第16話 罰

「呪いも解消されましたから、奥さんもお子さんも霊的には通常に戻りました。スタッフたちも正気を取り戻したでしょう。もう危険はありません」

「ありがとうございます」

 猿山は心底ほっとしてお礼を言ったが、まだ北条に抱きつかれたままどうしたものか困っている。紅倉は冷淡に思われる目で北条を眺め、言った。

「わたしや岳戸さんはまだましな方かもしれないわね。

 その人はもう駄目です。一生その状態から回復することはないでしょう。

 猿山さん。あなたに罰を与えます。

 あなたが一生その人の面倒を見なさい。

 一人では生活できないから、病院や施設より、ゆかりのお寺に預かってもらうのがいいでしょう。その方がこの人も落ち着けるでしょうから。もちろん生活費は全部あなたが出すんですよ。預けっぱなしで済ませるんじゃなく、定期的にちゃんと様子を確認するように。

 当然、やるわよね?」

「はい。分かりました」

 紅倉に冷たい目で睨まれて猿山は承諾したものの、今の自分の状態で更に一人余計な人間の生活費を捻出しなければならないことに頭が痛くなった。すると北条は自分に向けられた感情を敏感に察知して怯え、猿山の胸を突き飛ばして逃げた。

「ううう、ううう」

 北条は隠れる場所を探して獣のようにうろうろした。

 紅倉に白い目で睨まれて猿山は北条に歩み寄ってなだめた。

「大丈夫です。あなたは俺たち家族の命の恩人です。必ず、面倒は見させてもらいますから」

 北条は怯えて敵意に満ちた目で猿山を睨み、すると、背後の樹木の影に溶け込むように北条の姿が暗く透けていった。猿山は驚いて目をパチパチさせた。

「ふうん、あなたにも彼女の姿が消えるように見えますか? あなたもだいぶ霊感が開発されましたねえ?」

 紅倉は皮肉に笑って解説した。

「ここは強い怨念に支配されています。自我を失った北条さんの霊体が怨念に溶け込もうとしているんです」

 そして紅倉は

「なんみょうほうれんげえきょう」

 と、ふだん無縁の経を読んだ。すると、闇に消えかかった北条の姿が復活してきた。涙を流して悲しい顔をしている。紅倉は経をやめ、猿山に言った。

「あなたも法華経を覚えるのね。どうやら今の北条さんにはそれが唯一の心のよりどころになっているようだから」

「分かりました。勉強します」

 猿山は神妙に頷いた。

「法華経って、ものすごーく、長いから、勉強しがいがあるわよお?」

 そう脅す紅倉は簡単な「南無妙法蓮華経」しか繰り返さず、それでも効果があるようだから、読む者の心持ちが重要なのだろう。猿山は歩み寄り、北条の手を握った。北条はもう逃げようとはせず、顔をうつむき加減にしてぶつぶつと口の中で法華経を唱えていた。この分だと寺でなら暮らすことが出来そうだ。



 帰り道、運転する芙蓉に後ろから紅倉は声をかけた。

「美貴ちゃん。北条さんはお気の毒でした。今回の相手はあの人の能力には余るものでした。

 ねえ、美貴ちゃん。わたしなんかと一緒にいると、いつかあなたも、ああいう目に遭わないとも知れないわよ?」

 芙蓉は祟りなんかに負けないようにしっかり注意を払って運転しながら言った。

「わたしは大丈夫です。先生に助けてもらいますから」

「うーん、責任感じちゃうなあー」

 まったくぶれることのない芙蓉の自分への信頼に紅倉は微笑みながら、暗い眼差しを窓の外へ向けた。




 猿山は蟹沢とのコンビ「サルカニガッセン」を復活させて、ラジオの仕事を始めた。以前の勢いのある毒舌は控えめになったが、元々頭の回る理屈人間で、十分濃い内容のおしゃべりが出来た。評判はまずまずで、この調子ならいずれ近いうちにテレビの方にも復活できそうだ。

 今やすっかり身分不相応になってしまった高級マンションは売り払い、手頃なマンションに引っ越しした。

 年が明けて早々無事男の子が生まれた。名前は予定通り二人の名前から一字ずつ採って真一と付けた。父親に似ずころころ太った健康な赤ちゃんで、猿山は奥さんと一緒に泣いて喜び、感謝した。

 北条は修行した山奥の寺の兄弟寺に預けられ、そこで読経の毎日を送っているそうだ。北条の唱える経には不思議な力があるようで、近所の年寄りたちから生き神様としてありがたがられていると言う。


 終



 2014年8~9月作品

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霊能力者紅倉美姫9 怨霊を笑った男 岳石祭人 @take-stone

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