黒ちゃんと白ちゃん

白居ミク

黒ちゃんと白ちゃん

昔とあるパレットに、絵の具の黒ちゃんが住んでいました。

黒ちゃんは真っ黒なつやつやした絵の具で、大きな四角の中に住んでいました。


黒ちゃんの隣の四角には、絵の具の白ちゃんが住んでいました。

白ちゃんの四角は、黒ちゃんと同じくらい大きかったのですが、

違うのは、他の絵の具たちが、たくさん集まってにぎやかな事でした。


青ちゃんが手を差し出すと、水色になりました。

緑ちゃんが手を差し出すと、黄緑色になりました。

赤ちゃんが手を差し出すと、ピンク色になりました。

できた色は、筆にすくい取られ、画用紙にぬられ、きれいな絵になりました。

水色は空の色、黄緑は葉っぱの明るい色、ピンク色は夕焼けの色になりました。

画用紙の絵はみんなから褒められる美しさでした。

そして、白ちゃんは一緒になって、雲や、木漏れ日や、水面に浮かぶ光を表現しました。


白ちゃんの周りにはいつもたくさんの色たちがいて、白ちゃんはいつも笑って楽しそうでした。

それを隣の四角からいつも見ていて、黒ちゃんはうらやましくてうらやましくてたまりませんでした。


「ねえ、僕ともお友達になってよ。」

 黒ちゃんはある日思い切って、白ちゃんに言ってみて、手を差し伸べました。

「うんいいよ。」

 白ちゃんは気軽に答えて、四角の仕切りを越えて、二人は手を結びました。

 灰色ができました。

 黒ちゃんはほんのり赤くなって、その美しい灰色を眺めました。

 次の日もその次の日もそれを眺めましたが、灰色は使われることはありませんでした。

 黒ちゃんの周りには相変わらず誰もいませんでした。

 そして白ちゃんの周りには、いつもカラフルな色たちが、混ざったり笑ったりして、にぎやかでした。


 黒ちゃんは泣きました。

 涙がぽとぽと落ちると、それはぴかぴか光る黒い玉でした。

(僕も白ちゃんみたいになりたい。

 黒いのが良くないんだ。僕も真っ白になりたい。

 ちょっとでも真っ白があったら、僕もみんなと友達になれるんだ。)

 そう考え続けた黒ちゃんは、ある真っ黒な夜の日、四角の仕切りを乗り越えて、寝ている白ちゃんを、みんな食べてしまいました。

 白ちゃんはいなくなってしまいました。


 黒ちゃんは体を見てみましたが、だいぶ白くなっているような気がして、うれしくなりました。

 朝が来て、明るくなると、黒ちゃんはさっそくほかの色に言いました。

「ねえ、僕は白いよ。僕と友達になってよ。」

 黒ちゃんは手を差し出しましたが、青ちゃんも緑ちゃんも赤ちゃんも、みんな首を振って手を引っ込めました。

(ほかの色たちなら、お友達になってくれるかもしれない。)

 黒ちゃんは張り切って、他の四角を巡る旅に出ました。

 黄色、茶色、紫、紺色、他の四角では、今まで見なかった新しい色たちに会いました。

 黒ちゃんはお友達になってほしいと頼んで、手を差し出してみましたが、みんな首を振りました。

 今の黒ちゃんは薄い灰色でした。

 何色とも言えない黒ちゃんに、みんな黙って離れて行ってしまうのでした。


 黒ちゃんにもやっとわかりました。

 白ちゃんをまるまる食べても、自分は白にはなれず、生きている限り嫌われ者の黒なのだと。いくらたくさんの白ちゃんを混ぜても、真っ白になることはなく、混ざる色をみんな黒くしてしまうので、白ちゃんのように好かれはしないのだと。


