青春送らなきゃ損損! だから俺らでクラスを引っ張ってみないか!? という提案だったが、あっさり蹴られてしまった。

 透華が渋るのは明白だったので、一応様々な理論武装はしてきていたのだが、俺がまったく青春を送りたがっていない事を見抜かれあまつえさえ指摘されては返す言葉が無い。とは言えそうやすやすと引き下がるわけにもいかないだろう。


「別に俺、青春したくないわけじゃないよ?」


 これは事実だ。条件は付くが。


「誰と?」

「え、透華と」

「ならわざわざクラスの中心に立つ必要は無いわね」


 鮮やかに論破されてしまった。

 うーん、じゃあもういいか。トップグル目指すのはやめだ。透華は俺さえいてくれればいいって言ってくれたし、俺も正直透華さえいればいいしな。よし決定。

 俺が思考停止を選択するも、当の透華は何やら深く考え込むように顎の辺りに手を当てている。


「どうした透華、なんか気になる事でもあるのか?」


 やっぱトップグル目指す気になったとか?


「青春ってなんなのかしら?」


 出し抜けに放たれた疑問に俺の思考も切り替わる。


「あ? 青春? 青春って言ったら……青春だろ」

「まったく答えになってないと気づけない永人じゃないわよね?」

「俺をあまり見くびるなよ? 俺の気の付く具合と言ったら今日透華がいつもと違うシャンプーを使ってきている事だって会ってすぐ気づいたくらいだ」

「まぁ確かに変えのは変えたのだけれど……変えたのはリンスよ?」

「……そうとも言うな」

「言わないわね」


 ばっさりと切り捨てられてしまった。

 いやだって女子がいつもと香り違う時って大抵シャンプー変えてるのがお決まりじゃないのん? ソースは俺が今まで読んで来たラノベ。

 なるほどそりゃ間違いだらけなわけだと納得していると、透華が恥ずかしそうに身体をもじもじさせる。


「でも……私としては嬉しいわね。だって永人、普段から私の匂いを嗅いで興奮してくれているという事でしょう?」

「色々とツッコミどころ満載だが間違いなく言えることは俺はお前の香りで興奮したことが無いという事だ」

「嘘ね」

「そこまで自信満々に間違えられる神経が羨ましい」

「それあなたが言うのかしら?」


 透華がねっとりとした視線を向けてくる。

 あれ? またオレなんかブーメラン刺さっちゃいました?

 

「それより青春だったな青春。俺も正直よく分からんが、たぶん高校生のうちにやりたい事やればそれが青春なんじゃないか?」

「なるほど」


 一応解のようなものを用意してみると、透華は一つ頷きまた何やら長考モード。

 俺は特に何も考えず昼飯のパンをかじっていると、不意に名前を呼ばれた。


「永人」

「どうした?」

「場所を変えましょう?」

「は? まぁいいけど」


 しっくりこないが別に拒む理由も無いので俺は席を立った。


♢ ♢ ♢


「着いたわよ」


 そうして透華に連れられる事およそ数分。やってきたのはあの時の階段だった。今日も今日とて人気も無く、ただ静かにそよ風が吹き込んでいるだけだ。


 あの日からまだそこまで日にちは経っていないが、俺が一世一代の事を言った場所なだけあって少しだけ感慨深い。まったく、よくもまぁあんな事言えたもんだよな。

 懐かしみつつ透華が踊り場へと登っていくので俺も後に続く。


「にしてもなんでここに来たんだ?」


 尋ねると、透華が立ち止まり視線を下に落とす。


「それは流石に教室だとできないからよ」


 できないってなんだ? こいつ何かやるつもりでここに来たのか? 

 嫌な予感がしていると、透華がおもむろに俺の方へと向き直る。


「永人、あなたは私と青春したいといったわね?」

「まぁそうだな」

「そう、分かったわ」


 透華は涼し気に頷くと、おもむろに潔癖対策の手袋を取り外す。そして何故かブラウスの第一ボタンへと素肌があらわになった手をかけた。


 んん? この子何をしているのかなー?


 脳の処理が追いつけないでいると、制服の第一ボタンが外れる。布の間から白く清廉な肌が姿を覗かせると、そこへ黒髪が滑り落ちた。

 そうこうしているうちに第二ボタンが外れ、今度はフリフリした装飾の一部が視界に飛び込む。

 透華が次のボタンへと手をかけようとしたその時――ようやく俺の思考が追いついた。

 

「おいおいおい待て待て。止まれ。お前何してる?」


 俺が制し尋ねると、透華はしれっと言い放つ。


「服を脱いでいるの。見て分からない?」

「ああそうだな。分かるよ分かる。確かに最近は暑くなってきたが海開きはまだ当分先だぞ?」

「何を言っているのか理解できないのだけれど……」

「いや理解できないのはこっちだわ。とりあえず今すぐボタンを留め直してくれ頼む」


 言い放つと、透華は渋々と言った具合にボタンを留め直し始める。


「着衣だと汚れてしまいそうなのだけれど、そちらの方が永人の好みなら……」

「いやほんと何しでかそうとしてくれてんだぁ?」


 呆れるどころかもはや恨めしい域に達しつつも聞くと、ボタンを付け直した透華は髪を払いのけしれっと言い放つ。


「それは勿論子作りよ」

「お前あほなの?」


 脳の隅から隅までが痛んでいると、透華が少し憤慨気味に言う。

 