 黒ちゃんは元の四角に戻って来ました。

 そしてわあわあと泣きましたが、今度の涙は、つやつやした黒い玉ではなく、ぼんやりした灰色の玉でしかありませんでした。

 わあわあと泣きながら、仕切りを乗り越えて白ちゃんのいた四角に入り、そこにいた色たちに、自分が何をしたか話しました。そして、黒にも白にもなれない中途半端な色がたくさんできてしまったので、きっと持ち主はこのパレットを全部洗い流してしまうだろうと。

「皆さんももうすぐ洗い流されてしまいます。ごめんなさい。ごめんなさい。」

「白ちゃんがいなくなってしまったのは、君が食べたせいか。」

「何てこと。もうあのピンク色はできないのね。」

「泣いたって謝ったって、もう白ちゃんは戻ってこないよ。」

 みんなが騒いでいるので、他の色たちも「どうした。どうした。」と、仕切り板を越えて、やってきました。

 洗い流されてしまうのは間違いない運命だと思われました。

 その時、一番年を取っていた茶色が言いました。

「せっかくのきれいな黒色を捨てたのも、色の要だった白ちゃんを全部食べてしまったのも、愚かとしか言いようがない。でも起こったことを責めるより、今何ができるのかを考えよう。

 灰色で美しい絵は描けない。

 だがわしに考えがある。みんな手を結ぶのだ。全員で。」

「全員で?」

「この灰色も?」

「全員が灰色と手を結ぶのだ。黒の混じった色は、黒にしかなれない。それなら今までよりも美しい黒にしよう。

 全部の色が混ざると、美しい黒になるのだ。それをやってみよう。」

「灰色と混じって果たして黒になるのか?」

「一度全部の色が混ざって何とも言えない美しい黒になったのを見たことがある。混ざってしまっている白が邪魔になるから、灰色は手だけを伸ばしなさい。茶色のわしと、紺色の君と、緑の君と、紫の君が、こっちに来なさい。たくさん混ざれば濃い色になる。他の色たちは少しずつ混ざりなさい。色の薄い者は少しだけ。色の濃い者はたくさん混ざるのだ。うまくいけば美しい黒になる。美しい黒ができていれば、持ち主はそれで絵を描きたくなるだろう。」

「そうだな。」

「このまま行っても洗い流されるだけだし。」

「だめでもともと。やってみましょう。」

「皆さんありがとうございます。」

 黒ちゃんは深々と頭を下げてお礼を言いました。

 こういう時は、謝るよりもお礼を言ったほうがいいのです。


 翌朝持ち主がパレットを開けると、灰色が広がり、端の方でいろんな色が混ざりあって深みのある黒ができていました。持ち主はどうしようか考えてそれを眺めていましたが、その黒は美しかったので、描くはずだった絵を変えて、夜の海を描くことにしました。

 たくさんの灰色は、灯台でぼんやりと輝く波と、うっすらと明るい夜の海の空を表現するのに使われました。残っていた色たちにも、出番はありました。黄色、赤、オレンジが、灯台の光に使われました。それは少しでしたが、絵を引き立たせる大事な役目でした。

 そのすべての色に、黒と白の合わさった灰色が、薄くかぶせられました。

 そうして美しい夜の海の風景が描きあがり、いつも以上に美しいと、人々からほめられました。

「偶然本当にいい黒ができていたので。」

 持ち主はそう答えてパレットの色を全部洗い流しました。


 パレットには再び黒と白の四角ができました。

 長い間使われずにひび割れていた茶色も、たくさん使われて新しい茶色が出されました。

 けれど年を取った茶色も少しパレットに残っていたので、新しい色たちがそろうと、いの一番に言いました。


「みんな注目!それぞれの色にそれぞれのいいところがあるのじゃ。他の色をうらやんだりしないで、今のうちに全員隣の色と友達になること!手を結ばない相手だったとしても、笑って挨拶すること!今から始め!」

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黒ちゃんと白ちゃん 白居ミク @shiroi_miku

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