「阿保とは心外ね。高校のうちしたい事をすれば青春なのでしょう? 私が高校のうちにやっておきたいのは永人との子供を設ける事だもの」

「そんな青春は間違いだらけだと思うんですけど」


 どれくらい間違いだらけってどこぞのコミュ力だけ付けた陰キャが自信を持って断定できるくらいには間違いだらけだと思う。


「具体的にどこがどう間違っているのか説明が欲しい所ね」

「それを説明しないといけないくらいお前の頭は弱くないはずだ」


 まったく馬鹿馬鹿しいと透華に背を向けようとすると、不意にカッターシャツの裾を引っ張られる。


「……待って」


 若干焦燥気味な声につい足を止めてしまう。


「な、なんだよ……絶対なんもしないぞ」

「分かったわ。とりあえず今はそういう事にしておきましょう」


 今は、ね……。この子の今の概念分からないのでまったく安心できない。


「でもそれよりももう一つ言っておきたい事があるの」

「昼休みも終わるから手早くな」


 改めて透華の方へと身体を向けると、透華はどういうわけかほんのりと頬を紅潮させていた。


「えっと、その」


 透華は歯切れ悪く紡ぎ出すと、逡巡するかのように視線を泳がせる。

 それでも少しして腹をくくったのか、しっかりと俺の目を見据えた。


「私、永人の事好きよ。愛しているわ」


 透華は言うと、恥ずかしそうに耳まで紅く染める。いやいやどうしたこれ。


「……な、なんだよ急に」

「その、よく考てみると、永人は気持ちを伝えてくれたのに私からは何も言っていなかったような気がして……」


 なるほど……。確かに思い返してみれば嬉しい、とは言ってもらえたが、それ以上の言葉はなんやかんやで聞いていなかった気がする。細かく考えてみれば実質返事待ちとも言える状態だったんだなこれ。


 普通に考えるとなかなか恥ずかしい状況になっていたと言えるが、まぁでも俺と透華の仲だしな。幼馴染なら別段言葉が無くても分かることくらいある。だからまぁ返す言葉は特に多くなくていいだろう。


「それくらい分かってるよ」


 言うと、透華は僅かに瞳を見開かせると、熱っぽさを携えたまま視線を逸らしてくる。

 

「そ、そう。それなら良かったのだけれど……」


 束の間の沈黙。

 う、うーん。自然に出た言葉とは言えこんな反応されると流石に羞恥が湧いてくるな。


「な、なんだよ黙りやがって。もしかしてここに呼んだのもそれ言うためか?」


 黙っているのは精神衛生的によろしくないと言葉をひねり出すと、透華もまた同じように思っていたらしい。場の空気を払しょくするように火照りを残しつつも髪を払いのける。


「まぁ七割方そうだったのは認めるわ」

「なるほど、理解した。ちなみに残っている三割がなんなのかは聞かないでおく」

「子作りよ」


 ここぞとばかりに透華が口を挟んできた。


「ねぇ、聞かないって言ったよね? ちゃんと人の話聞いてた?」

「聞いていたわ。今のは単に私が教えたいから教えただけよ」

「それは懇切丁寧にどうも」


 親切の押し売りにはクーリングオフ適用されますかね?

 国民生活センターはどこだったかと思い出そうとしていると、丁度予鈴のチャイムがなった。


「兎にも角にもそう言う事だから。頭に入れておいてもらえるかしら?」


 透華もいつものようなやりとりにすっかり通常運転に戻ったらしく、今や涼し気に佇んでいる。俺も俺でいつの間にかくすぶっていた熱はどこかへ行っていた。


「おう。透華の気持ちはちゃんと理解した」


 何にせよ、これで確かに俺達は幼馴染だけではない別の関係にもなったのだろう。と言っても今までもけっこう一緒にいたしこれで何かが変わるのかは疑問だが、まぁそういう迷いなどもひっくるめて青春というやつなのだろう。


 初夏も相まってか心持ち前より暖かくなったそよ風が吹き込んでくると、それに呼応するように透華が熱っぽく甘ったるい声を浴びせてきた。


「あと、子供が欲しい時はいつでも言って?」

「それは当分無いから頭に入れておくことだ」


 即答すると、透華は手のひらを自らの頬に当てる。


「まったくしようがないわね永人は」

「いや何もしようがなくねーよ……」


 こんな高校生の身分で子作りとか冗談じゃない。


「まぁいいや、とりあえず授業始まるしさっさと戻るか」

「それはそうね」


 並んで階段を降りると、たまたまお互いの手の甲が触れ合う。

 少し考えるが、せっかく透華の気持ちをより深く知れたので、記念にとその手を取ってみた。

 普段付けている手袋をとっているせいか、その手はほんの少しヒンヤリしている。だがそれもすぐ熱っぽくなるのだった。

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コミュ力陰キャの間違いだらけなラブコメ じんむ @syoumu111

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